第4話 #大学めんどい

 16時。気付いたら5限だ。


 今頃、国際法総論の山内マクミラン恵子教授がドアを開けて、ハァーイ!今日もやっていきましょっ!とかなんとか言っている頃合いだ。


「はぁああぁ〜…。行かなきゃだなー。」


 そう言って園はハンガーポールにかかったキャンバス生地のトートバッグを引っ掴む。


 ドアに手をかけた瞬間、床に転がるキャンプ用のバックパックに足をとられかけた。


「ああっ!…っもうなー邪魔だわキミ。」


 園は足でバックパックを隅に寄せた。その足でスニーカーを履くと、ドアを開ける。


 園は階段を駆け下りる。どんなに急いでも四ッ谷にある大学まで40分はかかる。


 駐輪場から自転車を引き出すと園は最寄りの荻窪駅まで急いだ。


急いだはいいが、着いたのは16時50分。授業は中盤。そろそろと大教室の後ろのドアから入っていく。


ガラガラな教室。席を見つけるのは難しくない。


席に座ると、園はノートと教科書をトートバッグから取り出す。トートバッグの中で一際大きな存在感を持つ国際条約集を机の上に置く。


一人で授業を受けることが圧倒的に多い園はガラガラな教室が好みである。教室にぎっしり人がいる授業だとどうしても3人席の真ん中に座る必要が出てくるのだ。それが堪らなく嫌だった。


格言おじさん @KAKUGEN_ojisan

一人で行く人は今すぐにでも出発できるが、他人と一緒に旅する人は他人が準備するまで待たなければならない。


ヘンリー・デイヴィッド・ソロー



パワーポイントを見る。


途中から聞く授業は何もわからなかったが、終盤に差し掛かるにつれ段々とわかってくる。


分かってきたとは言え楽しくなってきたということはない。ついつい、園はスマホで時間を確認する。


内容をメモしたり時間を確認したりを繰り返し授業が終わる。


「ハーイ、今日はここまでねー!」


山内教授がそう言った。園はその声を聞くと同時に立ち上がると急いでトートバッグに筆箱やノートを放り込む。


園が急いでいる理由はつまり…トイレである。残り3分程の時に急にトイレに行きたくなったのだ。


残り20分とかならまだ普通に園はトイレへ行くが、残り3分となれば逆に行きにくいのだ。それを我慢するとなると結構キツイ。


園はいの一番に教室を出ると幸い教室の横にあるトイレへ駆け込みもうとした。その瞬間止まる。待てよ。今の自分、入ってはダメなのでは。目に入ったいつもよりほっそりとして細長い指を見て園はそう考えた。


ちらりと男性トイレか女性トイレかを確認する。青い三角がトイレの先に書いてある。


案の定、何も考えずに入りかけたトイレは男性トイレだった。


「やば。」


そう呟き、向かいの女性トイレへ向かおうした園と男性がぶつかる。その衝撃で園はたたらを踏んだ。その二、三歩で園の体は男性トイレへ入ってしまった。


「あっ!」


その男も急いでたようだが、女性が男性トイレから出てきた様な恰好になったのに目を見開き、更に園を二度見する。


園はパッと顔を伏せるとすいません、すいませんと小声で言いながらその横を走り抜ける。トイレへ行きたさで足が思わず回転数を上げたのだ。


「大丈夫ですか?」


後ろの方で男の心配そう声が聞こえるが、無視して女性トイレへ飛び込む。何の迷いもなく個室に入るとデニムのパンツをずり下げる。


一瞬、どうやってトイレをすればいいのかと思ったが、思った瞬間、脳内でこの自分がしていた姿が閃いたのと生理現象としての勢いに任せ致してしまう。


「ヤバイな、ど変態だわ。」


園はしている瞬間思った。これが夢なら自分めっちゃ変態じゃんと思った。自分が変態ではないと思うためにも薄々思ってたがこれが現実なんじゃないかと園は思い始めた。夢にしては圧倒的にリアルなのだ。


園は頭を大きく振った。急に女性になるってそんな世界ありえるのか?園は思った。これが夢である証左なのではないか?妙にリアルなのはただ自分が理解していないほど自分が変態野郎だったというだけではなかろうか?園は考えた。


答えは出ず、園は個室を出る。鏡の前で化粧を直す女性や髪の毛を整える女性が2、3人いる。その隣に行こうと思ったが女性達の視線を感じ、園はその女性達の一つ離れた手洗い場に陣取った。


この時になって初めて背徳心というか羞恥心というもののを感じた。俺が今女子トイレにいるのだと思うといけないことをしているようにしか思えなかったのだ。


園は172cm。目線が変わらないので今も同じだろう。172cmは男の時は別に大きいとも思わなかった。しかし、隣に女性が並ぶ段になると巨人だった。隣の女性達がただ小さいだけかもしれなかったが…。


鏡の自分と目線が合う。鏡の前で全身をちゃんと見たのはこれが初めてかもしれない。ヴィンテージの革ジャンの襟を正す。スタイルはいい。所謂モデル体型だろうか。だが、男の目からみれば厚みが足りないかもしれない。


背徳心からか周りと同化しようと園は隣の女性達と同じように髪を直してみるがなんの変わり映えもしない。同じだ。


 ・

 ・

 ・


 という生活をして一週間と少し。体の構造の違いに慣れた部分もあれば慣れない部分もあるそんな頃合いである。


夢にしては長い時間であるが、園はそのことはなるべく考えないように考えないようにして来た。


 そんな時にサニーミュージックから手紙が届く。


「おえぃ!マジかまじかマジか!」


思わず、エレベーターの上昇ボタンを連打する。その封筒の表と裏をひっくり返し交互に舐めるように見つめる。なんだかしっかりした封筒だな、と園は思った。期待ができる。


チーン。急いでエレベーターに体をねじ込むようにして入る。閉ボタンを連打。ちらと封筒を見る。


園の部屋があるのは4階。すぐではあるが、待てない園は無理やり封筒を引きちぎる。


その手紙は二次審査の案内だった。


「んぐ!?」


「IKB49公式ライバル 行合坂女子学院オーディション」と銘打たれ、その下に二次審査のお知らせと書いてある。一次審査に通過したのだ。


更にその紙の他に封筒に3枚、紙が入っている。内訳はアンケートが一枚。地図が一枚に日時と会場が書かれた紙が一枚だ。


チーン。エレベーターが4階に止まる。目の前が園の部屋だ。


エレベーターから飛び降り急いで鍵穴に鍵をいれる。


ガチャガチャ。興奮しているせいか中々鍵が開かない。


「…っもぉう…!」


鍵が開く。スニーカーを脱ぎ捨て、椅子に飛び込む。くるくると椅子が回った。

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