Chapter1.

歴史と今

 一九七五年、先の大戦、および大災害により大きく傷ついた人類は、微かな資源と技術を手元に、再興の時を今か今かと伺っていた。

 そんな折、アメリカ、ニューヨークの研究所にて、従来の科学を根本から覆すような大発見が行われた。

 ESP・オカルト・魔法・怪奇現象──数多の事象を無条件に発生させる因子をレベレート次元と呼ばれる情報帯高次元の中から観測し、その非物質元素を思念素スピリウムと名付けた。

 思念素。

 それは人間の感情・精神の力で情報を構成し、様々なエネルギーに変換するという、前代未聞の元素だった。

 この発表を機に、世界中で急速に思念素の研究が進んだ。

 ドイツは電気刺激を用いて思念素に干渉する鉱石を発見し、フランスが世界初の思念素エネルギーの半永久的供給機関を開発。同時に、特定の事象を発生させるための術式である思念式を発明し、各国の研究者の涙ぐましい努力で、それらは実用化に成功。思念素は瞬く間に人々にとって身近な存在となった。

 もはや徒らに資源を貪るだけの旧科学は衰退し、無限とも言えるエネルギーソースを有す思念素を中心とした新たなる科学の時代の幕が開いた。


──────────



 二〇六〇年、四月一日。

 東京都小鳥遊区、盟誓地区一等地に君臨する二つの巨頭は、その学園の威光を指し示すが如く、天を貫いてそびえ立っている。

 都立盟誓学園と呼ばれる高等学校は、普通科を擁する東京都の公立校でありながら、現代科学に関連する技能職や研究職を専門としている『技術科』と、能力士(能力者の軍人や警察官などの総称)を育成する『実技科』を持つ、日本有数の専門学校としての側面を持っている。

 今年は普通科五十八名、技術科三十名、実技科四十名。合計で百名以上の生徒が盟誓学園に入学した。

 ある者は古典とされる魔法技術の再興を目指して。

 ある者は華々しい青春の予兆に胸を高鳴らせて。

 ある者は技術科に合格できず、普通科に配属となった無念を噛み締めて。

 またある者は一流のエンジニアを目指して。

 ────そしてある者は、今は亡き者の背中を追って。

 それぞれ、思い思いの感情を抱き、この学校の門をくぐった。

 ビル内体育館にて、入学式は閑雅に、それでいて揚々としたどよめきを擁しながら催された。

 現東京都知事、学校長、様々な人物のスピーチ、祝電披露を一通り終えると、今度は生徒が壇上に登る番に変わった。

 その眼差し、立ち振る舞いは、今でも彼の印象に強く残っている。

 無知なりに花に例えるなら、北欧の厳しい寒冷の中でも凛と咲き誇る勿忘草わすれなぐさの様だった。優雅でありながら、その容貌とは裏腹の豪傑さを感じる少女だった。

 クラス決め、最初の行事でもある歓迎会、その他先輩達や先生からの激励。しつこい部活動勧誘……忙しない日々が続いた四月はあっという間に過ぎていった。

 そして、カレンダーは早くも次のページをめくり始めた。


──────────

 五月一日

「………………」

 少年は、しばしば学校の図書室を訪れている。

 決して少年は友達は少ない方ではないのだが、十数人の大人数で騒ぐのはあまり好かない。

 それに、教室にいるとどうも暑苦しい。一クラス五十人もいるとなればその暑さがどれだけ凄まじいものかわかるだろうか。付け加えるなら今年の五月は三十度を軽く上回る、異常とも言える炎天下だ。いくら空調機器が標準設備とはいえ、冬の寒さの方が好きな少年にはさすがにキツイものがある。

 その点、図書室は気が休まる。静かな空間、冷房の風、豊富なマンガ本……くつろぐには一番適してる場所だと少年は密かに思っていた。

 そんなマンガ好きの少年が今読んでいるのは、そんなポップなイメージとは縁遠い、著者の顔写真が載ってるだけの質素な表紙の本だ。

 少年は字が多い本は苦手だ。アーケード街のタイルのように敷き詰められた文字の数々を読むのは頭が痛くなる。

 少年の苦手科目は現代文、英語、歴史、古文……と、文字が主体の科目だ。理系科目は計算するだけだからまだしも、こういった類の科目には一向に慣れる気配がない。少年がそれを良く思っていないのは確かで、その克服のために、いかにも難しそうな内容の本を読んでいる。

「ダメだ……難しすぎる」

 しかし少年はあえなく読書を断念し、寝転がっていたソファから身体を起こし、目の前の本棚にその本を戻した。人には得手不得手というものがあるらしいが、余りにもハッキリ不得手と出ると気分が良くない。

「あーあ。克服したいんだけどな……読書嫌い」

「まだ最後まで読めてないのか?浪川」

 そう言いながら、別の少年がソファに腰掛ける。態度から本を読んでいた少年……浪川涼介と仲が良い相手なのは明白だ。

 盟誓学園の制服を少し着崩した少年に対して、多くの人が抱く第一印象は『ガサツ』だろう。 実際その通りで、あまり些事に目利きできるような性分なので言い訳しようはない。

 都立盟誓学園技術科、1-D所属、浪川なみかわ涼介りょうすけ。それが彼のプロフィールだ。

 メガネをかけ、浪川に比べて少し細身の少年は、持ちよった参考書を椅子に置きながら、浪川の隣に座った。


「なぁ、お前の勧めで読んだはいいが、この本やけに難しくないか?」


「そうか?俺は面白いと思ったけどな。いかにして思念素スピリウムのエネルギー変換と制御の理論化に成功したのか、それが後に続く発明にどのように影響を及ぼしたのか、特許を巡った他の研究所との会合とかはわかりやすいと思っていたが……」


「いや、さっぱりだ」


「はあ……お前なんで技術科なんかに受けたんだ?実技科でも良かったのに」


「実技科なんて能力者じゃないと入れないレベルだろ。お前こそどうして技術科なんだ?」


「今更だな。俺が機械いじりこっちの方が向いているのはよく知ってるだろう」


「ん……まあ、確かにな」


 眼鏡をかけている少年、神谷かみや健吾けんごは、浪川のクラスメイトであり、小学校以来の幼馴染だ。

 綺麗に揃えられた、少し長めの黒髪、柔和な目つきの奥の澄んだ瞳、身だしなみと顔立ちともに整った姿は、浪川とは対照的に映る。

 中学生時代はその真面目さもあり、あまり友達に恵まれなかったが、高校に入ってからは同じクラスの浪川(教室数の問題で、技術科と実技科は同じクラスになる場合があり、浪川と神谷の所属している1-Dは技術科と実技科の混合だ)と小学校以来の再会をはたし、一つの目標を掲げた。

 実用性の高いロボットアームを作るという、神谷と浪川共通の研究課題だ。

 何故制作するのがロボットアームなのかについては、単純に二人がそういう趣味だから、というのに他ならない。


「そんで、ロボットスーツ制作プロジェクトはどうよ?神谷博士」


「正直雲行きが良くないのは事実だ。最も重要なものが一向に完成する気配がなくてな。マシン全体のオペレーションを行うインターフェイスを作るのは、やはり一筋縄ではいかなくてな」


「OSか……それこそその辺のやつで代替は効かないのか?」


「効かない。それ以外にもマウントディスプレイとジェットパックや各種センサー……エネルギー弾は光学兵器システムで再現できるが、威力はどうしたものか」


 浪川涼介と神谷健吾は、二人とも技術科に所属している生徒である。エンジニアを目指している神谷はともかく、何故浪川が実技科や普通科ではなく技術科を選んだのか、神谷は不思議でならなかった。

 浪川は理系寄りといっても、化学や工学に特別興味を抱いていたわけではなかった。基本的に細かい事が性に合わない性格なのは彼の周辺人物にとって既知の事実だ。

 尤も、高校に入ってから急に興味を持ち始めた、というタイプかもしれないが。

 浪川は、窓の外の自分たちの街を見下ろしながらボヤき始めた。


「……なあ、マジで本当に完成できるのか?そりゃエンジニアになるなら、思念器しねんきの一つや二つも作りたくなるけどよ……あんまり無茶な事考えんなよ」


「俺の心配をする暇があるなら自分の成績を気にした方がいいんじゃないか?」


 浪川は神谷から投げかけられた説教混じりの言葉に顔を顰め、「お前は親かよ」と呟く。

 思念器──思念素エネルギーを原動力とする機械や道具の総称として使われるその言葉は、技術者界隈を除いてはほぼ死語となりつつある言葉でもあった。

 人が日常的に使用する機械の半分程は思念器と呼ばれるほど技術が発展した今の時代では、態々呼び分ける必要性がないからだ。

 今となっては、思念素が中心となった『現代科学』と、ガスや電気が中心の『旧科学』の発明や機械を識別するためだけにこの言葉は存在する。

 

 他愛もない会話を遮るように、昼休み終了十分前をつたえる時報が校内に響き渡り、同時に腕時計端末がバイブレーション振動で時報の役目を果たしていた。


「もうこんな時間か……仕方ない。研究報告レポートは放課後にしよう」


「俺、進路は事務や開発よりも現場仕事系が好きでな。俺の分も書いてくれると嬉しいんだが」


「……たまには自分で書いたらどうだ?」


    

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