第12話 スペード編 女子高生、好感度に悩まされる

「やあ、ブレッドくん。ヒカリちゃん」


 ドクターは笑みを浮かべながら、二人を迎えた。その笑みは力がなく、かなり先ほどの失敗にダメージを受けているのがみてとれた。


「ドクター、会場の雰囲気はよかったと思うよ。みんな楽しんでいたし。なあ、ヒカリ? 」


「う、うん。これからもチャレンジしてほしいな。みんなにとって意味のある研究だから、ドクターには続けてほしいな」


 ヒカリがブレッドに合わせて、ありがちな慰めと激励の言葉をかける。するとドクターの頭上の好感度の値がぐっと上がった。今の発言はドクターにとっていい印象だったようだ。ヒカリは意図して選んだわけではない。この状態で、冷たい対応をしたらドクターがもっと落ちこみ、ブレッドの気遣いが無駄になると思った。


「ヒカリちゃん、ありがとう。でも、厳しいかな。今回の失敗で薬の実験の資金がなくなって。成功したら、スポンサーがついてもっと研究の規模が広げられる予定だったんだ」


「ドクター……、実験辞めるのか? 」


ブレッドはドクターに問いかけた。


「僕は続けたいよ。だけど、無理なんだ! 」


「ドクター!しっかりしろ! 」


 ブレッドは声を荒げた。ヒカリは完全に蚊帳の外だ。二人の熱い声の掛け合いを黙ってみていた。乙女ゲームの流れだったら、ヒカリの言葉でドクターが元気になっていき、ハッピーエンドになることを予測できたが、これはブレッドが解決しそうだ。


 結局、ブレッドの活躍により、最初は落ち込んでいたドクターが元気になった。思わぬ事態である。恋愛フラグを、ほかの攻略キャラ折られるとは。わざと恋愛フラグを折ることは、攻略上必要なことはあるが。この事態を想定していなかった。ブレッドは良い奴なのはわかっているが、このまま彼が活躍したらヒカリが脇役になりそうだ。


「ドクターが元気になってよかった。ブレッド、優しいのね」


「そんなことはないよ。ドクターの態度見たらイラついて、感情にまかせて言っただけだ。本当はもっと親身になって、話を聞いた方がよかったのかもしれないけどな」


「結果的にドクターがまた実験をやる気になって、よかったと思うな。ドクターは研究が好きそうだったし、きっとまた挑戦すると思うわ」


「だといいな」


 ヒカリはブレッドと話ながら、頭上の好感度をチラ見していた。ブレッドの好感度はまったく上昇しない。ブレッドは攻略対象外なのかというほど、ヒカリの言葉に好感度は反応しないのである。このまま特にイベントらしいものが起きなく、期限がきてしまわないか心配になってきた。

 まずいことになりそうだ!


「ブレッド!これからどうするの?お店に戻る? 」


「うん、そのつもり。ヒカリは? 」


「わたしも家に戻るつもり」


「そうか。ゆっくりあのロボット見せてくれよ。すごかったよな」


「うん、お父さんに聞いてみるね」


 とりあえず次の約束はとりつけた。まだブレッドのフラグは折れていないと思いたい。好感度の上昇がまったくみられないブレッドに、ヒカリの心が折れそうになった。家に戻ると、タヌキ親父とロボットがいた。ブレッドが興味ありそうにロボットを見つめている。ヒカリはロボットとブレッドが対面しているのを見守り、隣の部屋にタヌキ親父を連れて行った。


「ヒカリ、すごいだろう?さすが天才発明家だ! 」


「そんなことはどうでもいいのよ、そういう設定でしょ?それよりも好感度が上がらないのよ! 」


「どうでもいいはないだろ!ヤーン! 」


「ヤーンって素が出ているわよ」


「誰もいないからいいヤン! 」


「隣の部屋に、ロボットもブレッドもいるでしょ! 」


 隣の部屋から顔を出して、ヒカリはロボットを観察した。ロボットはスイッチが入っている。まるで生きているように、顔の血色はよく、瞳も精気を感じる。ただ表情がとぼしく、手足は金属で出来ているのか、メタリックな素材で出来ていた。ブレッドはロボの造形に感動しているようだ。

 ヒカリとタヌキ親父は隣の部屋から移動し、ロボに近づいた。


「ヒカリ、ロボに話しかけてみるといい」


「いいの? 」


 ヒカリはロボに興味がわいた。頭上には好感度を表わす数値があるのだし、攻略対象ではあるのだろう。ただヒカリはこのロボットと恋愛に発展することが、想像できなかった。ヒカリはそんなに人外キャラが好きというわけではないからだ。もちろん、展開によって人外設定がいいこともある。どちらかというと、人外は後回しで攻略することが多かった記憶がある。


 攻略キャラでもあるロボット、最初にかける言葉ヒカリは考えた。


「ロボ、こんにちは」


 ありきたりな言葉しか思いつかなかった。だが、これが一番無難だと思った。

話しかけたロボットはパチパチと瞬き、視点をヒカリに向けた。そしてすっと首を上げて軽く会釈をした。


「マスターの娘さま、ヒカリさま……用件はございますか? 」


 マスターというのは、このロボットを作ったタヌキ親父のことなのだろう。ヒカリという名前はあらかじめインプットされていたみたいだ。

 声は優しく、機械的に平たんな発音なのに懐かしく感じた。どこかで聞いたことがあるような声。ヒカリはブレッドにも、ドクターにも感じたことのないときめきを感じた。まさか、ロボが先輩なのか?でもまだ決めるにははやいだろう。ヒカリは何事もなかったように笑顔を作った。


 「ロボ、特に用事はないの。でも今日のイベントでは大活躍だったわね。ぜひ家でも、披露してほしい」


 「はい、ご要望でしたら。ですが、まだエネルギーの調整が難しいので、マスターに改良をお願いしています」


 話せば話すほど、心が穏やかになっていく。この雰囲気が好きだ。話していると落ち着く。さきほどまで、気さくでハンサムなブレッドもありかもなんて思っていたが、ロボと話したらそんな気分は吹っ飛んでしまった。


 「ヒカリ、じゃあ俺は店に戻るな」


 「ブレッド、今日はありがとう。おじさんやおばさんによろしく伝えて下さい」


 あれだけ好感度に変化がなかったブレッドの頭上の好感度が上昇していた。どういうことなのだろうか。まさか今イベントが終わり、そこで好感度が上昇した?ヒカリは好感度の上昇の時間差を考えていなかった。そんなことわかるわけない。


 ヒカリは内心慌てた。もしこのままブレッドルートに入ってしまわないかと危惧したのだ。まだロボと会話を楽しみ、先輩かどうか確かめたい。時間がほしい。ヒカリは気もそぞろにブレッドを送り、ロボに向き直った。ロボはエネルギー補給のため、休憩していた。話しかけるタイミングではなさそうだ。頭上の好感度は、先ほど会話しただけなので上昇は見られない。今のところ、ブレッドの好感度が一番高そうだ。


 「ヒカリ、1日目は終了ヤン!」


 「タヌキ親父のイベントだらけの1日だったわ」


 こんな父親だったら本物だったら嫌である。ヒカリはふと現実世界の父親を思い出した。父は真面目なサラリーマンだ。自己主張を家ではあまりしなく、帰ってきたらテレビを見ながら、お酒をちびちび飲むのだ。特に他に趣味もなく、昔ながらの仕事人間。ヒカリたち三人姉妹は、それぞれゲームを筆頭に、夢中になれるものがある。だが、父は家庭と仕事が趣味な人間だ。タヌキ親父と比べては失礼だが、ヒカリはそんな物静かな父が好きだ。


 一方、ヒカリの母は教育ママなところもあり、家にいると正直うるさく感じる。姉たちの進路については、母がとてもうるさかった。ヒカリに関しては一番下で年も離れているし、成績も姉たちに比べいいわけでもないので、期待はされていない。ただ母もパートで働き始めてから、イキイキし始めた。小さな子どもの塾の先生を知り合いに誘われてはじめた。もともと教育熱心な母だから、子どもに教えるのが好きなのだろう。


 ヒカリは母が家にいないと、ゲームをしていてもうるさく言われないので、環境としても今は最高である。

 家族を思い出して、不意に自分は元の世界に戻れるのか不安になった。まだ4つあるゲームのうち、2つめをクリアしている最中である。まずます不安になってきた。夢であったならいいのにと思わずにいられない。

 だが、現在目の前にいるのはタヌキ親父。そして何故か気になるロボット。明日からまたイベントがあるかもしれないので、とりあえずタヌキ親父に言われるまま、就寝することにした。


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