水田霊能事務所

UMI(うみ)

水田霊能事務所

 水田邦子は霊能事務所をやっている。ちなみに邦子というのは自分で付けた仕事上の偽名だ。本名は『水田愛保』といい『みずた らぶほ』という。

 『らぶほ』よりにもよって『らぶほ』。

 この名前のおかげで邦子は酷く苦労した。どんな苦労をしたのかは黒歴史として葬り去ってしまいたいレベルだ。クラスメートからはどれだけ馬鹿にされたことだろう。特に就活中の全ての面接官に履歴書をマジマジと見られドン引きされたあげく、「本名なんですかあ?」と言われ度に「本名だよバッカヤロー」と面接官を怒鳴りつけていたので当然のことながら邦子はまともに就職が出来なかった。

 だが邦子はそんなことでめげるような女ではなかった。生まれ持った霊が見えるという能力を生かして霊能事務所を立ち上げた。「らぶほちゃんが家からいなくなっちゃうのは寂しい」という邦子の苦労の生みの親である両親からも離れて一人暮らしも始めた。事務所の運営状況は厳しいがそれよりもこのキラキラネームから解放されたという満足感の方が大きい。もう自分は『水田愛保』ではないのだ。

(私は霊能者 水田邦子よ)

 そう自負しながらコツコツとヒールの踵を鳴らしながら邦子が事務所へと向かって歩いていた時だった。電柱の影からぼんやりとした黒い影が見えた。直ぐにわかった。幽霊だ。こちらをじっと見ているが、邦子は無視してその傍らを通り過ぎようとする。

『あのう……』

 霊の方からこちらに話かけてきた。けれども邦子は無視する。

『見えていますよね……』

「全くもって見えていません」

 邦子は即答する。

『見えてるじゃありませんか!』

 ふうっと邦子はため息をついた。

「ええ、確かに見えていますよ。で、何の用?」

『僕は昔、ここで交通事故にあって……それから地縛霊なってしまって。あなた霊能者ですよね。僕を成仏させて欲しいんですが……』

 だが、ようやく自分が見える人間に会えたと喜ぶ霊を邦子は一刀両断した。

「無理」

『へ?』

「だから成仏させるのは無理」

『ど、どうしてですか?霊能者ですよね』

「私『見える』だけだから」

 だから成仏させるのは無理と言い切った。

 そうなのだ、邦子は確かに霊が見える。しかし本当に『見える』だけなのだ。悪霊を祓ったり、地縛霊を成仏させるなんて芸当は出来ない。そんな邦子が霊能事務所をやっていける理由は別にあるのだが……

「それにお金にならないことはしない主義なの」

 と言って邦子はその場を立ち去ろうとする。

『待って下さいよ、霊能者なんでしょ』

「無理なもんは無理。別を当たって』

 邦子は手を上げてその場を後にする。

『このペテン師!詐欺師!』

 悪態をつく地縛霊を残して。


 街の繁華街の裏通りにある寂れたビルの二階が邦子の事務所だった。経営に行き詰ったというベタな理由で社長が首吊り自殺をしたといういわくつきの物件だったので格安で借りることができたのだ。勿論その社長の霊は祓ったので何の心配もない。邦子にはお祓いなんて芸当は出来ないので祓ったのは別の人間だ。彼女がいたからこそ霊能事務所を開くという暴挙に出られたともいえる。

 その彼女の名前は『峰山麗子』という。中学時代からの友人である。きっかけは視聴覚室に忘れた資料を取りに行ったことがきっかけだった。邦子はこの視聴覚室には一人で行きたくなかった。霊がいると知っていたからだった。それで嫌がる麗子に無理を言ってついて来てもらったのだった。

 いつものように視聴覚室の片隅にはうすぼんやりとした青白い顔をした女性の霊が立っていた。足もしっかりある人の姿をしていたが紛れもない霊だった。いやだなあと思いながら邦子は資料を手に取りさっさと視聴覚室を後にしようとした時だった。いつも佇むだけだった霊が近寄ってきたのである。するするといった感じで真っ直ぐ邦子の方に歩み寄って来る。

『……お願い……成仏、させて……』

「ひっ……!」

 悲鳴が口から洩れそうになった瞬間、麗子は何気ない手つきに右手を霊に薙ぎ払うように動かすと、瞬く間に霊の姿は霧散した。

一瞬呆けた邦子だったが、当本人の麗子は「あー、怖かった」と言ってぺたんとその場にしゃがみ込んだ。

「峰山さん、今何をしたの?」

「えーと……じょ、除霊?」

 その言葉に邦子は驚きを隠せなった。

「除霊!てことは、霊が見えるの?」

「あ、うん。一応。もしかして水田さんも?」

「うん、見える。子供の頃から……」

「そうなんだ。私もだよ!じゃあ、友達だね」

 霊が見えるからという何だかわからない理由で友達認定されてしまった邦子だったが、実際邦子とは違い麗子は本物の霊能者だった。その後一緒に行動することが多くなり、何度も麗子の霊能力で邦子は助けられている。ただ一つの問題を除いては麗子は非常に有能な霊能力者であった。

 ちなみに麗子は大学を卒業した後はニート生活を気楽に楽しんでいる。趣味のゲームに日々いそしんでいる。最近の流行はホラーゲームらしい。霊能者がホラーゲームなんて悪趣味にもほどがある。ついでに言うなら彼女は成績が良かったため高校も進学校に通い、一流大学を出たのに関わらずだ。家が資産家なので何の不自由もしていないようだ。

(美人だし、名前も普通だし……!世の中どうなってんのよ)

 全くもって不公平だと邦子は思っている。だから麗子にこの事務所の手伝いさせるのは自分のためにも彼女のためにも何一つ間違っていないと思っている。社会というものの何たるかを知るためにも麗子に自分の仕事を手伝わせるのは間違っていない。

(あんな霊能力があるのに宝の持ち腐れじゃない)

 自分は稼げるし、麗子は自分の力を生かしながら社会貢献ができる。結構なことだと邦子は思う。

「さてと」

 事務所に入った邦子は電気ケトルで湯を沸かし、コーヒーを淹れた。貧乏なのでインスタントコーヒーだ。それでも邦子はコーヒーは飲めればいいという主義なので別段不服はない。事務所に来たからといっても客が来なければ仕事にはならない。そして肝心の客は滅多に来ないの実情だった。コーヒーにがばがばと砂糖とミルクを入れる。コーヒーを飲みながらさて何をしようかと考えたが、することもないので本で読むかと『幽霊と仲良く接する七つの方法』という誰が読むんだというタイトルの本に手を伸ばした時だった。

 こんこんと控えめなノックの音がした。

「はい、どうぞ」

 ぎいという立て付けの悪いドアが開いて顔を出したのは疲れた感じの初老の男性だった。頭がすっかりごま塩だ。

「霊能事務所と聞いて、お訪ねしたんですが」

「はい、私が所長の水田邦子です」

 客だ!邦子は咄嗟に営業スマイルを作った。

「まあ、お掛け下さい」

 リサイクルショップで買った古ぼけたソファに座るよう男を促す。男は疲れた、本当に疲れた様子でソファに座った。邦子は客用のドリップコーヒーを淹れると男の前に置くと向かいに座り、名刺を取り出した。

「すいでん……くにこ、さんですか」

「……みずた、です」

 さっき名乗ったろーが!それにどうしたら水田を『すいでん』とか読めるんだよ!心の中で思いっ切り突っ込むが、客相手なので営業スマイルは崩さなかった。

「ああ、すみません。最近、疲れていて……」

 汗をくたびれたハンカチで拭くと大きく男はため息をついた。

「あ、申し遅れましたが、私『細井健一』といいまして、三角駅の駅長をしております」

 邦子はにやりと心の中で笑った。金の匂いがしたのである。

「ここに来た理由は、駅のとある怪現象に悩まされており……お客様からもクレームが激しく、藁にもすがる思いでここに来ました」

 男、細井は途方に暮れた様子で縋るように邦子を見つめた。

「詳細をお聞きしましょう」

 邦子は出来るだけ頼れる霊能者を演じるために背をぴんと伸ばした。

「はい、駅に設置してあるロッカーからお化けが出るという噂が立ち始めたんです。最初は単なる噂だろうと思っていたのですが、腕を掴まれたとか、引きずり込まれそうになったというお客様が出始める始末でして」

「なるほど」

 これは本物かもしれないなと邦子は思った。この事務所にやってくる大半の客は霊の仕業と思い込んで駆け込んでくる人たちだ。実際は霊なんか関係ないわけで、口八丁で丸め込んで相談料をもらっている。邦子はそれを詐欺だとは思っていない。実際、相談して『解決』しているのだから。これが詐欺なら占い師たちなんてたちの悪い詐欺集団だと思っている。

「物理的に『この世』の人間に害なすならば、質の悪い悪霊の可能性が高いですね。ちなみにその噂はいつ頃からですか?」

「三年ぐらい前からだと思います」

「三年前何かありましたか?」

「いえ、特には……」

「どんな些細なことでも構いません。心当たりはありませんか?」

 細井はうーんうーんと唸りながら考え始めた。そしてぽんと手を叩く。

「ああ、そういえば!」

「何かあったんですね」

 邦子は少しばかり身を前に乗り出す。

「バラバラ殺人事件が」

「は?」

「ロッカーにバラバラになった遺体が入ってたんですよ!」

 いやあ、あの時は大変でしたという細井に、

「それが原因だよ!バッカヤロー!」

 思わず叫んでしまい、邦子は口を押えた。やばい、思わす本音が出てしまった。話題を変えなくては。慌てて営業スマイルを作り直す。

「え?今、なんと?」

「気にしない下さい。それで神主さんやお坊さん、他の霊能者を呼んだりはしなかったのですか?」

「いえ、全く」

「何故ですか?」

「だってお金がかかるじゃないですか」

「はあ!?」

 きりっとした真面目な顔で細井はのたまった。その言葉に心底邦子は脱力した。営業スマイルもそろそろ限界に近かった。

(……駄目だ、この駅長)

 あまり金にはならないかもしれない。しかし、数少ない客の一人であることには変わりない。逃がすわけにはいかないのだ。零細企業の悲しさである。

「除霊代って高いんですよね。でもこちらなら格安で除霊をしていただけるとうかがったもので」

 どうやらそれだけの理由で彼は邦子の事務所にやって来たらしい。

「はあ、確かにうちは滅私奉公、社会貢献ががモットーですので」

 依頼料が格安なのには理由があった。邦子は麗子に賃金を払っていないのだ。麗子は邦子の仕事を手伝うというより困った友人の頼みを聞いているという感覚でしかない。そのため麗子は邦子にお金を要求したことはなかった。邦子は邦子で麗子に社会体験をさせるという名目で仕事を手伝わせている。プラスマイナスはゼロと邦子は思っている。

「いやー、助かります」

 細井はぺこりと頭を下げた。結局次の日の終電が終わった後に駅に行くという約束を取り付け彼は帰って行った。

(やれやれ……あんなんが駅長で大丈夫なのかしら)

 まあ、それとこれとは仕事とは無関係だ。邦子はスマホをタップして麗子に電話をかけた。麗子は三コールで電話に出た。

「麗子?私だけど」

「どうしたの、らぶほちゃん」

「だから、その名で呼ぶなって言っているでしょ!今の私は邦子なんだから」

 麗子は邦子を友達認定してからずっと『らぶほちゃん』と呼んでいる。

「でも、だって……」

「でもも、だってもない。お客さんの前でその呼び方したら殴るからね!」

「お客さん?ということはお仕事?久しぶりだね」

「余計なお世話よ。今回はモノホンの悪霊ぽい」

「え、怖いよ」

 霊が怖いという割にはホラーゲームばっかりやっている彼女の神経が邦子にはよくわからない。

「あんたがいないと話にならないのよ。私が除霊出来ないって知っているでしょ。明日の夜十二時に事務所ね」

「えー、私ゲームの途中なんだけど。今丁度終盤に入ったところ」

 働けや、このクソニートと邦子は思った。思わず口にしそうになったがぐっと堪える。

「麗子がどうしても必要なのよ。ね、お願い。仕事が終わればゲームなんて幾らでも出来るでしょ」

「んー、わかったよ。らぶほちゃん」

 どうにかしぶる麗子をその気にさせることに成功した。

「でも随分遅い時間だね」

「除霊場所が駅なのよ。だから終電が終わった後ってわけ」

「ん、わかった。じゃあ明日ね。らぶほちゃん」

「だからその名呼ぶなっていったでしょーがああ!」

 電話は既に切れていた。


 約束の時間ぎりぎりに麗子はやって来た。十中八九ゲームをやっていたに違いない。そしてその麗子の姿を見ていつものことだが、邦子は頭を抱えた。地味な黒のワンピース。まあ、これはいい。いかにも霊能者って感じといえなくもない。麗子は化粧などしなくでも十分美人だし、黒がそれを更に引き立たせている。問題はつけているアクセサリーだ。これをアクセサリーといって許されるならの話しだが。ジャラジャラと十字架を数え切れないほど首から下げている。それにとどまらずお守りの類も幾つも首から下げていた。ポケットが膨らんでいるのは大方にんにくでも詰めているのだろう。

「いつも思うんだけど、あんたのその恰好どうにかならないの……」

「だって今回は本物悪霊らしいから、お守りないと怖いじゃない」

 どの口がと邦子は思う。腕を振り払っただけで霊を祓える麗子の方がよっぽど怖い。

「怖がりなくせに何でホラーゲームばっかりやってんのよ」

「ゲームと本物の霊は別物だよ。最近はホラーゲームもストーリーが練りこまれていて面白いんだから」

「ああ、はいはい。わかりましたよ。でも頼むから『暴走』だけはしないでよ」

「うん……努力する」

(努力じゃなくて約束して欲しいわ、本当に)

 ただ一つの麗子の問題はこの『暴走』だった。強力な霊能者力の持ち主なのに、何故か麗子は幽霊を怖がる。その恐怖心がマックスになると何をしですかわからない。それが唯一の問題だった。

「……せめて人の形をしてくれてたらいいんだけど」

 ぽつりと麗子が呟いた。

(それは約束出来ないなあ……)

 何せバラバラ死体の霊だ。おまけに年数が過ぎている。自我が残っているかすら危うい。一抹の不安が邦子の脳裏に過った。

 

 もう電車は走っていない時間なのでタクシーを呼んで三角駅へと向かった。このタクシー代は勿論あとで細井に請求するつもりである。

 「おお、お待ちしておりました」

 タクシーから降りると細井が駅長の制服姿で出迎えてくれた。麗子がタクシーから降りると細井は彼女の姿を凝視した。というか、ガン見である。

(まあ、そうなるわね……)

「水田さん、こちらの方は」

「助手の峰山麗子です。この格好はお気になさらずに。まだ未熟なのでお守りを身につけさせているだけなので」

 暗にそれ以上突っ込まない下さいというニュアンスを滲ませて邦子は話を切り上げた。

「それよりも、例のロッカーに案内していただきたいのですが」

「あ、はい」

 細井は閉まったシャッターを開けると駅の中へと案内した。駅構内は非常灯が点いているだけの薄暗がりだった。細井は懐中電灯で照らしてくれているが、それでも足元は覚束ない。まさに雰囲気満点といったところである。カチャカチャという音がして横を見ると麗子がカタカタと震えて、胸にぶら下げている十字架が音を立てていた。

「か、帰りたいよ……」

「あほ!」

 びくつく麗子を邦子は叱咤する。

「着きましたよ」

 細井に声をかけられ例のロッカーを邦子は見つめる。暗がりの中懐中電灯に照らされたロッカーは不気味としか言いようがない。駅の片隅に置かれたロッカーは薄闇の中でぼんやりと佇んでいる。

 ぞぞぞっと悪寒が邦子の背筋を走った。

(あ、これは本物だ、しかも結構ヤバい)

 ちょっと帰りたいと思ったことは内緒だ。自分は有能な霊能者としてここにいるのだ。いざという時のため麗子も連れてきてある。不安はあるが。カチャカチャという耳障りな音を無視しして、邦子は声を張り上げるようにして細井に聞いた。 

「それで霊が出るというロッカーは何番ですか」

「四番です」

 四番かあ、ベタだなあと思いながら邦子は四番ロッカーに手をかけた。

(冷た!)

 氷に素手で触ったようにそれは冷たかった。おまけにドライアイスのように冷気が隙間から吹き出ている。ごくりと邦子は生唾を飲み込んだ。だが臆するわけにいかない。

「開けます」

 冷静に、冷静に、邦子は自分でそう言い聞かせ、深呼吸するとロッカーを開けた。

 

 それは、そこにいた。

 眼球は溶けて零れ落ち。

 顔は出来底ないの粘土細工のよう歪み。

 頭蓋から手や足が生え。

 タコの足のように蠢いている。

 染み出した血が滴り、ロッカーを伝ってぽたぽたと零れ落ちた。

 歪み切った唇から声が漏れる。

『くる、しい……にくい……』

 おぞましいその声は憎悪と苦痛に溢れていた。 


「ひっ!」

 そう、悲鳴を上げたのは誰だったのか。邦子はそっとロッカーを閉じた。じっとりと湿った沈黙が辺りを包んでいた。何か言わなくてはと思うのだが、言葉にならない。ここまで人外に落ちた悪霊を見たのは初めてだったのだ。そんな邦子を正気に戻したのは麗子だった。

「ら、ら、ら、ら、ら、らぶ、ほ、ちゃ……」

「麗子!」

邦子が我に返った時は既に遅かった。麗子は既に『暴走』モードに入っていた。


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 麗子が絶叫した瞬間、彼女の体が淡く輝き……

 どおおおおおおおんという爆発音が駅構内に鳴り響いた。

「バッカヤロ――――――――――!」

 邦子の罵声が闇に溶けて消えていった。




 暗転。


 

 


 目が覚めた時、白い天井が見えた。病院だ。直ぐにわかった。

(ああ、またか……)

「らぶほちゃん、大丈夫?ごめんね」

 隣を見ると麗子がおろおろした今にも泣きそうな表情でこちらを見下ろしていた。泣きたいの邦子の方だ。

「今度は何をやったの?」

「えと、悪霊は無事に除霊したよ」

「そうじゃなくて!今度は何をぶっ壊したのか聞いているの!」

 邦子はジト目で麗子を睨んだ。麗子は目を泳がせながら、えーとと話し始める。

「ロッカーが吹っ飛んで、天井に大穴が……」

 邦子は頭を抱えた。

「どうしてくれるんですかあ」

 隣から地の底から響くような声が聞こえた。痛む首を動かして振り向いてみれば、同じようにベッドに横たわった細井がいた。やはりジト目で邦子を見ている。

「あ、あの。まあ、無事に悪霊は除霊出来たわけですし」

 必死で邦子は営業スマイルを取り繕う。

「どこが無事ですか!」

「あ、えーと」

 返す言葉がない。

「除霊は頼みましたが天井を壊せとまで言っていませんよ!」

「それはまあ、さておき。除霊代の方ですが……」

 邦子は両手を擦り合わせ、恐る恐る問いかけた。

「払えるわけないしょうが!おかげで私は懲戒免職です!」

 定年まであと三年だったのにと細井はおいおい泣き出した。そしてきっと邦子を睨みつけると、こうのたまった。

「この落とし前はつけてもらいますから」


 そして退院した邦子に莫大な額の請求書が送り付けられていた。

「ああああああああ」

 邦子は頭を掻きむしる。

「らぶほちゃん、元気出して」

「誰のせいだと思ってんのよ。あとその名で呼ぶなあああ!」

 邦子はだんっと机を叩いた。その拍子に請求書が数センチ浮き上がった。

「でも、私、怖くて……あんな醜悪な姿の悪霊、初めてで」

「あんたの方がよっぽど怖いわ!」

 邦子は請求書を麗子にぐいっと突きつけた。

「どうしてくれるのよ、これ!おかげさまで大赤字よ!」

 数えるのも嫌になるのもゼロが並んだそれ。けれど麗子はあっけらかんと答えた。

「それくらいなら、パパに頼めば……」

「そういう問題じゃないわ、馬鹿!」

「馬鹿って……じゃあ、どうすればいいの」

「一人前の霊能者になるために努力しろって言っているのよ。仕事の度に『暴走』されちゃ赤字のまんまよ!」

 邦子は怒りを露にして請求書を麗子の顔に押し付けた。

「えー、でも私、ゲームとか忙しいし」

 そうあっけらかんと言った麗子に対して邦子はついに切れた。

「働け!このクソニート!バッカヤロ―――――!」


 水田霊能事務所の前途は多難だ。




 




 了





















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水田霊能事務所 UMI(うみ) @umilovetyatya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ