最終話
「なあ柊羽、王様ゲームしないか?」
「なんで?」
半ば反射的にそう答えていた。
時刻は放課後。テストの採点も終わりだし、次第に授業内でもテストが返されていき、それぞれが成績に一喜一憂していた時のことだった。彼女は俺が思っていた小中学生の時のイメージ通り、返されたテストはどれもトップクラスの成績ばかりだったらしい。そういえば、俺のテストの結果も今までの最高点を上回るものばかりだった。それが彼女に教科ごとの対策を聞いていたからなのか、それとも珍しく身を入れて休みの日にまでテスト勉強をしていたからなのかは分からないが、とりあえずこの成績を見せたら、妹や両親を驚かせることは出来るだろうと俺はひそかにほくそ笑んでいるのだが、そんな話は今はいい。今は目の前の友達の会話に集中しないといけない。
俺に突然おかしな提案をした友達曰く、元々はテスト最終日の放課後に行う予定だったが、予定があるからと俺が先に帰ってしまったために、今まで先送りになっていたのだと言う。なんだか俺の都合で延期になってしまったかのような言い方をされているが、今目の前に集まっていた友達の何人かは、俺が先に帰った日の放課後にあった「島のゲーセン見学」に参加していることを知っている。俺がもし早く帰っていなかったとしても、どの道延期されていたことだろう。なんで俺一人が悪いみたいな流れになっているのだろうか。冗談半分で言っているだけとは分かっているけれども、なんだか上手く丸め込まれている気もする。
「ほら、テストも無事終わったじゃん? 成績は置いといてさ。だから、パーッと弾けられるようなゲームをしようって思うだろう?」
「普通カラオケとかゲーセンだろ……」
「金かかるだろ。それに比べてこのゲームなら実質タダ!」
理論がめちゃくちゃだった。まだ全部は返されてはいないけれど、多分コイツのテストの成績は相当ひどいと思う。
「だからって王様ゲーム……? 軽い気持ちで命令に背いたら死にそうじゃん……」
「懐かしいネタを出すんじゃねえよ。通じるけどさ」
「分かるからいいだろ。……で」
「――本郷くん、何かするんですか?」
背中から聞こえたその声に、言おうとしていた言葉が消える。心なしかいつもつるむグループの友達も一瞬でしんと静まり返ったように思う。
元気でうるさいことに定評がある俺たちのグループをここまで静かに出来る人間は、先生などを除けば数えられるほどしかいない。
期待を込めて振り返ると、予想通り高嶺の花の彼女がいた。
「ああ、うん。なんか王様ゲームするらしいんだけど、樹里さんは……まあ、やったことはないよなあ」
「……名前なら、聞いたことはありますけど」
俺と彼女が普通に話しているのを見て、周りの友達がざわめきだす。俺が彼女と話しているのがそんなに意外か、といつもの調子で毒づきたくなったが、彼女の手前ぐっと我慢した。
というか樹里さん、俺と話している間にも目がめちゃくちゃ輝いているじゃん。やりたそうにこっち見ないでよ。多分交ざっても疎外感を感じるだけだし、居心地悪いだけだと思うよ。
しかし、俺の口は考えていたことと真逆のことを彼女に提案していた。
「樹里さんも参加する?」
「……いいんですか?」
結局のところ、俺も相当浮かれていたんだと思う。
テストから解放された俺たちのグループが謎のテンションで王様ゲームをやろうとしていた時に、たまたま通りかかったからという偶然の元で生まれたきっかけだとしても。
そんな、まさか声をかけて誘ってしまえるなんて。
俺自身も含めて、誰も予想出来なかっただろう。
「王様だーれだ!」
あの頃の俺は、この光景なんて全く想像出来てはいなかっただろう。そもそも王様ゲームなんて単語を知っていたのかも怪しいけれど。
「でも、高梨さんがこういうのに参加してくれるなんて、思ってもなかったなあ」
友達の一人が感慨深げに呟いた。周りの友達も首をしきりに振って同意を示している。
「誘われたら参加するけどなあ……」
しかし当の樹里さんだけが首をかしげて、不思議がる様子を見せていた。樹里さんはもう少し、自分の人気を鑑みた方がいいと思うのは俺だけだろうか。
「まず誘うまでがハードル高いんだよなあ……」
「分かるー。まず誘うまでが難しいよねぇ」
俺の友達兼クラスメイトに囲まれた樹里さんは、笑顔で彼らに応対している。
なんだかんだちゃんととけ込めているようでよかったと思う。
「……柊羽って、高梨さんと仲良かったの?」
隣に座った友達の一人が俺に小声で尋ねた。
「小学校が同じだったんだよ。あんま話したことはなかったけど」
「だろうな。どう考えてもタイプ違うし」
「よく言われる」
なんだかつい最近にも、同じようなことを考えた気がする。
俺と彼女が同じクラスだったのは、今のところ小学校の高学年の二年間とこの年だけだ。学校自体は同じだったとはいえ、多く見積もっても長い付き合いとは言えないだろう。
しかし、彼女の人生にとって、ほんの一瞬しか関わっていなかっただろう俺でも、もしかしたら今の彼女のほんの一部を形作っているのかもしれない。
例えばそれが、人に勉強を教えるのが上手いことだったり、もしくは特定のリズムゲームだけが格段に上手いことだったり。
そういう何気ない出来事に気付くと、あの頃の俺も今の俺も、確かに彼女と関わって、何か影響を及していたのだと、都合のいいことを考えてしまうのだ。
✿ ✿ ✿
中学生の時、どうして俺は彼女の噂をよく耳にしたのだろう。期末テストの一位が彼女だったとか、街を歩いていたら何かの取材を受けたとか、誰が統計をしたのかは知らないが、俺たちの学年での可愛い女子ランキングで上位だったとか、その影響からか週に一度告白されているとかいないだとか。
俺の周りに噂好きの奴が多かったから? それとも、彼女がそれほどまでに目立つ存在だったから? それにしては、一つ一つの噂を覚えすぎではないだろうか。
――兄ちゃんってさ、樹里さんのこと好きなのか?
美羽が俺に尋ねた、あの言葉を思い出す。
あの時は咄嗟に否定してしまったけれど。
今になって考えてみると、もしかしたらと、思い当たったことがある。
✿ ✿ ✿
何回目の掛け声の後、今回の王様になった友達が俺の持つ棒に書かれた番号を宣言した。
「じゃあ、一番が三番に……秘密を告白する!」
一番と書かれた棒を持っていた俺は、内心ゲッと思った。実際に声にも出ていたらしく、周りの目が一瞬で俺に集まったのが分かった。
「一番って俺じゃんか。秘密ねえ……俺は善良で素直な人間だから、秘密なんてないんだけどなあ」
「そういう嘘はいいっての。で、三番は……?」
「――私です」
樹里さんが手を挙げ、周りの友達がどよめいた。
参加を快く受け入れたくせに、いざ当たったら動揺するって何なんだよお前らは。
――しかし、よりによって、樹里さんかよ。
他の友達ならともかく、彼女が相手となると告白する秘密の内容とやらも変えなければいけないだろう。さすがにふざけたことは言えないし、真面目な彼女のことだから、その場限りの適当なことを言っても納得してはくれないだろうし。
どうしようかと考えつつ、俺は彼女に近づいた。ヘラヘラとした笑みを張り付けて。
「じゃあ、樹里さん、耳貸して」
「……はい」
しかし彼女の方がガチガチに緊張していて、思わぬ反応に俺も固まってしまった。緊張しないようにしていたのに、俺にまで彼女の緊張が移ってきてしまいそうだった。しかし、故意か偶然か投げられた友達の言葉に、俺はすぐに平静を取り戻すことが出来た。
「柊羽、高梨さんに変なこと言うなよ」
「高梨さん、セクハラされたら訴えていいからね」
「誰がするか!」
反射的にツッコミを入れると、どっと笑いが起きて場が少し和んだ気がした。どうやら彼女の方も緊張がほぐれたようで「準備ができたらいつでも言ってください!」と俺の隣でガッツポーズをしていた。前も思ったけど、いざとなった時に腹を決めるの早いよな。
しかし、俺はそれ以外に気になることがあった。低い声を意識しながら、俺は周りの友達に声をかける。
「…………おい、お前ら」
「どうした、柊羽」
「ほら、早く言いなよ柊羽」
「そうだぞー柊羽」
「お前らの距離が近すぎて言えねえんだろ! もう少し離れろ! 命令はどうした!」
気付けば、周りの友達は俺と樹里さんを囲むようにフォーメーションを組んでいた。どれだけ小声で言っても聞こえそうな位置取りに対し、俺は異論を唱える。
「……でも、確かに三番には言えとは言ったけど、三番以外は聞いてはいけないとは言ってないしなあ」
しかし、命令した王様がとんでもないことを言い出した。それを聞いた周りが、ニヤニヤしながらさらに近づいてくる。樹里さんだけが流れについていけず困惑しているようだ。
「汚ねえぞお前ら!」
「汚ねえも何もあるかよ。ほら、早く命令を実行しろって」
いくら、俺が善良で素直な人間(笑)とは言っても、ここまで目立つと言えるものも言えなくなるだろう。
そこで俺は、実に古典的な技を使うことにした。しょうもなさすぎて、馬鹿みたいだと一蹴されてしまいそうな、使い古されたその場しのぎの方法を。
「あ、何だあれ!」
――お前らバカだろ、と思った。
ここまで綺麗に決まるとは思わなかった。俺の友達だから、しょうがないと言えばしょうがないのだけれども。
周りの目が全て俺の指さした場所に集まった瞬間、俺は隣にいた樹里さんの腕を引っ張り、彼女の耳に顔を近づけた。
「樹里さん、俺ね――」
✿ ✿ ✿
樹里さん。
あのさ、俺、気付いたことがあるんだ。
今更になって気付くなんて、馬鹿なんじゃないかって自分でも思うんだけどさ、それでも気付いたんだよ。
樹里さん、俺ね――。
✿ ✿ ✿
「――おい柊羽、何もねえじゃねえか……っておい柊羽! まさか! 汚ねえぞ!」
「引っかかるお前らがバカなんだよバーーーカ!」
「なんだとバカ!」
小学生レベルの罵声を上げながら俺と友達は小競り合いを始めた。
その横をすり抜けて、女友達の一人が樹里さんの元へにじり寄っていく。
「ねえ、高梨さん。あんなバカは放っといてさ、何言われたか教えてくれない?」
「おい命令違反だろ!」
俺の言葉を無視して、女友達は一言一句聞き漏らさないようにと耳をそばだてている。
「…………」
しかし、樹里さんは何も口にしなかったようで、女友達は周りに首を振った。
安心していいのか、そうでもないのか。どうなんだろうか。
女友達が、呆れ顔で俺の方へ振り返る。
「……柊羽、何言ったわけ? 高梨さんショートしちゃってんだけど」
そりゃそうだ。だってそれは、今まで誰にも言わず、ずっと俺の胸の内にしまわれていて、俺自身もつい最近まで気付いていなかった、とっておきの秘密なのだから。
彼女の顔が真っ赤なのは、驚きからだけだろうか。その反応にちょっとだけ期待したくなるけど、身分違いなのは今も変わらない。思い上がるのは禁物だ。
勉強会をしたり、ゲームセンターに誘ったり。前者は俺が能動的に行動し、後者は妹たちに連れだった受動的な行動だった。
昔の俺の方が、確実に行動的だっただろう。
それでも、今の俺だって負けてはいないと、あの頃の俺に見せつけたかったのだ。
互いの妹と弟が、同級生でしかも異性同士の友達だったのは、本当に偶然だったのだろう。
もしくは、彼女が好きな運命という言葉に近いものかもしれないけど。
その全てが、今の俺のどこかを形作っている。
それだけは、確かだったから。
ただ、一つだけ。恥ずかしくて一つだけ、小さな嘘をついてしまった。現在進行形ではなく、過去形にしてしまったことだ。
でもまあ、それはいつか訂正すればいいか。
✿ ✿ ✿
「樹里さん、俺ね」
「樹里さんのことが好きだったんだよ」
〈完〉
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