第26話 # 車内で
朝の通勤ラッシュ。それに呑み込まれ、三人は人の作る流れに流されて時に抗いながら二人の中学校の最寄り駅へ向かうためマゼンタ色の都営大江戸線のホームへ向かう。
ホームも人が溢れ、どこに並べばいいかわからない。園は人が固まっている場所になんとなく並ぶと流されそうになる花恩の手を掴み並ばせる。陽菜里はそのまま園の隣へと並んだ。流れを邪魔しないように三人は白い柱へ寄りかかるように身を寄せた。園の肩が白色の柱の"かけこみ禁止"に当たった。
「多…。」
花恩は島では絶対遭遇しなかった人ごみに毎回気分を悪くさせられる。頭がクラクラして目の前が見えづらくなってきたりすることもあった。
陽菜里も元から口数が外では少ない方だが、この人混みには毎回閉口する。二人とも電車に乗ることさえあまりなかったのにいきなり東京の満員電車に乗ることになりまだ慣れることはできなさそうだった。
「大丈夫?」
園は芽李子から花恩が倒れたこともあることがあるのも聞いていたので、花恩に気を使う。倒れて貰っては困るし単純に健康をたまに損なう花恩を気遣う意味もあった。
花恩は園を見上げると大丈夫です、と答える。花恩としては園に気を遣ってもらうほど特別気分が悪いということはなかった。しかし、気分が悪いのは確かである、花恩は
「本当?」
「うん。」
肩に提げたスクールバッグの肩紐の位置を直しながら花恩が頷いた。周りにはサラリーマンや学生が蠢く。園は視線を周りから感じながら陽菜里に視線を移す。
「陽菜里は?」
「大丈夫ー。」
園は発車標を見ようと首を伸ばす。発車標が右斜め後ろにあるのはわかったが見ようにも人が邪魔で見えない。
陽菜里は園のショルダーバッグの底を不意に触る。ずっしりとした中身が感じられた。置き勉している陽菜里のバッグより全然中身があるように感じられた。
園は後ろにいたサラリーマンと目が合ってしまう。
「すいません……。」
思わず謝る園にそのサラリーマンは園の顔をじろじろと見ながら会釈だけしてスマホに目を落とす。
〈…2番線に大門経由光が丘行きが参ります…〉
ホームドアの電光掲示板に"電車が来ます Train Approaching"という文字が繰り返し現れる。
二人が自分の前になるよう二人の肩に手を置きながら園は、東西線よりまし東西線よりまし、と自分に言い聞かせる。東西線はこの時間帯は乗車率190%を超える。それに比べれば耐えられると自分を錯覚させようとする園。しかし、園は文系大学生だ。通勤ラッシュ時の時間帯に遭遇することは一年生以来に殆どない。だからこそ、二人からは慣れているんだろうなと見られがちだが、実際のところあまり慣れていない。とは言え、慣れる人なんていないような気もする園だった。
電車に乗り込むとやはり満員。今は丁度、通勤の時間帯。当たり前でもあったがやはり、園の気分は落ち込む。
園は無言だった。二人は何か話しているようだが頭1個分以上は離れている二人だ、聞こうにも篭って園の耳には聞こえてこない。
園のさっぱりとした気取らない雰囲気を醸すシニヨン越しに園のうなじへ生暖かい息がかかる。チラリと後ろを向くと、後ろの男がパッと園の後ろから顔を離す。
昔は経験した事などない首すじに生暖かい息を継続的に吹きかけられる謎の体験に園は首をひねった。
園がその疑問をすっかり忘れ
ホーム画面から指紋認証するとLINE。それはグループラインだった。他のメンバーからもこの瞬間に送られて来ていた。
Saruwatari Chiyomi : デビュー曲決まったよ。”そよぐ風、カーテン”だって。 8:09
Saruwatari Chiyomi : 選抜はA組ってなってたけど、今回は普通科と音楽科って呼称になるみたいだから、楽器ができる人は練習しといてね。 8:09
既読がつき、その後、了解の意を伝えてるスタンプなどが連なるのが見えた。
凛々子 : どちらがそのそよぐ風、カーテンを歌うんですか? 8:14
Saruwatari Chiyomi : 田中さんによると、普通科になるみたい 8:14
Saruwatari Chiyomi : 詳しいことはまた後日、番組内で田中さんからしてもらうから 8:15
園はそのやり取りを見て思った。音楽科になるのは私ではないか、と。それは何故か。比較的楽器が出来る方な上、園が172cmあるからである。園の周りを固めることのできる高さのあるメンバーが相次いで出たことで、園がどうしても浮いてしまう。
それを考えれば、選抜から外すのは園でおかしくはない。
園の方を陽菜里と花恩が向く。二人の中で楽器の出来る人といえば一百野真緒と園だった。
陽菜里自身13歳ながら県の大会で入賞したりする腕前だったが一百野は更に上の権威ある大会で入賞するほどの腕前があったし、園は何かの大会に出たわけではないようだが番組内で披露したアルトサックスの演奏は大人っぽくて格好良かった。
話しかけようとしてきた二人に、園は口に人差し指を当てて制する。園の中で整理する時間が欲しかった。
やはり、どう考えても園はこの音楽科に自分が入りそうな予感がした。
メンバーがしていないレッスンも受けさせられていることから、選抜に入らない事はないのではと心のどこかで思っていたがそんな事はなかったようだった。
不思議と元から芸能界で成功することを夢見て入ってきたわけではないからか、まだ自分の予想の段階であるからかはわからなかったが、悔しさは不思議と湧いてこなかった。
花恩も園のどこか不安げな顔を見て、音楽科の意味を察したと同時に園が音楽科というグループに入る可能性も強く感じた。園の背丈の問題はそれだけ大人数で踊るという時には問題になっているのだった。
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駅から出たら、あまり中学生同士の会話や高校生同士の会話に入らない園も二人との共通の話題である番組やシングルについて会話を交わしながら、芸能人が多く通うという学校の正門まで二人を送る。
「ニンさん、じゃあねー!ありがと!」
「ありがとうございました!」
園が二人にじゃあねー、と言うとショルダーバッグのフリンジが揺れた。
頭の隅では電車内で聞いた音楽科の話が自分の存在を主張している。園はそれを無視し、歩きながら2限目の授業の事だけを考えていた。
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