第14話 スペード編 女子高生、お助けアイテムを思い出す

 朝がきた。晴れている。寝れば次の朝になるのが、ゲームの設定なので眠れないということがない。が、寝たはずであるのに、ぐっすり寝た気がしない。

 ヒカリの部屋は二階にある。窓の外を見ると、まだ人通りは少ないが、近所の人が道を掃き掃除している。この世界もまた朝が始まり、人々が目覚めるのだ。ゲームのなかの世界とは思えない。


 階下のキッチンから、物音が聞こえる。大きな音ではなく、静かな物音。察するにタヌキ親父が発するものではないだろう。ロボが朝ごはんを用意しているのだろうか。


 最初の乙女ゲーム・クローバー編では、こういった日常の風景はぶつ切りになっていた。遠い記憶のように、場面が断片的に切られ、物語が進行していった。

 だが今回のスペード編は、日常がある。ストーリーの横道にそれる行動が基本的にできないとはいえ、物語に直接関係ない朝ごはんの風景や、街の風景などを見ることができる。


 ヒカリは階下に降りていき、ロボに朝の挨拶をした。


「ロボ、おはよう。いいにおいね」


「ヒカリさん、おはようございます。またブレッドさんのお店から買ってきたパンを用意しています。パンに卵や、ハムやサラダをはさんで食べてください」


「たくさんトッピングが用意してある!おいしそう! 」

 

 ロボの用意する食事は、特に手の込んだものがあるわけではない。買ってきたパンを切ったり、買ってきた野菜を切って並べ、時にはゆでたり。また卵もゆでたもの、焼いたものと交互に出してくれている。凝ったものでなくても、飽きさせないように工夫をしてくれるのだ。細かな気遣いがうれしい。ロボは食事をとらないので、食事は父と二人分。それほど量はいらなくても、毎日あると大変助かるものだ。


「ヒカリさん、ブレッドさんから伝言を頼まれました」


「え、ブレッドから? 」


 ロボのルートに入ったと聞いてあるのだが、なぜここでブレッドが出てくるのだろう。ロボとの絆を深めるイベントが発生するのではないかと予想していたので、少し驚いた。


「はい、一緒にサーカスを見に行こうだそうです」


「サーカス? 」


「はい、昨日から街に大きなサーカス団がきているみたいです。催しに参加しにきたと聞きました。なかなかチケットがとれないくらい、人気みたいですが、ブレッドさんは知り合いからもらったと」


「へえ、そうなんだ…………」


 ヒカリは気の抜けた返事を返した。これがリアルならば、かっこいい幼馴染とのデートにうれしくなるかもしれない。でも今はロボが攻略対象である。たぶん、ロボは先輩なのだろ思う。ブレッドに悪いがそんなことしている場合ではないのである。ヒカリは返答に困ってしまい、ロボに視線を向けた。ロボはヒカリの視線を受け取るも、首を傾げるだけだ。


「ロボは一緒に行けない、かな? 」


「え……、わたしが? 」


 とっさにヒカリは言葉が出てしまった。ブレッドと二人だけでデート(?)に行くのは、気がひける。それに嫌な予感がするのだ。バッドエンドに行ってしまうような、そんな嫌な予感だ。ロボは無表情で考える。


「チケット、あるか聞いてみたい。ブレッドに聞いてくるね! 」

 

 ロボの返答を聞く前にヒカリは家を飛び出した。

 断られたら、少しショックである。なぜだかわからない。ブレッドの実家のパン屋は、ヒカリの家から近い。ゲーム脳というのは便利で、どこへ行けばいいかわかった。

 道なりにまっすぐ行くと、可愛らしい小さなパン屋が見えた。店先は、今日のおすすめのパンがかいた看板があり、初めてくるお客さんにも入りやすくしてある。ヒカリは店がちょうど人が少ないのをみて、中へ入る。


「いらっしゃい……、あ!ヒカリ!どうした? 」


「ロボからサーカスの話聞いて。頼みがあるんだ」


「え、なんだ? 」


「ロボも一緒に行くのはだめ?ロボにサーカス見せてあげたいの」


「そうか、ロボはサーカスみたことがないのか。あー、俺用事ができたから二人で見てくればいいよ」


「そ、そんな悪いよ」


「いや、チケットももらい物だし。誰か代わりに行ってもらえるなら助かる」


「ブレッド…………」


「ちょっと待って。チケット持ってくるから」


 ブレッドは店奥に行ってしまった。なんだか悪いことをしてしまった気がする。ただブレッドの様子を見る限り、特にヒカリに対してデートを誘ったという意識はなさそうだ。嘘をついている感じもない。好感度のパラメーターは、ロボルートに入ったようで、ブレッドの頭上には数値が消えている。攻略対象ではなくなったということなのだろう。


 それからチケットを受け取ったのだが、ヒカリはちょうど財布らしきものを持っていたので、お店のジャムやクッキーなど焼き菓子を買って店を出た。家にパンはまだあるので、サーカスに行くお菓子として、それに少しでもブレッドにお礼がしたかった為だ。


 ブレッドは気にしないでいいと言ってくれたが、悪いなと思った気持ちもあった。それにこころ惹かれたものが多くて、お土産ついでに買っておこうと思った。ブレッドの両親が店の奥から出てきてくれて、おまけをたくさんくれた。かえって申し訳ないことをしてしまった。


 ヒカリは大きな荷物をかかえて、家に戻った。


 知れば知るほど、ブレッドはいい人である。攻略対象から外れてしまったが、これが乙女ゲームならば次のルートはブレッドにしたいくらいだ。ブレッドの両親も優しそうだし、遠い親戚のような安心感があった。


「ただいま、ロボ? 」


 玄関にロボがいた。ヒカリの帰りを待ってくれていたようだ。ただ何故か悲しそうな表情をしていた。何か傷つけるようなことをしたのだろうか。ヒカリは不安になる。


「おかえりなさい。ヒカリさんが帰ってくるか、心配になって。すみません」


「ど、どうしたの?」


「わがままを言ってしまって、ヒカリさんの手をわずらわせてしまったので。もう帰ってこないかもしれないと……」


「まさか、これくらいのこと。ロボ、お土産たくさんもらったから一緒に見ましょう? 」


 ロボの様子が変だ。とりあえず、荷物もたくさんあるのでおろしたかった。部屋に戻ることにした。しかし、そのあとロボはいつも通りだった。サーカスに行ったが、結局ぎこちない空気のまま、特にイベントらしきものは発生しなかった。

 その夜、タヌキ親父から期日が1週間切ったことを言われた。イベントが終了しなければ、ゲームオーバーになるらしい。ヒカリは焦った。


 しかし、次の日も特にイベントは起きなかった。


「まずい、まずい、まずい…………! 」


「?夕飯はおいしかったヤン? 」


「ええ、夕飯は美味しかったけど。違うわ!イベントが起きないのよ! 」


「ヤーン、このパンケーキはクリームと合うヤン! 」


 ロボがいないので、タヌキ親父は素を出していた。すっかり語尾にヤンがついている。タヌキ親父はデザートのパンケーキの生クリーム添えを堪能し、満足してリビングのソファでゴロゴロしていた。ヒカリがこんなに苦悩しているのに、お気楽なことだ。期日が過ぎれば、このタヌキ親父だってどうなるのかわからないだろうに。いや、このタヌキのことだから、また新しい人を見つけて、こんなわけのわからない世界に引き込むかもしれない。


 犠牲者が増えるなんて嫌だ。こんな大変な思いをする人が他にいるなんて、嫌だし、自分だってゲームオーバーになりたくない。


「どうしよう……」


「だったら、アイテムを使えばいいヤン! 」


「アイテム?そうだ!天使に助言をもらえばいいのね? 」


 すっかり頭から抜け落ちていたことだ。一回しか使えないと思ったから、大切に使おうと思っていたら、存在を忘れかけていた。心許ないが、ヒントをもらえるかもしれない貴重な機会だ。


「で、どうすればいいの?スマホは手元にないし……」


「これを使うヤン! 」


 タヌキ親父が大きな黒電話を渡してきた。発明品なのだろうか。リアルでもなかなかお目にかかれない黒電話。そして電話のベルがなる。慌てて受話器を持った。


「もしもし? 」


「さっきお店でゲームを買ったお客さまですか?」


「ゲーム……? 」


 天使が出るかと思ったら、ゲームを買ったときに対応をしてくれた店員だった。たしかに店の名前が同じであり、買おうとしていたゲームのタイトルも同じだった。


「お渡ししたゲームが違う商品でして。大変申し訳ございません! 」


「違うゲーム?確かに見慣れない物で、予約したゲームはありますか? 」


「はい」


「すぐ取りに行きたいのですが、今でかけていて。時間ができたら、受け取りで構いませんか?こちらこそ、気がつかなくてすみませんでした」


「とんでもございません。わたしは担当のマジマです。店主のかわりに店番をしていたので、慣れなくてごめんなさいね」


「マジマ……?」


「はい、確か近くの学生さんですよね?うちの息子も通っているから、制服は知っているので」


「そ、そうですか!マジマさん、よろしくお願いします! 」


 ガチャッと思わず切ってしまった。ゲーム屋の店員さんが、まさかのマジマという名前。そしてその店員さんの息子さんが、同じ学校であること。不意に先輩を思い出し、確証をもてないまま怖くなり切ってしまった。きっと偶然であるに違いない。


「なんで切ったヤン?まだ助言もらってないヤン! 」


「間違い電話だったみたい!もう一度かけなおしてちょうだい! 」


 見知らぬ店員さんが、まさか天使であるわけないだろう。だが最初の知恵の天使だって、自分の姉だった。可能性として考えられるが、思い当たる答えから逃げたかった。タヌキ親父はぶつぶつ文句を言いながら、ダイヤルを回していた。


「次はないヤン! 」


受話器を受け取って、ヒカリはそれを耳に当てた。通話音がやみ、ざわついた音が聞こえてきた。どこか人の気配があるところにつながったようである。


「もしもし?ヒカリ? 」


「…………、サユリお姉ちゃん!」

 

 電話に出たのは、姉。知恵の天使の妹にして、ヒカリの姉。今は海外と日本を行ったり来たりしている、キャビンアテンダントのサユリお姉ちゃんだった。

 

 

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