第5話 #二次審査
一次審査通過から一週間後。二次審査の日。園はサニーミュージックのビルがある行合坂二丁目駅まで来ていた。背にはアルトサックスがある。
園はGoggleMapを開きながら、サニーミュージック行合坂ビルを目指す。
「すいません……!」
背後から園に声がかかる。しかし、呼び止められた園は自分に声がかけられたか確認するため周りを見回す。これはぼっちの習性である。滅多に声をかけてくる人がいないため、声をかけられた人とかけた人を一旦確認するのだ。
しっかりと目が合う。しかし、ちらりと横を見る。横に人はいない。
園は恐る恐るといった風に言った。
「…何でしょう?」
「行合坂のオーディション受ける人…ですよね?」
相手の女の子も恐る恐るといった感じだ。その女の子は恐らく同年齢ほど、しかし身長は10cmほど違うだろうか。優しげな雰囲気を持つ女の子だ。
「はい…。そうですけど…。」
「地図なくなっちゃって…ケータイの充電もなくなっちゃったのでもしよければ、一緒に行かせてもらっても…いいですか?」
いいですよと園が言うと、その女の子はパァッと笑顔を咲かせる。それはまるでスモモの花のような人に寄り添う親しみ深さを伴った笑顔だった。
園の心の中で人見知りの門が開くのを感じた。かし、歩き始めてから会話がない。
芽李子は実はどこに行合坂ビルがあるのか知っていた。知っていたが緊張して、行合坂二丁目駅から一歩が出ない。だから、誰かと話して緊張をほぐそうと思ったが、話しかけた相手が自分より小顔で綺麗な子だった。そんな子を目の前にして芽李子は目の前にして萎縮してしまっていた。
「…名前なんて言うんです?」
「…名前ー?和久井芽李子って言います!…宜しくね?」
そう言うと芽李子は首を傾げ園に自分の名前を言うよう促す。
「ボあー…えーと、私の名前は園忍です。2文字。」
「2文字なんだ?凄いね、2文字なんて!」
美少女に凄いねーと言われ思わず笑みを浮かべる園。童貞は美少女のおだてに滅法弱いのだ。
「何時の部?10時20分の部だよね、今の時間なら?」
「そうだよー!……緊張するね。二次審査だもんね?二次審査通過したことないんだよね私…。」
そう言うと芽李子は少し暗い顔をする。園は慌てて芽李子を励ます。
「大丈夫だよ。和久井さん。和久井さん、かわいいもん。」
「……ありがとー!受かるといいよね。二人とも…!」
そうこう言っているうちにサニーミュージック行合坂ビル一階につく。階段の前に可愛い女の子がずらりと整列している。どの子も緊張を隠せていない。
「和久井さん、受付こっち!」
気圧され入り口の所で固まってしまった芽李子の手を引っ張り園は受付に向かう。
「こんにちはー。お名前をどうぞ。」
「園忍と和久井芽李子です。」
受付の女の人はわかりましたーと言うと名簿の上に指を滑らせる。
「
受付の女の人は1052と1051と書かれたシールを渡される。
「園さんが1051、和久井さんが1052です。」
「わかりました。」
園は芽李子にシールを握らせ自分のシールを胸元に貼る。
「あの列に並んで待っててください。」
そう言われ二人は一緒に列に並ぶ。静寂がその場所を支配する。皆が緊張しているのだ。
芽李子は園の後ろに並ぶ。芽李子は自分が緊張しいなのを知っている。いつもいつもそのせいでオーディションに落ちているのだ。名古屋でオーディションを受け始めた芽李子はオーディションを受け始めの頃は泣いてしまったことも何回かある。
上京して一年。カットモデルなどバイトをしながらオーディションを受け続けている。しかし、どうしてもオーディションとなると、怖くなってしまって話せないこともしばしばだ。
芽李子はこのオーディションを落ちたら三重に帰ろうと思っている。これが最後のチャンス。
しかし、これが最後のチャンスだとしても、性格は直らない。芽李子は俯いて、もぞもぞと忙しなく自分の指と指を組んだり離したりを繰り返す。
「大丈夫?」
園は俯いて声を出さなくなった芽李子に声をかける。しかし、園は元童貞。背をさすってやる事も肩を抱いてやることもできない。園の右手は宙を彷徨った。
「…ん。大丈夫。」
芽李子は大きい息を吸った。
「………あ、でも…手貸して?」
芽李子のその言葉に胸を掴まれた園はその動揺を隠すように遅れて手を差し出した。ぎゅっと園の右手が掴まれる。
「ありがとー…。」
手から芽李子の緊張が伝わってくる。
「和久井さん、大丈夫だよ。大丈夫。もう一度深呼吸しよ?」
園はすーっと息を芽李子の前で吸ってみせると、芽李子は細かく頷いた。そして、目と目を合わせてタイミングを合わせ一緒に深呼吸。そして一緒に息を吐いた。園はニッと笑って芽李子の肩を叩く。
「大丈夫!和久井さんならできる!会ったばかりだけど分かるよ!」
園は努めて明るく言った。その言葉に頷いた芽李子はもう一度息を吸って吐いた。
列の前の方が騒がしくなる。園はデニムのショートパンツから小さなメモを取り出す。それは自己PRで言うべきリストとその裏には歌う曲の歌詞が書いてある。
「控え室へご案内しまーす!係の者に従って動いてください!」
10人程に分かれて歩いた先にあるエレベーターに乗るようだ。
園と芽李子が自己PRで言うべきことを確認しているとエレベーターに乗る順番が回ってくる。
エレベーターはすし詰め状態とは言わないが満員の状態である。周りを見回すと、皆控えめに言って平均以上の容姿の持ち主だった。東京にはこんなに沢山可愛い子いるんだぁ、と園は素直に感心した。
エレベーターを降りるとすぐ目の前が控え室ということはなく廊下をしばらく歩いた先に控え室があった。
エレベーターで一緒だったその10人の中から分かれて5人ずつほどで並んで座る。園は長机の上アルトサックスを置く。
「宜しくねー、私は惣田麗華。」
麗華は園の顔を見る。暗に次に自己紹介してと言うかのようだった。
「私は園忍です。宜しく!」
「私、秋本波流です。ヨロシクねー。」
当たり障りのない自己紹介をしつつ時間が過ぎる。
「みんなはIKBだと誰が好きなのー?」
「サッちゃんかなー…。」
「波流はねーみぽりかなー!」
「次のグループお願いしまーす!」
その声とともに係の人が大部屋に入ってくる。芽李子が袖を掴んできた。園はその手に手を添え芽李子と目を合わせ、席を立つ。
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