第17話 女子高生、思い人を知る

「無事、ハッピーエンドヤン! 」


「よかった…………」


 ヒカリが目覚めると、また不思議な空間にいた。遠方に見える、時空の歪みのような渦。それ以外は何もない部屋。地面だけは、大理石のような白い石のタイルが敷き詰められている。

 目の前にいるタヌキの妖精は、もう人の姿ではなかった。だが、違和感はあまりない。タヌキ親父だろうが、タヌキ似の妖精だろうが大差はなかった。ヒカリはスペード編をクリアしたことがわかり、とりあえず安堵した。

だが、試練が続くと思えば、喜んでいられない。

 

「乙女ゲームってハッピーエンドだから好きだな、ロボも幸せになれてよかった」


 思わず言葉がもれた。ゲームのなかでしか縁のない間柄だったが、不幸せでいるより、幸せになってもらえた方が嬉しい。言葉をかわし、体感では数日一緒にいただけだが、街ですれ違う見知らぬ人より、ずっと親しい関係に思えていた。

結末にかけては駆け足であったし、ご都合主義な展開、深く考えると設定は時代考証を鑑みて正確であるのか?という問いは野暮にも感じる。ゲームなのだから、幸せな気分にさせてもらえればいいのだ。


 「まあ、ゲームに命かけるというのも、わたしの信条からは外れるのだけれど」


 ゲームは遊びだから楽しい。何かを課され、責任を負わされたら、それは遊びではなく義務になってしまう。最近はゲームを生業にして、プロゲーマーも出ているようだが、ヒカリは自分にはできないと思っている。好きなことを仕事にはしてはいけないタイプだと自認しているのだ。


「扉が開いたヤン!ヒカリ、進んでみるヤン!」


 ヤンヤンの言うとおり、正面の扉が開いた。扉はスペードの刻印がある。ヒカリは扉の先へ進む。するとクローバー編と同じように、マジマ先輩が地面に倒れていた。


「先輩! 」


 ヒカリは姿を見つけると慌てて、傍まで近づいた。気絶をしているようだが、目立ったケガなどはしていないようで安心である。ヒカリが近づく同時に、先輩の意識が覚醒した。目を開いて、辺りを見回す先輩。


「えーと、まだ夢の中なのか? 」


「先輩、大丈夫ですか? 」


「アラキ、さっきの夢の続きなのかな」


 先輩は夢だと思っているようだ。意識が覚醒したり、また眠ってしまったり。事情を先輩よりも知っているヒカリだって、まだ夢である可能性を完全には否定できない状態である。だから、先輩が夢であると思うのは不思議なことではない。


「さっきの夢は、自分がアラキに似ている女の子と、一緒にご飯を食べていた。パンを食べていたのかな。優しい女の子だった。家事をしていた記憶がある」


「家事? 」


「ああ、言ってないと思うけれど。俺、母子家庭で。料理はする方なんだ。母親が仕事の前に、朝ご飯作ったり、弁当も作ったりする。朝早いのは、慣れっこだからさ。でもアラキと一緒にキッチンにいるなんて、どうしてだろう」


「わたし、あまり料理はうまくなくて。先輩が上手だなんて尊敬します」


「はは、そういう環境だから。自然と身についたんだ。すごくはないよ。少し家事ができるだけで、まだ親には世話になりっぱなしだから。はやく一人前にならないといけないってわかってはいるのだけれど。難しいよな」


「そう思っているだけで、わたしなんかより、ずっとしっかりしてすごいと思います。部活も大変なのに、家事もしっかりして。学校へ行って授業もちゃんと受けているじゃないですか。わたしだったら体力がもたないと思う」


「そんなに勉強が得意ってわけでもないし。授業中、居眠りしてしまうことだってあるよ。でもアラキって、成績優秀じゃなかったか?後輩に聞いたんだけれど、アラキの兄弟みんな頭がいいって聞いたよ」


「姉たちは優秀ですけど、わたしはびっくりするくらい普通で。自慢できるものはありません」


「はは、今までのイメージだとアラキってそつなく何でもこなすって思っていた。だから俺なんか、話しかけていいのかなって。いつも早く帰宅するのも、家に帰って勉強するのかと思っていたから」


「そ、そんなことないです。不器用ですよ!料理はちょっと出来ても、手芸とかは壊滅的です!針に糸を通すのに時間がかかりますし…………。何言っているんだろ…………わたし! 」


 先輩がヒカリにことを大変褒めてくれ、ヒカリは恐縮するばかりある。しっかりとした挨拶もしない、ほぼすれ違うだけの間柄だったのが、今は正面に向かい合い、個人的なことまで話せてしまう。


 ヒカリは今まで好きな男性なんていたことがなかった。小学校のとき、教育実習の先生がかっこいいなと思ったくらいである。でもその先生は大学生であったし、恋愛など考えたこともない。ただ年上に憧れる延長のようなものだ。

 はやく大人になって、自立して姉たちのように、好きなようにゲームをしたい。それも親から離れれば、何も言われないですむのだ。

 だから大人に憧れる。


 でも、大人っぽいからマジマ先輩は好きなのかといえば、それは違う。もちろんヒカリ自身にはない落ち着き、そして優しさを雰囲気から感じるのも好感がもてた。ただ年上だから気になったというわけではない。

 人の見ていないところでも、真面目で誠実であるのだ。例えば学校の先生からよく頼まれごとをされている。ヒカリは先生からの頼まれごとをされそうになったら、さっと見えないようにその場をかわしてしまう。そういう世渡り上手な点も自分の強みであるのは自覚している。でも、そんなことで果たしていいのだろうかという気持ちもある。

 でも先輩は、そういう損得勘定抜きに、困った人を助けてあげるひとだ。


「はは、針に糸通すのは大変だよな。俺も最初全然できなくて、親にたたき込まれた。これからの時代、男も女も関係なくいろんなことできなきゃいけないって。親がいなくなっても、自分で生きていけるように、耳にたこができるくらい言われているよ」


「先輩と比べると、わたし恥ずかしいくらいです。早く帰るのだって、勉強はしますけど、趣味があるからで。それに取りかかりたくて。先輩の思うような真面目な人間じゃないです、ほんとうに」


「そうなのかな?でもやりたいことって…………?もしかして、ゲームのことか? 」


「な、な、ななんで? 」


 ヒカリは慌てた。

 自称ゲーマーではあるのだが、姉妹以外にはカミングアウトしていないのである。学校では一般人を装って、ゲームをしても、みんなが知っているRPGを少しだけしたことがあるという程度のアピール。ガチガチでゲームをやりこんでいるなど言わない。

 なぜ、先輩がゲーマーであるのかわかったのだろうか。恥ずかしさで視線が向けられない。


「いや、意識がないときの話で。夢なのかわからない。ただ、アラキがゲームの世界で、イキイキ過ごしているのが見えてきて。なんでゲームの世界なのかわからないが。でもアラキが楽しそうにしていたから、ゲームが好きなのだろうなと思っただけで」


「そうだったのですか。はい、ゲーム大好きです! 」


 言ってしまった!


 恥ずかしさで顔が赤くなるのがわかる。指先が震える。

 自分が本当に好きなものだから、否定されたら悲しい。先輩がそんな人ではないのは、なんとなくわかっているのだが、勇気がいる。いつも素の自分を隠しているから、怖いのだ。

 

 自分をさらけだすことがとても怖い。

 ヒカリは自分に臆病なところがあるとわかっていた。だから、人と深くは関わりたくない。でも、先輩なら本当の自分の姿を見せてもいいのだろうか。


「ごめんな、俺ゲームあまりやらないから」


 ああ、やっぱり理解されないんだとヒカリは落ち込んだ。しかし先輩は言葉を続けた。


「嫌いってわけではないんだが、ゲームを買う余裕もあまりなくて。昔のゲームなら買ってもらったことがあるから。すごくやりこんだな。親がいないときは、徹夜でゲームしたこともあった、懐かしいな」


「わかります!ゲームって楽しくて、何時間でも熱中できちゃうんですよね」


「そうそう。今は、なかなか時間がとれなくて。新しいゲーム機もたくさん出てきて、全然わからなくなったけれど。余裕があったらまたやってみたいなとは思っていたんだ」


 ヒカリは少しテンションが上がってきた。もっと語りたいことはあるのだが、心赴くまま語ったらそれこそ引かれるだろう。冷静になって、自重することを忘れはしなかった。


「うん、すごくいいと思う」


 先輩がしみじみと言った。ヒカリは何がいいのかわからなくて、首を傾げた。


「アラキの表情、すごくいいと思うよ。楽しそうで。ゲームが好きでたまらないって顔している」


「恥ずかしいです」


 先輩がヒカリの顔を見ながら、破顔する。笑顔がまぶしかった。

 それと同時に、ヒカリは心から先輩に対する温かい感情があふれてくるのを感じた。


 先輩が好きだ。

 しかし、そんな幸せな時間は長くは続かない。先輩を襲う黒い影を見つけた。ヒカリは先輩を守ろうとするが、あっというまに影は先輩を飲み込んでいく。

 そして先輩は気を失った。ヒカリは先輩が連れて行かれるのを感じ、とっさに腕を掴もうとした。だが、もう遅かった。先輩の体は何かに引きつけられるようにして浮いた。


「先輩! 」


 また先輩が遠くなっていく。ヒカリは走った。そうすると目の前に扉があらわれる。そう、分ってはいた。次の試練があることを。扉が小さく開いて、先輩は扉の先に消えてしまった。その扉はダイヤの形の刻印があった。次のゲームはダイヤ編なのだろう。

 ヒカリは扉の前で座り込んでしまった

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