第13話 スペード編 女子高生、フラグを全力でたてる
「ヒカリ!起きるヤン! 」
「タヌキ…………」
「タヌキじゃない、父親だ! 」
ヒカリはまるまるとしたお腹のおじさんを眺めた。いつの間にか寝ていたようだ。ゲームの中なので、特にお腹がすくわけでもなかったが、ロボが朝ご飯を用意してくれていた。
焼きたてのパンはブレッドの店から買ってきたものらしい。朝から買い出しをしてくれるなんて、ロボは優しい。マスターには逆らうことは性能上できないかもしれないが、ロボは真面目で静かに仕事をこなしている。
パンをかじりながら、ヒカリは静かな朝を迎えようとしていた。ただ横にいるタヌキの親父は、朝から更に大盛りのサラダやハムやチーズをむさぼっている。
「このパンおいしい…………」
ゲームの中なのに、おいしいという感覚は変な気がする。ただ、リアルに食べているような感覚もあるし、おいしいという気分は再現されている。
朝から快適な気分だ。それもすべてロボの行き届いた気遣いのおかげ。さすが、賞をもらっただけある高性能ロボットだ。朝からそれほどご飯は食べる方ではないのだが、それも考えてか、ヒカリの分は少しずつ皿に盛り付けてくれている。残すのも忍びないので、食べきり分だけあるのは楽だ。もし足りなければ、自分で取り分けるように別皿に用意されている。
この世界では、ヒカリには母親キャラのようなものは出ていないので、父子家庭なのだろう。でもロボのおかげか、家は片付いているし、テーブルには花まで飾ってある。
ドラマなどで、貧乏くらしといっても、実際は部屋が広い設定をよく見かける。都内設定でこんな広いマンションに住むことはできないはずなのに、といった矛盾が気になる。ヒカリは今住んでいる家も、タヌキ親父はそんなに裕福ではなさそうで、仕事もなさそうなのに、綺麗な一軒家である。
ドリームでファンタジーなゲーム内。そういうことを考えてしまうから、現実では夢が見られなくなってしまう。だからと言って、ゲームで夢が見られているかと言えば違う気がする。
ヒカリはふとある光景が頭をよぎった。クラスの男子が、乙女ゲームをしている女の子を暗に悪口を言っていたことを思い出した。
恋愛ゲームをする人間は、現実は恋愛できないから、ゲームで気分を紛らわせているという。ヒカリはめんどくさいので、聞き流していたが、本当に偏見だと思う。確かに乙女ゲームはイケメンとデートしたり、恋愛したりするのは楽しい。ただ目的はゲームをする人によって違う。
物語好きで読み物感覚で読んでいる人もいる。また好きなゲーム会社だからとゲームを買っている人もいる。また声優さんが好きで、出演作品だからゲームをしている人がいる。好きな理由も様々だ。それを言ったら、恋愛漫画や恋愛小説を読む人だって、恋愛映画を見るひとだって同じではないだろうかと思う。
まして恋愛というテーマだったら、日本の最古の長編小説と言われている、源氏物語だって恋愛物語である。恋愛というのは、人間の営みの一つで、身近なものなのだと思う。だから世代をこえて、媒体をかえて表現されるのだと思う。
ただこんなことを言えば、負け惜しみと言われるから、わざわざ言葉にはしない。悪口を言う相手からそっと距離を離していき、関わりを断つだけだ。あーこいつとは合わないわ、と。
恋愛ゲームをしていて、現実から逃げられるなら、ヒカリはいい考えだと思っている。だが、ヒカリはそれもできない。そもそも現実とゲームの恋愛を一緒にはできなかった。ゲームは攻略方法が明確にあるが、現実は絶対正しい答えなどないのだから。だから逃げるという表現は使えない。あくまでゲームはゲームなのだ。
そうは言っても、ヒカリは乙女ゲームの世界であるはずのこの世界に苦戦している。攻略方法が定まってはいないのが苦労する。いわゆる初見プレイをずっとしている形になるのだ。ただ流されるままイベントをこなすのみだ。
「お腹がいっぱい!ロボ、ごちそうさま」
「お茶もあります 」
「フレッシュジュースを頂いたから、大丈夫。朝からそんなに食べられないから。でもありがとう」
まるで現実世界のように、食べたらお腹がいっぱいになる。ヒカリは椅子から立ち上がり、テーブルの食器を片付けはじめた。ロボだけに全部家事をやらせるのは気が引ける。タヌキ親父は、結局食器の盛られたものすべてを間食し、近くのソファでごろごろし始めた。今日は休みだから、このあと二度寝をすると宣言していた。良いご身分だ。
ヒカリはロボと一緒に、朝ご飯の後片付けを済ませた。この後、ロボが買い物へ行くというので、ヒカリも同行する約束をした。気がつけば、ロボの好感度が上がっていた。フラグをたてるのも抜かりはない。
「いってきます! 」
ロボと二人、市場へ行く。ロボは用事がある以外は話すことはしない。であるので、ヒカリからどんどん話を振ってみることにした。
「ロボは、家事をする機能がメインなの? 」
「はい、マスターは家事が好きではないということで。特に強化されたスキルです」
「でも、家は綺麗になっているよね」
「ヒカリさんが片付けているとマスターから聞きました。違いますか? 」
「そ、そうなの!父が家事をしなくて困っていたから助かるー! 」
ヒカリはこの時代の設定がよくわからないので、不用意な発言は慎まなければと思った。ゲームならばプログラム以外のことは、なかったことと認識されるであろうが、会話がおかしな方向へ行くのは危険だと判断した。とりあえず、ロボの言っていることに肯定しておけば間違いないだろう。
「母のことはあまり知らなくて。ロボはお父さんから聞いた? 」
「マスターの奥さまの情報……、はい。ヒカリさんが幼いときに病気で他界されたのですよね」
「そ、そうなのよ、お母さんの記憶がなくて」
「記憶がないのは、悲しいですよね。わたしも昔のことは思い出せないのです」
「ロボは、父に作られたのではないの? 」
「ええ、わたしはもともと心のないロボットでした。ただ言われるまま、物を運ぶだけの。言葉も話せなく、ただただ毎日が過ぎていきました。壊れてしまったとき、破棄するのはもったいないと、マスターに引き取られたのです」
「そうだったんだ」
「マスターには感謝しています。できることをたくさん与えてもらいました。それに言葉だって。ですが、わたしには心がないみたいです」
「心?でも話したりしているでしょう? 」
「話すことはできても、マスターたちのように悲しんだり、喜んだりという感情はないです。ヒカリさんたちを見ていて、人間の心を知りたくなりました」
「わたしたち?心って難しいよね。わたしも人間の心ってよくわからないよ」
人間の心は難しいのはヒカリだって知っている。感情をもっているヒカリだって、人間の心を理解するのは難しい。ロボだったら余計難しいかもしれない。
「ロボは、何かをみて綺麗だなとか。好きだなという気持ちはないの? 」
「綺麗……、ええ市場の風景は好きだと思います。人がたくさんいて、にぎわっていますから」
「それってある意味、人間の心だと思うよ。好き嫌い、十分に心だと思うな」
「…………これが心? 」
ロボは考え込んでしまった。その様子が、まるで小さな子どものような無垢な反応で、微笑ましかった。ヒカリはロボがぼんやりしているのを、はぐれないように歩いて行く。行きつけの店に歩いて行き、野菜やお肉を買う。ロボはこの辺りに慣れていて、人間の感情がわからないなんて、嘘のように市場の人々と話をしていた。それこそ、嬉しそうな様子であり、人間より、わかりやすい反応をする。十分に感情豊かだとヒカリには見えた。
ヒカリの時代のロボットより、十分に高性能。
いや、人間の心をしったロボットだ。
市場の買い物が終わると、ロボの好感度はぐっと上がっているのは分った。
イベントは無事終了できた。その夜、タヌキ親父から無事好感度が足りて、ロボのルートへ進むことが判明した。ルートへ入ったとして、ゲームが終了していないということは、ロボが先輩だということだ。ひとまず安心した。
だが、ロボをどう攻略すればいいのか。彼と恋愛することが正直想像できない。先を考えると、不安になる。タヌキ親父の話は適当に聞いて、次の日に備えることにした。
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