第20話 ダイヤ編 女子高生、シンデレラ気分を味わう

「街を歩くたびに、バトルって。RPGにはよくあるけれど、普通に考えると怖いよね」


 街から街へ移動するたび、ごろつきとバトルになる。経験値がどんどん稼いでしまって、ヒカリは戦闘に慣れておきたいと思って、無意味な戦いをたくさんしてしまった。経験値はある程度稼げるときに稼いでおいたほうが、のちのちイベントに挑戦するときにラクになるのだ。


 まだ序盤であるし、複雑な攻撃をしてくる敵もいなく、タヌキの銃…………いや、TN-Kを使わなくても苦戦はしない。この当たりの敵なら目を閉じても勝てるくらい楽勝であった。そうして街につく頃に、ヒカリはほぼ戦闘狂といっても過言ではないほど、経験値を稼いでいた。そして街の中に入る。街の外は危険であるが、街の中のセキュリティを通れば、平穏である。


 ソードからもらったメモに書いてある店は、武器の店のようだ。ヒカリの銃は、実弾をこめるタイプではない。ソードと同じで、レーザーが放出するタイプの銃である。エネルギー源を補給すれば、無限に撃つことができる。そのエネルギーも小型であり、ほぼ無限放射できるすごい武器なのはヒカリでも理解できた。では何のためのお遣いなのかと思えば、定期的に受け取っている物だという。中身は確認する必要がないらしく、ソード名義で頼まれたものであった。もらった袋は中に石のようなものが入っていて、それなりに重い。


 店主は無口な人で、用事が終われば、雑談もなく店を後にした。


 街を一通り偵察したあとは、この街から近い組織のビルディングに戻るだけだ。店から裏路地に入ると、ヒカリは殺気だった雰囲気に身構えた。

 足音を消してその気配がする方角へ進んでいく。殺気が向かう先は、ヒカリではない。誰がと誰かが交戦しているのだろうかと考えた。ヒカリは壁に背中を向け、じりじりと進んでいく。すると目の前にぶつかったのは、フードをかぶった男だった。


「だ、だれだ?! 」


 声が高い。背はヒカリと同じくらいだ。フードから見えた金髪の長い髪。こんな光り輝く髪の毛をこの世界で見たことがない。

 ヒカリはこの男が一般市民ではないと感じた。よく見ると外套の中に着ている服は、高級品。光沢のある布。リアル世界なら、絹でできたような服。

 ヒカリが着ている服は、戦闘に特化した服であり、こんな柔らかな素材ではない。彼は、上級階層の人間ではないだろうか。裏路地は一目がつきにくく、危険がある。ヒカリは彼が誰かに追いかけられているのを感じた。

 彼の腕を引っ張り、ヒカリは走り出した。


「こっちよ!逃げなきゃ捕まる! 」


「え……?君は?? 」


「いいから、きて! 」


 ヒカリは勘を頼りに追っ手をまこうと、人が大勢居る場所へ走り出した。遠くから追っ手が見えてきた。どうも彼らも上級階層のソルジャーかもしれない。


 ヒカリは視界にうつるマップを頼りに、逃げられる場所を探していく。引っ張る腕はとても細く、彼が普段から戦闘などからはほど遠い世界に住んでいる住人なのは想像できた。

 ヒカリは引っ張るのもまどろっこしくなり、彼を横脇にかかえて走り出す。片手にはTN-K、もう片手は外套をかぶった男性。乙女ゲームとはほど遠い世界観に遭遇している気がする。


 しかし、ヒカリは軽々と街を駆け抜けていく。軽やかに屋根をジャンプして移動していき、身体能力の向上を実感出来ていた。ヒカリは先ほど気がついたのが、バトルにはまったせいで現状でのレベル上限まできてしまった。戦っても、経験値が入らなくなってきてしまったのである。またイベントをクリアすれば、上限が解放されるかもしれない。


 ヒカリはそのまま追っ手をまいて、通路を走っていくと、彼を下ろした。どうやらかなり遠くまできてしまったようだ。マップをみると上級層へ行く道が近く、セキュリティが厳しいエリアのようだ。人もそれほどいなく静かな場所である。


 「ありがとう、助かった」

 

 最初は戸惑っていた様子の彼も、状況を把握したらしく、ヒカリに好意的に接してくれた。


 「いえ、勝手に連れ回してしまって。いまさらだけれど大丈夫でしたか? 」


 「この辺りはわからないから、迷ってしまっていたのだ。見知らぬ人らに絡まれてしまったから、逃げていた。一人だったらどうなっていたか…………」


 「失礼とは思いますが、あなたのような服装では目を引くと思います。位の高い身分だと、何かと利用したい人はいると思いますから。警護をつけてお出かけすればよかったかと」


 「軽率だった。いつもは供がいるのだが、一人で街を見てみたくなって」


 「ここからだったら上級層エリアに帰れますよね?ではわたしはこれで…………」


 ヒカリは特にイベントもなさそうだしと、次のイベントを発生させるべくその場をあとにした。話とは脱線してしまっている。時間制限がこのゲームであるかまだわからないが、下手に時間をかけすぎないのもフラグ消滅を回避するために必要なことだ。


 「まって!お礼をさせてほしい」


 「いえ、そんなつもりもないですし。仕事があるので」


 「仕事?見るにソルジャーじゃないか?その仕事は至急?」


 上流階級の余裕というのだろうか。発言から育ちのよさ特有の傲慢さを感じる。自分の発言を拒否されたりすることはないのだろう。まして一般ソルジャークラスだと思っているなら、自分がないがしろにされるなんてないことなのかもしれない。


 「はい、依頼を受けていますので」


 「だったら、君の時間を買いたい」


 「はあ?えっと…………? 」


 ヒカリはびっくりしてしまった。こんなセリフなんてドラマでしか聞いたことがなかった。いや乙女ゲームだってこんなキザなセリフはそんなに頻繁には出てこない気がする。


 ヒカリは固まってしまったが、相手は上級層の中でも最もハイクラスの住人だった。そう、所属している組織のトップのさらにトップ。彼がとあるところに連絡をすると、上級層からソルジャーとおつきの者が彼を迎えにきた。

 そしてヒカリに指令が直に伝えられた。


「ノーブルさまのお相手をするように」


 お相手とは何か?という疑問をもちながら、乙女ゲームだから変な展開にはならないだろうと考えた。周りのソルジャーも強いことはうかがえるが、ヒカリは逃げ出すことはTN-Kさえあれば可能だと状況を読んだ。ただ、TN-Kも沈黙したままだ。ゲームの本筋から外れることを恐れながら、今は指令に従うことにした。


「ヒカリにお礼がしたい。わたしの家で歓迎する」


「どうもありがとうございます」


 ノーブルさまは外套をおつきの者に渡し、上層階へ続く通路を先頭きって歩いて行く。ヒカリはその三歩後ろを歩いて行く。

 ヒカリの後ろには大勢のおつきの者。さらに後ろと、ノーブルさまの行く手にはさらにソルジャーの姿が見える。どれほど偉い人なのか想像がつかない。階はどんどん上階へのぼり、上層部でもほんの一握りしか住むことができないフロアへ通された。

 ここは底辺のギャングたちが住まう廃墟とは、同じ世界とは思えない美しさだった。建物は光り輝き、建物の中であるはずの上階は、広い空間だった。空には島が浮いていて、その島から滝のように水が流れ落ちていた。その滝の周囲には白い鳥が飛んでいる。

 

 まるで天上世界。すべてが現実のものかわからない。そういう技術で空間を広く見せている可能性もあるだろう。ただこの世界の人間は、ヒカリが育ったらしい貧民街たちの人と同じ命として扱われていないことはわかる。

 ただ救いは、ゲームの中であること。ヒカリが主人公で、恋愛ゲームというカテゴリー。残虐な扱いはされないとは思うが、ゲームによってはひどいバッドエンドもある。気楽に考え過ぎてはならない。最悪な展開を想定すれば、恋愛をする気力すらなくなりそうであるので、ここはネガティブに考えるのはよしておこう。


 「ヒカリ、ここはわたしの自慢の庭の一つである。あの島は、昨年の誕生日に父からもらったものだ」


 「誕生日に、島…………。綺麗ですね」


 スケールが違い過ぎて、何も言葉が出てこない。島をもらってどうするのだとも思ったが、自慢そうにしているので同意すればいいのだろう。


 「気に入ってくれたか?そこに新しい屋敷を作った。これからそこへ案内しよう」


 「は、はい」


 気軽に屋敷というものは作れるものなのだろうか。島をもらうところから思考が停止しているので、同意するしか道はなかった。宙に浮く絨毯のような乗り物に乗せられ、ヒカリは島に行く。島から見えてきたのは、黄金のように輝く宮殿。白い壁は文様が刻まれ、入り口には芸術的な像が整然とたたずんでいた。


 ヒカリはただ圧倒されるのみだ。一番始めのクローバー編では貴族の姫だった。だから、城にいることに違和感はなかった。だが今回の展開についていけない。なぜこんな宮殿を作ったのだ。センスを疑ってしまいそうになる。成金趣味の黄金の宮殿。地上との格差も知っているだけに、ゲームのなかとはいえ、純粋にすごいと喜べるはずもない。


 そしてノーブル(助けた上級層の人)は、ヒカリを歓待する気持ちで、ヒカリを飾り立てた。入浴から召使いにヒカリを磨かせ、ノーブルが着ているような上質の布でできたドレスをみにまとう。そしてきらきらの大きな宝石が首に巻かれ、耳にもつるされた。石が重くて、耳がのびてしまいそうだ。首の石の重さに肩もこりそうである。ただただ悪趣味としか思えなかった。


 もちろん、綺麗になったヒカリをノーブルはほめてくれはした。贅をつくした食事、見目美しい踊り子が踊りを舞い、食事を楽しませる。しかしヒカリが気になったのは、ノーブルが本当に楽しそうではなかったことだ。ヒカリを楽しませようとしているのはわかっているが、ノーブルがしていることは彼にとっても楽しいことなのかわからなかった。


「ヒカリ、今日は素敵な時間を過ごすことができた」


「初めてのことばかりで、驚くことが多かったです」


「また、こうして会うことができないだろうか? 」


「住む世界が違いますでしょう。周囲もよしとしないでしょう。わたしはたかが市民階級のソルジャー。ここにいるべき人間ではありません」


「だが、こうやって楽しいと思ったことが初めてだ」


「ノーブルさまにとっては、ここまで地位の低い身分のものも珍しいのでしょう。たぶんノーブルさまに対して、失礼なことをたくさんしているでしょうし。不作法だと自覚していますから」


 ノーブルの頭上には好感度はない。つまり彼は攻略対象ではないのだろう。ヒカリの目的は、先輩を見つけ、先輩のキャラクターを攻略することである。横道にこれ以上それるわけにいかない。


「ヒカリ…………、また君の時間を買いたいと言ったらどうだ? 」


「ええ、上層部が命令すれば従います」


「そうか…………」


 ヒカリはノーブルとはここまでだろうと思った。

 あっさり引き下がったノーブルだったが、ヒカリはそのまま帰宅して組織にある自室に帰宅して驚いたことがあった。

 それはノーブルが攻略対象だったことが判明したからだ。しかも、攻略対象だと認識するまえに、勝手に攻略ルートに入っていた。そう、このゲームで実装された新しい機能を確認した。それはゲームの進行を一目で確認できるという便利機能であるのだが、ノーブルルートは特殊ルートという位置づけだった。


 もしヒカリが、レベル上げをほどほどに最後の巡回が終わったらそれで無事帰宅だった。しかしレベルを上げすぎたために、特殊ルートの要件を満たしてしまったことが判明した。自分で自分の首をしめることになった。

 しかもノーブルが攻略対象で目安になる好感度の表示の有無だが、特殊ルートゆえに普段は攻略対象にすらなっていない。このルートに入れば、ノーブルしか攻略はできない。

 だが、そんな状態になってもゲームオーバーになっていない現実がある。


 つまり、ノーブルルートへ行けば先輩を見つけるヒントがあるかもしれない。もちろんノーブルが先輩である確率が高いのだろうと思った。だが今まで、先輩のキャラクターに出会ったときのトキメキが今日はまったくなかった。

 ヒカリは先輩と出会えば、見た目は違っても、心でわかるのだと思っていた。でも今回はそれがない。自信はないが、ヒカリはゲームをすすめることしかできない。次の日以降のイベント発生をみて、冷静に攻略していこうと決め、早々に就寝した。

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