第三話


「兄ちゃんってさ、樹里さんのこと好きなのか?」


 長い髪を片側でくくった、いわゆるサイドテールの髪を揺らし、妹の美羽は俺に尋ねた。

 どう聞いたらそんな話になるんだ。読解力がなさすぎる。さすが俺の妹だと思った。いや、まったく自慢ではないけれども。


「なんで?」


 なんとか絞り出した声が、ただ震えていないことを祈るばかりだった。幸いにも美羽は、そんな俺の動揺には気が付いていなかったらしい。


「だって樹里さんって、めっちゃ美人じゃん。芸能人みたいに可愛いし。だから、面食いの兄ちゃんなんてイチコロじゃないかなって」


 ……イチコロって死語じゃないだろうか。久々に聞いた気がする。まさか妹の口から聞くとは思わなかった。



 ――いや、それよりも。



「お前、俺のこと何だと思ってんだよ」

 軽く妹を小突いて、俺は少しだけ笑う。


「……そんな身分違いの恋なんか、してないっての」


 俺の言っている意味が分からなかったのか、美羽は首をかしげた。風を受けた風鈴みたいに、美羽の動きに合わせてサイドテールが揺れる。


 そうだ、そんな身分違いの恋なんかしてない。


 あの頃――例えば小学生ぐらいまでだったら、まだよかったのかもしれない。秀才で、ちょっと可愛い女の子くらいの印象だったから。


 でも、もう手遅れだと思う。高嶺の花なんて周りに言われている今だったら、余計にそう思ってしまうのだ。



 テスト本番が始まって数日が経った。


 それからも俺は普段以上の順調さでテストを消化していった。今のクラスの出席番号だと、俺の席はテスト期間に限り後ろから二番目になるらしい。黒板の上に設置された時計を見ようとする時には、一緒に問題を解くクラスメイトの後ろ姿が見える位置にいるのだ。


 ある時のテスト時間、とある問題に苦戦して何となく顔を上げてみると、クラスメイトが各々テスト問題に向き合っている姿が目に入った。その中の彼女の背中を、俺は目で追う。ほとんどよどみなくペンを動かしていた彼女を見て、やっぱり俺とは頭の出来が違うのだなと、テスト中なのにそんなことを考えてしまい、無意識に机に押し付けていたシャープペンの芯を折ってしまったところで我に返った。その問題を飛ばして次の問題に移ることで、どうにかもう一度テストに集中していった。


 結局そのまま、飛ばした問題は最後まで飛ばしたままで終わってしまった。時間をかけてもどうせ解けなかっただろうとは思いながらも、彼女のことを見ている時間があったのなら、その時間を少しでも考える時間にあてていたら何か糸口くらいは見つかったのかもしれないという可能性は否定出来なかった。


 俺のテスト中の最大の障害は、どうやら彼女らしかった。しかし、俺はテストであろうがなかろうが、彼女の姿にとらわれているようだった。


「本郷くん、今日の放課後空いていますか」

 テストも残り一日となったその日、俺は彼女に呼び止められることになった。


「なんで?」

 返事よりも先に、なぜという疑問が口をついた。声をかけられた時、その場には俺と彼女以外誰もいなかった。そのシチュエーションに若干の緊張を感じながらも、俺は平静を装って一クラスメイトとして接することに徹した。

 彼女はひと呼吸おいて、その理由を口にする。



「もし空いていたなら、図書室で勉強しませんか」



 否定の返事は元から選択肢になかったけれど、どうして俺を誘ってくれたのか知りたかったので、彼女に尋ねてみた。すると、「誰かと一緒の方が勉強がはかどるから」というのが理由として返ってきた。

 つまり俺でなくてもいいということだ。力が抜けた半面、なんだか彼女らしいと安心もしてしまった。それにしても、なんて心臓に悪い提案だろうか。


 そして、さっきも言った通り断る選択肢は最初からない。「別にいいよ」と答えて、俺は彼女と図書室の自習スペースで勉強することになった。明日がテスト最終日ともあって、自習スペースの席もかなりの数が埋まっていた。なんとか対面の席を二つ確保して座ると、彼女は早速鞄から教科書やノートを取り出してテスト勉強を始めていた。多分他の友達とだったら、勉強を始めるまでにもなんだかんだ時間がかかってしまって、結局あまり勉強もしないまま終わってしまうことだって多い。その点彼女は本当に勉強だけをしに来たのだという確固とした意思を強く感じる。無駄がなさすぎて尊敬するなと思った。

 さすがに俺だけふざけるわけにもいかず、俺も大人しく鞄から明日やるテストの教科書を取り出して勉強することにした。黙々とテスト勉強をし始めて一時間ほどが経った時には、席にも随分と空きが出来ていて、少しくらいの雑談をしても許されるような空気になっていた。


「樹里さんは、今までのテストの手応えどうだった?」と話題を振ってみる。一度俺の方を見た彼女は、少し考えるそぶりを見せてから「まあまあ、ですかね」とだけ返した。これを嫌味なく言ってしまえる彼女はむしろ才能だと思う。


「古文が本当に暗記系で驚いた」とか、「英語のテストって問題文すら英語だから、軽い気持ちで受けようとすると終わる」とか、ほとんど実もない雑談をかわしつつ、俺と彼女はしばらく互いに目もくれずテスト勉強をしていた。


 しかし。


「本郷くんは私のこと、嫌いだと思っていました」


 ふいに聞こえた彼女の言葉に、俺は走らせていたペンを止めた。


「……え、なんで」


 動揺しつつも、なんとか正面に座る彼女に視線を移す。しかし彼女は、口を動かしながらも視線はずっと机の上のノートに注いでいたため、俺と目が合うことはなかった。仕方なく、俺も再びテスト勉強へと意識を集中させる。しかし、ペンを走らせながらも、全く書いている内容は頭に入ってこなくなっていた。


「……だって、ずっと私のこと、避けていたから」

「避けた? いつ?」


 その問いにしばらく彼女は答えなかった。なんだか彼女は迷っているように見えた。もっとも、俺には彼女がなぜ迷っているのか推測が出来るほど頭がいいわけじゃないから、彼女の言葉を待つしか出来なかった。だから顔を俯かせ、俺はしばらく彼女の言葉を待っていた。


「……本郷くんは覚えていないと思いますけど、私たち、小学校の時、一緒に勉強していたことがあったんですよ」


 その言葉に顔を上げると、ちょうど同じように顔を上げた彼女と目が合った。彼女の眼はひどくまっすぐで、どこか悲しげに見えた。



「私、あの勉強会の後、本郷くんとそのまま友達になれると思っていたんです」



 ドクン、と脈が動く。脳裏によぎったのは、小学生の時の俺と彼女のことだった。




 思い出したことがある。俺が彼女に勉強を教えてもらっていた小学生時代に、一度だけ冷やかされたことがあったのだ。


 彼女に勉強を教えてもらい、無事にテストで自己最高記録の八十五点を取った時、あまりの感動で、俺は授業中にもかかわらず、彼女にハイタッチを求めてしまったのだ。それを見たクラスメイトが、俺と彼女の仲を疑い、からかうような言葉をかけたのだ。


 俺自身も冷やかした経験があるから分かるけど、普段話もしないような男と女が一緒にいるだけですぐに噂されるものだ。高校生にもなれば、いちいちそんな風に言われることはなくなるだろうが、まだ付き合うことが珍しい小学生時代ともなると、たった一つの接点が命取りになる。ただ、自分が冷やかされる側に回ったのは初めてだったかもしれない。そのせいで俺は、少なからず動揺していた。多分、周りの理想通りの反応をしたのだと思う。


「違いますよ」

 しかし樹里さんは動じることなく、はっきりとそう答えた。


「本郷くんに勉強を教えていたんです。それで、少しだけ仲良くなったんです。……そうですよね、本郷くん」


 彼女のその言葉で、俺は一気に冷静になった。まっすぐな澄み切った目から顔を背けて、俺は笑みを浮かべる。


「……そうだぞ! テストで居残り回避のために勉強を教えてもらってたんだよ! だから何もねえよ、残念だったなお前ら!」


 その言葉で、何となく周りも興味を失ったようだった。


「まあ分かってたけどな! 柊羽と高梨さんじゃ釣り合わないって、最初から思ってたし!」


 友達のその言葉は、多分咄嗟に出た負け惜しみだったんだろうけど、的を射ていた。

 俺と彼女じゃ釣り合うわけがなかった。馬鹿と秀才。しかも相手はのちに高嶺の花と称されるほどの美人だ。



 そして、その一件から、何となく話しかけ辛くなって、俺は彼女との交流を絶ってしまったのだ。

 自分自身が、一番気付いていたから。

 身の程知らずって、ちゃんと分かっていたから。




 思い出した。あの時最初に離れたのは、あったはずの接点を失くしてしまったのは、俺の方だったのだ。


「……そうだったかな」


 しかし、今更そんなことは言えない。過去におこなった俺の行動を忘れたふりをして、曖昧な態度で逃げることしか、今の俺には出来ない。

 そんな情けない俺にも、彼女はいつもと同じように優しかった。


「また、四人で遊べたらいいですね」

 他意のない彼女のまっすぐな言葉は、俺の胸に鈍い痛みをもたらした。


 


 ✿ ✿ ✿




 言おうと思った言葉は、たくさんあった。


「俺なんかと一緒にいたら、また変なこと言われるよ」

「樹里さんみたいに勉強が出来るわけじゃないし、特別カッコいいってわけじゃないし」

「俺じゃなくても、もっといい奴がいるって」


 全部喉元までは出かかったのに、結局俺は何も言えなかった。

 初めに離れたのは俺の方だった。だから今、こんなにも距離が遠く、たかが一クラスメイトの関係でとどまってしまっているのだろう。



 ――全部、過去の俺が招いたことだったんだ。



 俺は結局ずっと後悔ばかりで、過去を振り返ってばかりだ。


 


 ✿ ✿ ✿




 一週間近くあったテストも終わり、心なしか教室内の雰囲気も浮つく中で、ようやく俺たちは自由の身になった。その日の俺は、数日前から妹に、帰ってきたら達也くんも交えて三人でゲームをするという約束を取り付けられていたため、テストが終わって早々に帰宅した。そのすぐ後、教室ではテスト終了記念にみんなでゲーセンに行こうという話になったらしい。後日友達から聞いた。


 島というクラスメイトを筆頭に、たまたま教室に残っていたクラスメイトを半ば強引に連れて、十数人でゲーセンに繰り出したらしい。テストからの開放感からだろう。断った人もかなりいたが、それでも多くのクラスメイトが集まってくれたようだ。その中に、どういう気まぐれか樹里さんもいたらしい。


 ところで、島はかなりのゲーマーだ。平日の放課後や休日はもっぱらゲーセンに入り浸っているらしい。

 例えば、あるクラスメイトが新しく入ったゲームを物珍しさからプレイしようとした時、ちょうど画面に映ったスコアのランキングには、既に「SHIMA」の名前があったという話がある。何で苗字かと言うと、短くてすぐ入力できるからというのが島修治郎の言い分だった。ゲームセンター内のゲームだけでは飽き足らず、ネットゲームやアプリゲームにも手を出しているというのだから恐ろしい。一体いつ勉強をしているのか。勉強しろよ。俺が言うことではないとは思うけれども。


 そんなわけで、島関係のこの手の噂はかなりの数が存在しており、島のゲーマー伝説はクラスでも有名な話だった。だから、クラスメイトの中には、島のゲームしている姿を見たい、という思惑を持っていた人も多くいたのだと思う。

 何人かのクラスメイトを引き連れた島は、あるゲームを指差し「誰か対戦しよう」と言った。リズムに合わせて太鼓を叩くゲームだった。一人でも出来るが、硬貨を追加すれば二人でも出来る。メジャーなゲームなので、やったことのある人は多いはずだった。ただ、周りはゲーマーの島と一緒に対戦することにびびり、誰も手を挙げなかった。


 そこで仕方なく、島自身が指名することになった。秀才でゲーセン自体にも行かなさそうだから、こういうリズムゲームは苦手だと踏んだのだろう。島は意地悪にも樹里さんを相手に指名した。


 だが、そこで樹里さんは、おそらく周りの予想に反してかなりの高得点を叩きだしてしまった。さすがにいくつものゲームをやり込んだ島よりはスコアは低いものの、一般人だったら上手いと褒められる程だったらしい。

 思わぬ結果を見せた樹里さんに、島は尋ねた。


「……高梨さん、もしかしてゲーム出来るの?」

「ううん、ゲーム自体はあんまりやらないんだけど」と、樹里さんは笑った。

「ただ、このゲームはやったことがあるから」

 そう言って、嬉しそうに目を細めたらしい。


 その話を聞いた俺は、誰に知られることなくまた机に突っ伏したくなったけれど、友達の手前耐えて「マジかよ」とだけ言って笑った。


 島ほどじゃないけれど、彼女に関する逸話もその内増えそうだと思った。


 そして、クラスメイトがゲーセンに行っていたその日の俺はというと。


 最終日のテストが終わって早々に帰宅すると、玄関にはすでに見知らぬ靴が一つ置かれていた。おそらく達也くんのものだろう。数日前から美羽に「この日は達也とゲームするんだから、絶対忘れるなよ」と耳にタコができそうなほど言われていたので、授業が終わったら俺はわき目も振らず真っ直ぐ家に帰ってきたのだった。俺兼妹の部屋の扉を開けると、達也くんはすでに正座して待機していた。しかし当の美羽が部屋にいなかったので、俺は鞄を下ろしながら彼に尋ねた。


「美羽はどうしたの?」

「お菓子を取りに行くと言っていました。そんな気を使わなくてもいいのにな……」


 相変わらずの礼儀正しい言葉遣いを聞いた俺は、自然と微笑ましい気持ちになった。やっぱり達也くんは、美羽の普段の友達とはタイプが違うように思う。


「あんま気にしなくてもいいと思うよ。そういう時は美羽が食いたいだけだから」

「……そうなのでしょうか」

「そうだと思うよ」

 俺の言葉に、達也くんは淡く微笑んでくれた。


「……あ、そういや美羽に聞いたけど、この前のテスト満点だったんだって? 凄いね」


 突然変わった話題に達也くんは驚いた顔をしていた。だが、しばらくすると戸惑った表情に変わり、目を伏せてしまう。


「――美羽と、同じことを言うんですね」

「そりゃまあ、本当に凄いと思ってるからね」


「……僕には、これしかないから、仕方ないんです」


 そう笑った彼の顔は、妹と同い年と思えないほどに大人びていた。

 そんな中で、俺はふいに、美羽が言っていた言葉を思い出していた。



 ――比べると達也が気にするんだよ。



 その言葉の理由が、なんとなく分かったような気がした。


「……勉強出来るのが嫌なの?」

 嫌味に聞こえたと思ったのか、達也くんは慌てて首をぶんぶんと振り、申し訳なさそうにまた顔を俯かせた。


「そういうわけじゃ……ただ、僕は美羽みたいに運動が出来るわけじゃないし、面白いわけでもないから、一緒にいて楽しいのかなって……。美羽は、どうして僕と友達でいてくれるんだろう……」


 自分に自信のない彼は、言いながらどんどん縮こまっていく。その頭に俺は手を置いた。

 まだ小さかった妹を、兄である俺があやしていた時のように。


「……まあ、確かに美羽は俺と同じで運動馬鹿だよ。でも、達也くんみたいに勉強が出来るわけじゃない。俺や美羽は頑張ってもテストでいい点なんか取れないから、そこはちゃんと誇ってもいいんじゃないの」


 達也くんは目を伏せたまま、何かを考えている様子だった。


「それに、俺も美羽も単純だからさ。嫌いな奴とわざわざ仲良くしようとなんて考えないし、ましてそんな奴に家で遊ぼうなんて誘わないからね。だからそこは信じてやってくれよ。……美羽のためにもさ」



「…………はい」

 


 達也くんが俺の言葉をどう捉えたのかは分からない。ただ、「はい」と言った達也くんの声がどこか安心したように聞こえたので、これでいいのかなとなんとなく思った。


 その時、タイミングがいいのか悪いのか、美羽の声が聞こえて、俺と達也くんは同時に部屋の扉を見た。俺の方が扉に近かったので、そのままノブに手をかけて扉を開けてみると、両手で持ったお盆にスナック菓子と三つのコップを乗せた美羽が立っていて、扉を開けた俺に特に礼を述べることなく、つかつかと部屋に入っていった。


 麦茶とコーラどっちがいいと聞く美羽に、達也くんは麦茶がいいですと答え、再び部屋は静寂に包まれる。

 次に静寂を破ったのは、達也くんだった。


「そういえば、柊羽さん」

 それまで顔を伏せていた達也くんが、俺の名を呼んで顔を上げた。

 整った綺麗な顔立ちが、彼の姉を思い出させ、俺は一瞬たじろいでしまう。


「……何?」



「……あの、柊羽さんは、僕の姉さんのこと、どう思っていますか?」



 所々声を詰まらせながらも、彼はどこかで聞いたような言葉を口にした。

 十分に咀嚼してから、俺は呆れ声で妹の友達に言葉を返す。


「……何、それ流行ってるの」

「何がですか?」

「俺らの話をすること……いや、何でもない」


 最後まで言わずとも、二人の表情を見たら分かった。達也くんは、例えばあらかじめ美羽と組み、俺をからかおうとしているというわけではないらしい。早速スナック菓子に手をつけようとしていた美羽が驚いた表情を見せていたからだ。ただ、彼女の弟として彼女の交友関係を心配しているだけなのだと。


 だから俺は、彼女の弟として安心できる言葉を彼に告げた。本心と、若干の嘘も織り混ぜて俺は笑う。



「……いい人だと思ってるよ」

 口にした時に走った鈍い痛みは、見ないふりをしながら。



 ――元が美人でも、それ以上に可愛く写る効果があるらしい。



 あの日、四人でゲーセンに行って撮ったプリクラを見ながら、俺はそんなことを考えていた。四分割されて出てきたプリクラに写る俺は、真正面から強い光を当てられたんじゃないかと思うほど色白になっていた。俺も妹も一重の細い目なのに、五割ぐらい増しで大きく見えるし、若干二重にも見える気がする。プリクラの加工詐欺具合は凄いなと思う。原型とどめているのだろうか。


 言い出しっぺの彼女の弟は、プリクラの加工詐欺も相まって、より女の子のような顔立ちになっていた。そして彼女は、客観的に見ても数倍可愛く写っていた。おそらくこの中では一番プリクラを撮った経験があるだろう。写真のポーズがどれも被っていないあたりさすがだと思った。

 こんなものを誰かに見られでもしたら、次の日から俺は彼女のファンに殺されるだろう。


 高校で久々に同じクラスになって、よく分かった。彼女がどれほど人望に厚く、周りの目を惹きつけているのか。


 テストの度に赤点の心配をしているような俺とはまるで人間が違う。身分違いだ、諦めろ。痛い目を見るのは自分だ。早く縁を切って楽になるべきだ、と俺の中の何かがうるさく主張していた。

 なのに、俺はそれでも、あの日四人でゲーセンに行ったことを証明してくれるこの一枚のプリントシールを手放すことが出来ないでいるのだ。そのことが、なんとなく未練がましくて嫌だなと、他人事のように考えていた。




 次に彼女と接点を持ったのは、それから数日後のことだった。

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