マシンアーム

 扉の向こうの音が止み、神谷が出てきた。

 大きなケースを抱えながら登場した神谷は、いつにも増して自信満々な表情で浪川の表情を窺っている。

 お前はカブトムシを捕まえた小学生か、とツッコミは引っ込めるが、年甲斐も無く無邪気過ぎる笑みは、ちょっと……多分に不気味だ。

 そのままの意味の言葉を投げる。


「見るな。気持ち悪い」


「そう言うな。ようやくお望みの品が出来上がったんだからな」


 神谷はケースを机の上に置くと、留め金を神妙な手つきで一つ一つ取り外した。


「おお……これか」


 中に入っていたのは、銀色と白を基調とした、機械の鎧。

 腕の部分だけではあるが、幾つもの兵装を収納しているであろう重厚な金属のパーツが、幾つにも折り重なり、一つの武器として形になっている。

 ハリウッド映画のロボットにも負けない造形美は、予想を裏切るには十分だった。


「アームパーツだけだが、完成したんだ。見ていくか?」


「ちょっと借りるぞ」


 食い気味に神谷の会話を中断させ、早速出てきたアームに手を伸ばす。明らかに興奮気味だ。


「おい、もっと丁寧に扱えよ」


「わーってるよ。いいから見させろ」


 浪川は無我夢中といった具合に、手早く包装紙に包まれたアームを取り出し、三六〇度、四方八方から食い入るように眺めた。

 無機質ながらもスタイリッシュな造形が男心を強く刺激する。浪川は新品のおもちゃに喜ぶ子供のように、目を輝かせている。

 ──ああ、今なら断言できる。

 テクノロジーに心踊らない男は、いない。


「ねえお兄ちゃん。これってその……武装思念器じゃないの?」


「問題ない。学校にはにはあらかじめ話をしているし、契約審査も通ってる」


 思念器だからといって、なんでも持ち込んでいいという訳ではない。思念素スピリウムを原動力とした武器や兵器も、この時代には存在する。思念器の中でも、武力を行使することを目的とした思念器のことを『武装思念器』と呼ぶ。

 武装思念器は、基本は警察関係者や軍隊関係の人にしか常時携帯することは許されていないのだが、この学園では、


 【正当防衛が成立する状況ではない限り、担当教師と委員会の許諾なく武装思念器を利用することを禁止する】


 という条件付きで、特権的に技術科と実技科の生徒には武装思念器の所持を許可している。許諾をもらうには事前に理事会に申し込む必要があり、危険性に応じて厳正な審査のもと、契約書付きで所持権が交付される仕組みになっている。正当な理由なく武装思念器を振り回すような輩が現れようものなら、謹慎で済めば御の字だが、最悪放校処分を食らうこともある。

 考えられる中でも最悪のケースは、武装思念器の事故で死人が出ることだ。これを可能な限り未然に防ぐために、先ほどのような念密な警備システムによって能力者を監視しており、指定数値以上の有色思念素(人間の感情によって反応したエネルギーを持つ思念素)が発生した場合、校内全体に警報が鳴るシステムとなっている。

 武装思念器による事件事故の件数は、ここ五年で三倍近くまで増加しているという現状があり、それだけ学校運営側も敏感になっているということを意味している。

 そんな中でも多少の手間はあると言えども、生徒たちの学習のために特例措置を出してくれるのだけまだ良心的だと言える。


「なぁ、武装思念器って事は、これって武器として使えるんだよな?」


「ああ。今のところだと、『ワイドレーザー』、『対光学シールド』、『スキャニング』、『パワーブースト』、『スタンガン』『ホバリング』が使えるな。あ、でもホバリングはもう片方のアームパーツができるまでは使わない方がいいな」


「へえ、お前すごいな……そこいらの市販品でもこんなの無いぜ」


 本来、こういった携行型の武装思念器は、持ち運びやすさを重視して複雑な機能性を排除している場合が多い。現にこのアームも、他の携行機に比べれば幾分か重い。

 しかし、光学兵器、折畳式のシールド、高電圧のスタンガン等、その重さに見合った機能が内蔵されている。


「一つ一つの機能の質を維持したまま、腕に持ちやすいサイズにチューニングするのは難しかったよ。だけど、ひとまずこれが完成形だ。今のところ提出期限まではこれ以上の改良を加える予定はないが、何かリクエストはあるか?」


「これ以上増やせるのか?」


 思わず声が上ずった。浪川としてはもう唖然とするしかない。流石に軍人が使うような高性能品には劣るが、学生の研究題材としては常軌を逸したクオリティの思念器を0から創り出してしまう神谷の頭脳が末恐ろしかった。


「明日先生に頼んで射撃場で試運転を考えているんだが、どうだ?二人も観に来ないか?」


「うん!絶対行く!」


「ああ、五時から用事があるんだが、それまでなら」


「じゃあ、明日の三時に予約するか。今の時期は部活動もまだ新人呼び込みの最中だから、デモンストレーションに使われてるかもしれないが……ああ、よかった。明日は使われていないみたいだ」


 『神谷健吾、三時から三時半までの三十分コース、武装思念器持込、他技術科一名、普通科一名』と記載し、生徒を統括する学内組織──生徒総本部に射撃場の予約申し込みを送った。

 部活動にて利用する場所は常に解放されているわけではないので、事前に予約を取ることが必要だが、明日はクレー射撃部は部員取り込みで射撃場を空けているようだ。

「ま、今日はこれが見せたかっただけだ。今日は俺は早めに家に戻るが、どうする?」


「そんじゃ俺も帰るとするか。やる事も無いし」


「歩いて帰るのも面倒だろうし、送ってくぞ」


「だったらついでにどっか寄ろうぜ、最近遊んでないだろ?」


「そういえば、そうだな……ここから一番近いのはと……」


 端末を起動し、脳波のみで端末を操作する神谷。

 能力者スピリッター専用のDWatchの主な機能の一つとして、完全脳波操作というものがある。思念素を操る力が強い能力者は、アシストという形に留めなくても、思念素スピリウムだけで思念器を操作することが可能となっている。

 しかし、非接触で完全に思考に依存する操作は、少しでも邪念が混ざるとすぐに操作ミスを犯してしまう場合が多く、能力者の中でも特に思念素のコントロールに長けた人間にしか利用できないシステムだが、念動力の要領で思念素を発生させるのは神谷には欠伸が出るほど容易だ。この程度の思念素操作など中学3年になる頃には殆どこなしていた。


「そうだな……久方ぶりにパーティボーラーに行くか。駅前の」


「お、いいじゃん。行こうぜ」


 足並みを揃えて三人は部屋を出ていく。

 この学校で再開してからというもの、三人で遊んだことは余りなかった。神谷がアームを作るのに手間をかけてしまっていたからだろう。

 東京都二十四・・・区の一つ、小鳥遊たかなし区内の五つの地区の一つ、盟誓めいせい地区──学園の名前がそのままつけられたこの街では、三時以降になると放課後の高校生を呼び込もうとする各ショップや飲食店、アミューズメント施設のキャッチャーが烏のような大声をあげて下校中の学生を勧誘している。


「三人だけでいいのか?渋谷しぶたにや《せきがわ》は呼ばなくていいのかよ」


 端末に目を落としながら神谷が返す。


「関川は生徒会役員の集まりがあるらしい。渋谷は居残りの最中だ」


「ああ、あいつは主席だったから忙しいだろうな……」


 すでに二ヶ月経っているので、クラスで特に仲のいいクラスメイトは数名いる。生憎今回は呼べそうにないが。


「それじゃあ三人ではしゃいじゃおっか!」


「そうだな!何か注文があったら遠慮なく俺に頼むんだぞ、茉莉沙」


「いいの?お兄ちゃん」


「なんなら浪川に頼んでもいいんだぞ?」


「……どうでもいいけど、日が暮れる前に向かおうぜ。後、奢る金はねえから」


   ──────────◇◇◇──────────

 ボウリングをやるのは久しぶりで、最初の一セットこそ体の訛りが酷かったものの、二セット目からは感覚が戻ってきたのか、浪川が神谷にダブルスコアを突きつけた。

 二セット目終了直後、神谷はメモに何かをまとめたかと思えば、第三セットでダブル、ターキー……とストライクを決め続け、パーフェクトゲームを決め込むという逆転劇を見せた。本人曰く浪川の投げ方を盗み見て、それを実践しただけだと言う。

 この男の学習能力は一朝一夕で身につくものじゃあないと改めて痛感させられる。

 ボウリングは投げるというより前に押し出す感覚なのだが、茉莉沙は球が宙に浮くぐらいの強さで終始投げ続けていたので、ストライクを出すことはなかった。


 ああ、これ明日は筋肉痛だな、と考えながら、神谷の奢りでボウリングを楽しんだ後は、そのまま家に送り届けられた。


 波川は夕焼けも過ぎてすっかり暗くなった玄関の前で、街灯に照らされながら物思いに耽る。

 どうにもこうにも、覚悟は決めても考えがまとまらない。


 ──明日まで、か。



 今度こそ、グレーな対応は許されない。

 1か0か、そこで答えを出さなければいけない。

 だから今の彼にできることは、投げ出すことではない。

 彼なりに悩むことだった。

 ──本当に、俺はなんの溝も未練もなく茉莉沙を受け止められるのだろうか。

 彼女を受け止めるために、やらなければならない事とは何か。


「ここでうだうだしても仕方ねえ、か……戻ろう」


 ノブの真ん中にある鍵穴にキーを通し、波川はアパートの部屋へと消えた。


 アパートの三階からでもわかるぐらいに、宝石店のショーケースの指輪のようにギラギラと輝く街の景色は、まるで無数に瞬く満天の星空のような印象を覚える。


 アパートが本街より外れた高台にあるので、夜風も涼しい。夕涼みに癒される反面、冬になると寒くなりそうだと浪川は内心思った。



 真っ暗な田舎の自然的な夜と違い、東京は眠らない。



 光の数だけ人々の営みがあり、人々の希望もある。



 それなのに、世界で一人だけのような気持ちになる。



 まるで壮大なミュージカルを、たった自分一人だけ、客席で観ているような感覚に陥る。



 今この瞬間、自分と同じ淋しさを感じている人はどのくらいいるのだろうか。



 その人は、同じ景色を観て何を思うのだろうか。





 ……親父、こういう時なら手前テメエは俺に何て言うんだ?

 小さな悩みだと快活に笑うのか?それともクソ真面目な面ツラして説教でもするのか?


 ……わかんねえ、俺にはあんたが一番わからねえよ。


 策に寄っ掛かり、夜風に涼む。



 哀愁を帯びはじめた少年の背中を、月光が優しく照らし出す。

 街は、風は、今日も人々に安らぎを与える。


 それは妹を心から想う少年にも。


 その狭間で揺れる少女にも。


 己の道を信じて進む少女にも。


 己の在り方に疑問を抱く少年にも。


 もう一人の自分と向き合えない少女にも。


 憎悪を笑顔の仮面の下に持つ少女にも。


 日々自分の弱さと向き合う少年にも。


 拭いきれない兄弟のしがらみを抱く少年にも。


 本当の恋を健気に待ち続ける少女にも。

 

 剛健に、優雅に咲く花のような少女にも。


 自分自身に失望した少年にも。


 まだ悲劇を待つだけの明るい少年にも。


 『賭け』と『スリル』に酔いしれる少女にも。


 未だ覚めぬ眠りにつく少女にも。


 そして──亡き父親の背中を追う少年にも。


 この街は、人々に平等に安らぎを与える。



 街の照明が疎らに落ちていく。


 今日も街は眠る。


 人も眠る。





 だが、その日常を侵す非日常は、音も無く彼らの背後に近づいている事に気がつく余地はなかった。

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