第24話 # そうじゃないよ

園たちは日々練習に励む。ホテルから大学へ、高校へ。年長組の和久井や竹田、園達が上京してきた年少のメンバーの送り迎えもする。


ポーラが謹慎して数週間。園たちは忙しい毎日に埋没していた。年長組で暫定的にフロントの7人選ばれているため表に出ることも多い園はレッスンも多く受けさせられている。歌唱レッスンだったりモデルレッスンだったりサックスのレッスンだったりその種類は多種多様だった。


今日も園たちは、休みでもなんでもなく、全体レッスンであった。その中に志鶴の姿もあった。


園は体育座りをして、前の竹田此ノ香が歌唱指導を受けているのを聞きながらチラリと隣の志鶴を盗み見た。


志鶴はいつも通り真面目にレッスンを受けている。園は斜め横に座る芽李子と目を合わせた。園と芽李子はここ2週間ほど志鶴の様子がおかしいと言い合っていたのだ。


志鶴は園や芽李子、花恩と言った親しかったメンバーとあまり話さなくなった。2週間といっても実質4、5日ほどしか会ってないことにはなるが、明らかに避けていることはわかっていた。


芽李子がどうしたの?と聞いても気まずそうに目をそらすばかり、園が聞いてもその答えは返ってこない。とは言っても、園が聞くところを見ていた芽李子には、何か言いたそうな雰囲気を志鶴が一瞬漂わせたのが見えていたが。


ともかく、二人は志鶴の様子が心配だった。


ガチャ。観音開きになった鉄の扉が開かれる。レッスン中に扉が開かれることはたまにある。それは、大概遅れてきたメンバーだったりマネージャーだったりする。


隙間から合田マネージャーが顔を出す。合田マネージャーは年の若いマネージャーで園たちの担当をするマネージャーの中で最年少だけに人間関係のフォローを良くしている人物だ。


「志鶴、ちょっと!」


合田が手招きする。何時もの様に園の横でレッスンを受けていた志鶴が合田マネージャーに呼ばれたのだ。


芽李子は手を使って体育座りのまま園の横へやってくる。


「ニン。志鶴どうしたのかな?」

「わかんないなぁ…。」


園と芽李子の目が志鶴の背中を追う。鉄の扉が閉まっていく。もう背中は見えない。


此ノ香が先生に怒られていた。その為に二人の会話も注意されることはなかった。



合田に連れられた志鶴はサニーミュージック行合坂ビルの廊下を歩く。


「話し合っていた内容だけど。」


合田が言った。内容とはつまり学業のことだ。


「何ですか?」


志鶴は担任や親との話し合いの結果、一旦受験の為に活動を休止することにしていた。それは、活動を続けるためだった。活動するために周りの要求を一旦飲もう、と志鶴は思っていた。


「私達としても、志鶴が休むのは痛いんだけど、ね。」


合田はエレベーターの昇ボタンを押すと志鶴の方に振り返った。


「受験なら仕方ないよね…。認めるってことになったよ。」

「はい。すいません。」


運営側としても計5人も抜けてしまうとは想定外だった。当初のA組、B組構想の為にも24人は最低限欲しいというのはあった。これも今では崩れてしまっていた。最初からフォーメーションを考え直さないといけないということは上から漏れ聞こえていた。


しかし、それは目の前の志鶴には関係のないことだ。彼女が将来の為に受験するというなら運営側としても応援するつもりだった。


「これから、ちょっと挨拶して、書類チョチョイと書いて。お終いだから。」

「そうなんですか…何か寂しいような。」


志鶴は横に立つ合田を見ず、階が上がっていく電光掲示板だけを見つめながらそう言った。


「大丈夫。また戻ってもらうよ。志鶴には。」


アイドル事業部が置かれる17階に着いたのを見ると合田は開ボタンを押しながらそう言った。


「ガンバ!」


合田は志鶴の腰を叩いてそう言った。志鶴はその勢いでエレベーターから押し出された。志鶴が振り返ると合田は微笑みを浮かべて肩を大げさにすくめて見せた。



3日後、公式サイトで志鶴の活動休止が発表される。メンバーにはその2日前、合田マネージャーの立会いの下、志鶴から報告がなされた。


園は何故もっと先にと思う反面、相談されても家庭環境に関することは口出しできないし、自分自身、大学へは行くべきだと考えているためどうする事も出来なかったなと園は思った。出来るとしても勉強を見てやるぐらいしか園には出来ない。


芽李子は園と違いその志鶴の憧れは強くわかる。そのため相談されたなら、志鶴の親と志鶴の中に立ってもよかった、そう思った。


しかし、結果は志鶴の活動休止。高校二年生の志鶴の大学受験には一年と少しある。素直に、芽李子は頑張って欲しいなと頭を切り替えた。


「頑張ってねー、こっちも頑張るから!」


芽李子は言った。園もうんうんと頷く。


「私も応援してる!…何か卒業するみたいだね。」


志鶴はそう言って笑った。いつものダンス室に志鶴の声が響く。いつもは姦しいメンバーは珍しく無言だった。


「だけど、残念ながら、一年後、また戻ってくるからねー!」


一人一人指差された志鶴を囲むメンバー達が笑う番だった。花恩が志鶴に抱き着いたのを皮切りにメンバーが次々と志鶴をハグする。


「だから、卒業するんじゃないんだよー!」


志鶴は照れ臭そうにメンバーを掻き分け合田マネージャーの待つ方へ歩いていく。


「またねー!」


志鶴はそう言うとねずみ色の鉄の扉を開ける。閉める。志鶴と合田はもういない。そして、志鶴はもう一度開け頭を覗かせるとこう言った。


「エンニン!英語とか聞くかも!」


園が笑って、わかったー!というと今度こそ扉は閉まった。

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