第11話 スペード編 女子高生、再び目覚める

 「ヒカリ、ヒカリ。大丈夫か? 」


 「ん……、誰……」


 誰かが近くにいる。目を覚ますと、タヌキのようなおじさんがいた。

 

 「タヌキ……? 」


 「誰がタヌキヤン!元気そうだな」


 「まさか、あなたヤンヤンなの? 」


 「ヤーン……、そ、そうだ。この世界では、ナビゲーターとして父親役として設定されているみたいだな」


 「ヤンヤン言っていないと、違和感があるわ。でも見た目は本当にタヌキ…………」


 「ヤンヤンはタヌキじゃなくて妖精だ。まあいいから、この世界の説明をしよう。窓の外をみなさい」


 ヒカリは自室らしい部屋を見渡す。部屋のなかは木のぬくもりがある、優しい部屋だった。言われた通り外を見ると、そこは近代の世界。馬車もあるなか、レトロな車も走る。遠くの空には、飛行船が飛んでいた。最初の世界より随分世界の文化レベルが進化していると感じられた。


 「へえ、なるほど。こういう乙女ゲームもプレイしたことがある!お姉ちゃんが気に入っていた作品の一つだったな。続編がいくつか発売されていた気がする」


 ヒカリは過去プレイした乙女ゲームを思い出した。レトロとメカが入り混じった近代。イギリスの産業革命を思い出させる光景だ。世界史で産業革命を勉強したくらいなので、詳しい時代背景などは知らないが、漫画などでもこういったモチーフの舞台は多い。


「さすがは、我が娘・ヒカリ。スペード編では、ヒカリは偉大なる発明家ヤンの娘として恋愛をがんばってくれ」


「偉大なる発明家って、自分で言っちゃう……」


「そういう設定ヤン!いや、設定だからそこは受け流してくれ。好感度が表示されるキャラがこれから三人出てくる。彼らが今回の攻略対象になる」


「今回は三人か。やっぱり人数が増えている。確率は3分の1」


「まずはクローバー編と同じように、先輩だと思われる攻略対象キャラとイベントを発生させていくのが当面の目標。ただし、今回は期限があるので気をつけるように」


「イベント発生に期限?!やっぱり難易度が上がっている」


「とりあえず三人に会ってみるといい。今日は待ちで祭りが開かれる。そこでわたしは催しをすることになっていてね。さあ、準備をしてくれ」


「はーい」


 とりあえず最初の出会いのシーンまでイベントを発生させるのが先決だ。ヒカリは自分の着ている服をみた。裾の長い西洋風の服だ。クローバー編で着ていたのはドレスだったが、今度は平民が普段に着るような衣服。布はしっかりしているものの、レースやビジューといって装飾があるわけでもなく、日常に着るようなものだ。今回は普通の町娘が主人公のゲームなのだろう。


 言われた通りに父親と家をあとにして、祭りへ行く。今回は最初のゲームより、もっと自由度が高そうだ。視界にはいる建物は、街の風景と説明書きがあるものの、出入り自由なようであった。イベントに関係ないところであっても、強制的に戻されることはないようだ。


 今回の世界は、ゲームの中にいるという感覚より異世界トリップした感覚がある。これを例えるなら、平面のゲームだった環境が、立体的になり上下左右自由に動けるようになった開放感に似ていると思う。ゲームの中であるのはわかっているので、特にどこかに出かけたいとは思わなかった。下手に行動して面倒なことになり、最悪バッドエンドになるのも怖い。


 「ヒカリ! 」


 不意に名前を呼ばれた気がした。振り返ってみると、爽やかイケメンである。彼の頭には好感度がある。つまり攻略対象であるということ。ヒカリは少し身構えた。もうイベント発生してしまうのかと思ったからだ。彼の説明が視界にさっと入った。どうやら幼なじみのパン屋の息子らしい。名前はブレッド。


 「ブレッド、あなたもお祭りに来たの? 」


 「昼休みになったからね、暇だから見に来た。ヒカリのお父さんは今年も作品を出すんだろう?」


 「え、そうみたい」


 ヒカリは父親が発明家の設定だと思い出した。祭りでは、発明を発表するイベントがあるのかもしれない。とりあえずブレッドの言葉に頷いておいた。そのまま一緒に、祭りをまわることになったが、その間ブレッドを観察した。

 

 ブレッドは髪の色も目の色も、やわらかいブラウンだ。優しく素朴な雰囲気は、いい人だなと思わせてくれる。ヒカリはこういった雰囲気の人は嫌いではない。むしろ好みだと言っていい。ただイケメン過ぎるなというのはあるが。もっと地味なくらいでもいい。リアルな好みはともかく、乙女ゲームなら推しキャラになりそうなくらい好みではある。

 好感度の数値をみると、30くらいであった。脈がないレベルなのであろう。


「ヒカリのお父さん、今年はロボットを作るって言っていたよな。おじさんのラボからよく爆発音が聞こえていたから。近所の人心配していたけれど」


「父が迷惑をかけてごめんなさい」


「いいって。ヒカリは妹みたいなものだし。ヒカリのお父さんだって、小さい頃から知っているから慣れたよ」


「ブレッド、ありがとう」


 差し障りがない受け答えを続ける。それにしても発明家親子らしいが、やはりあの親父は迷惑かけている設定なのだなと思った。ヤンヤンのキャラとしては、お似合いではないだろうか。そんな父をフォローする健気な娘設定なのだろうかと考える。


「ヒカリ、あの広場だ!人集まっているな」


「本当に。大丈夫かな、お父さん」


「また爆発起こさないといいけれど」


「確かに。それは心配」


 ヒカリとブレッドは広場へ行き、イベントが始まるのを待った。しばらくすると発明の発表会が行われる。出てきたのは、学生などが多かった。その中で一際目立ったのが、父のロボットの発明だった。そのロボットは完全な人間の形をしている。この時代にしては、かなり進化している発明品だろう。そしてロボットの頭上には好感度が設定されていた。

 つまりロボットも攻略対象だということがわかった。


 人外が攻略対象。乙女ゲームならよくある設定である。となると、三人が攻略対象という話だったから、あと一人どこかにいるのだろう。

 

 ヒカリは注意深く辺りを見回した。なぜなら、こういう大きなイベントだからこそ攻略対象が集まる可能性が高いのである。そして好感度を少しずつ上げていき、期限までに好感度が高かったキャラの専用ルートに入る可能性が考えられる。期限がいつまでかわからない。ただ乙女ゲームをしてきたヒカリからすると、何かしら目安が提示されるであろうと推測した。


「ヒカリ、どうした? 」


「ええ、人が多くてびっくりしてしまって。それにあのロボットすごいなと思って」


「おじさんの発明の腕は確かだからな、あのロボットも大きな商家に頼まれたんだろう?たぶんどこかの貴族が支援していると思う」


「父はあまり詳しいことは言ってくれないから」


「ヒカリに言って心配させたくないのだろう」


 ブレッドはなんて優しい人なのだろう。そもそもタヌキの父と仲良くないし、会話などしないし、この世界に来たのだって少し前のこと。ブレッドの中ではタヌキの父が優しい父という設定なのだろう。とりあえず肯定しておけば問題はないだろう。


 タヌキの父とロボットが舞台で料理をし始めた。ロボットはしなやかな動きで、人間と大差がない動き。この時代にここまで進化したロボットを作れるなんて、タヌキの父はこの世界ではすごいのかもしれない。二人でスープ、サラダ、メインの肉料理を作ってから、デザートも作る。その鮮やかな手さばきに歓声が起こる。


「今年もおじさんが優勝かな」


 ブレッドはショーが終わるとつぶやいた。ヒカリも途中から純粋にショーとして楽しんでいた。ロボットは無表情であるが、父に言われて淡々と調理をしていた。ブレッドの言うとおりこれ以上の発明があるのかと思った。


「次は、医者先生の発明か。去年もおじさんと競っていたからどうなるのだろう」


「医者先生? 」


「ドクターさ。町医者なのだけれど、昔は研究メインで世界を飛び回っていたという」


「名前がドクター? 」


「うーん、みんながドクターって呼ぶけど。本名かどうかわからないな」


 次に始まったのは、白髪で白衣を着た男の人だった。そして頭上には好感度が表示されていた。攻略対象三人目が見つかった。


 ドクターは植物を育てる研究をしていたようだ。なんと何の病気でも治すという万能薬を作っているらしい。しかし、ドクターの発表は失敗に終わった。しゃっくりが治せるというので、三人しゃっくりが止まらない患者さんを連れてきた。そして薬を飲んでもらった。しゃっくりは止まった。だが、笑いが出てきて今度は笑いが止まらなくなってしまった。三人はお腹がよじれるまで笑い、他の薬を投与してようやく笑いが止まった。

 

 腕がいいのか、悪いのかわからない。ドクターは落ち込んだように舞台から降りていった。ブレッドはドクターを心配して、声をかけてこようとヒカリを誘った。なんてブレッドは良い奴なのだ。ヒカリはブレッドに対する好感度が上がっていくのを感じた。


 広場はある程度の発表が終わり、審査に入った。この物語の設定なのかわからないが、ヒカリの父が優勝した。タヌキ親父が自慢そうにロボを見せびらかしていた。

 ブレッドとヒカリはそんな親父を尻目に、広場の様子を眺めていたドクターへ近づいた。



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