第16話 スペード編 女子高生、人外をおとす
ブレッドのお店に行くと、お店はとても忙しそうだった。ヒカリはブレッドに頼まれ、焼き立てのパンを並べたり、お客さんにおすすめのパンを説明したりと手伝うことになった。
「ヒカリ!このパン、スライス頼む」
「棚にあるくらいのパンの厚さくらいでいいの? 」
「そう、それくらい」
ヒカリはリアル世界でもパン屋でアルバイトを短期でしたことがあった。親戚に頼まれたのだ。そこで補助する仕事はしたことがあった。ブレッドに頼まれ、外側がパリパリのフランスパンのような見た目のパンをカットすることになった。すぐ後ろに作業台があり、パンナイフがある。自分でカットするのが面倒な人などは、パン屋で切ってもらう人もいるのだ。手袋をしたまま、慣れた手つきで仕事をこなしていく。
カットしたパンを紙袋に入れ、レジ横で待っていたお客さんに手渡す。笑顔でお客さんを送り出し、お客さんの列は落ち着き始めた。棚にあるパンの種類も少なくなってきた。あとは、最後に人気のパンを数点出すだけで、店を閉めるという。
「ヒカリ、助かった。母さんが、これ」
ブレッドが封筒を差し出した。どうやら仕事をした給与らしい。少しの時間しか働いていないのに、いただくなんて申し訳ない。ブレッドは受け取ってあげたほうが、また母さんも頼みやすいからと言ったので、ヒカリも受け取ることにした。
そしてまたたくさんのお土産をもらってしまった。店を出るとき、ブレッドのお母さんが「お嫁さんにきてもくれてもいいんだよ」と冗談まじりで話しかけてくれた。
ヒカリはパンだけでなく、総菜ももらったので、夕飯にすることができるとうれしく思った。ロボも少しは楽になるかもしれない。ヒカリは家に戻り、キッチンへいるロボのもとへ近づいた。
「ロボ、ただいま!おいしそうな総菜とか、たくさんもらったよ」
しかし、ロボはそのまま作業を続けている。いつもならお帰りなさいと穏やかな声で答えるのに。
「ロボ?調子が悪いのかしら? 」
「ヒカリさん、今日もブレッドさんの所へいってきたのですか? 」
「うん。忙しそうだったから、お手伝いも頼まれてしまって。帰るのが遅くなってしまってごめんなさい」
「すごく、お似合いの二人でした」
「ん?誰と誰が? 」
「ブレッドさんとヒカリさんですよ! 」
いつもは冷静な声のロボが苦しそうに語気を強めて言った。ヒカリは思わず驚いてしまった。
「ロボ? 」
「実は、買い物があって。ブレッドさんのお店に行ったんです」
「だったら、話しかけてくれればよかったのに」
「そんなことできません。自分がいたら、邪魔になります」
「そんなことはないわよ、お手伝いだって大歓迎だって」
「違います、場違いなんです。機械である自分には、あの温かな空間に入る隙間なんてありません。自分にはやはり、暗くて湿った倉庫がお似合いなのかもしれません」
「どうしたの?ロボ…………」
ロボが悲しそうに顔を俯かせる。サユリのいうことが正しいなら、これはフラグ発生なのかと思った。ロボが真剣に悩んでいるのに、頭の片隅ではイベントなど冷静に分析する自分が悪いやつに思えてきた。ゲームだとわかっているのに、まるで現実の世界のことだと思ってしまう。
今回の世界は、最初の世界より、リアル感が強すぎる。
「ヒカリさんが、もしここの家からいなくなったら…………怖くなりました」
「そんなことないよ、わたしはここにいるよ? 」
「でも、いつかはブレッドさんのような方と一緒になり、家を出て遠くに行ってしまいますよね」
「でもお父さんが頼りないから、置いていくのは心配かな」
「わたしは、いつかまた一人になるのでしょうか……」
「ロボ……、怖いの? 」
ロボは毎日、表情豊かになっていくのがわかる。もしかしたら、他人ならわからない些細な変化かもしれない。でも、毎日朝ご飯を一緒に食べ、会話して、相手のことがわかっていくうちに、ロボは単なる気持ちがないロボットではないことを知っていた。
ヒカリはそっと手を握り、相手をのぞき込む。人のような肌質なのに、冷たい手のひら。でも浮かべているのは、人間らしい感情。
「怖い?わたしが……、まさか。怖いなんて、思うわけが」
「でも、ロボはまた一人になるって。こころがないわけないじゃない。ずっと一人で寂しかったって思っていたのもしれないよ? 」
「ヒカリさんは、わたしにこころがあると言いました。そうしたら、毎日朝が楽しみになり、皆さんに会うことが嬉しくなって。でも、急に胸の奥が苦しくなるんです。こころがあれば、幸せになるのかと思っていました。でもこころは苦しい」
「うん、こころは苦しいんだよ。わたしだって、一人になるのは怖いよ。でもロボが先にいなくなることだってあるわけでしょう?誰だって、自分は一人になるかもしれないって不安はあるよ。大切な人がいなくなる怖さがある。でも、生きていかなきゃならないんだよ。だって、それが人間として生きるってことだから」
「人間として生きる、つらいですね」
「うん、たくさん辛いことあると思う。わたしには、世の中を絶望するようなこともないし。死にたくなるようなこともないけれど。世の中には、つらいことをたくさん受け止めながら生きている人がいるって。お姉ちゃん……、ううん。知り合いから聞いたことがあるの。でもそれだけじゃないの。楽しいこともたくさんある」
「ええ、わたしは人間になりたいという気持ちがあります。もし、人間になれたら幸せになるでしょうか。いえ、もっと幸せになれるでしょうか? 」
「ロボットが人間になる、とても難しいと思うけれど。あ、でもドクターならそのうちロボットを人間にしちゃうかもね。とてもすごい研究をしているらしいし」
「ドクター?ブレッドさんに聞きました。世界中をまわって、研究をしているらしいですね。今度自宅へ誘われたのです。実は、完璧ではないけれど人間に近くなる技術があると。マスターと一緒に実験すれば、もしかしたら……」
ヒカリはブレッドに気合いを入れられて、やる気になったドクターを思い出した。すっかり恋愛フラグを折られてから、存在を忘れかけていた。ヒカリはドクターとタヌキ親父が協力しても、怖いことにしかならない気がした。
「大丈夫なの?ロボに何かあったら……」
「いえ、わたしはこのままでは嫌なのです。ヒカリさんに気持ちを伝えたい。でも今のままではだめなんです」
「ロボ? 」
「ただのロボットでは、ヒカリさんの傍にいることも叶わない」
ヒカリはロボの横顔をみて、先輩を思い出した。ロボは美形で、線が細く、体つきも華奢だ。先輩はスポーツマンであるし、ロボと似通ったところなどない。だが、この一生懸命で健気で不器用なところ。真っ直ぐな心根、先輩のような優しさ。やはりロボの奥底には、先輩が存在するのだろうか。
「無茶はしないでね」
「はい」
そしてロボは数日後、タヌキ親父と話し合ってドクターのいる研究室へ行った。それからタヌキ親父から、イベントの期限の前に無事ルートクリアしたことを報告された。そして気がつけば、数年後。ヒカリは夢のような空間にいた。
ヒカリは家にいて家事をしていた。毎日何気なくすぎている日々、しかし誰かの帰りを待っている。そしてとある昼下がり。懐かしいあの人が、家の前に立ち、ヒカリを迎えた。ヒカリはその人影を待ちわびていた。
二人が再会の抱擁をかわすと、ヒカリはそこで意識が遠ざかっていった。
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