空を見上げてみたので。

 適度に地面を照らす、太陽。そっと枝葉を揺らす、そよ風。青々と広がる、大空。こんな天気のいい日は、散歩をするに限ります。


 私は、履き慣れた靴を履いて、玄関を出て、鍵をかけて、家を後にします。家にはもう誰もいないのに、「行ってきます」と言いました。長年の癖で、つい習慣的に、言ってしまうのです。もはや、儀式みたいなものです。我が家と束の間の、さよならです。といっても、数十分後には帰ってくるのですけれど。


 見事な秋晴れで、とてもすがすがしい、気分でした。晴れているので、適度に暖かく、風があるので、適度に涼しいのです。大変気持ちがいいので、胸を反らし、伸びをしました。こんな天気がずっと続けばいいのに、と思いました。


 伸びをしたとき、青い空が目に入りました。空には、いくつもの綿のような雲が、浮かんでいました。雲はひとつひとつが個性的なかたちをしていて、色々なものを思い浮かばせてくれました。


 たとえば、あの雲。楕円形をしていて、横になって浮いています。そして、その左側から、棒のような形の雲が、一本突き出しています。それから、同じく楕円形の雲の下側に、小さい雲が二つ、右側と左側についています。私はこの雲は横を向いた亀だと思いました。楕円形の雲が胴体で、に長い棒の雲が頭で、小さいふたつの雲が足。空を飛ぶ亀は、地上の亀と同じように、ゆっくりと、天空を散歩していました。


 そこへ、亀の尻のあたりに、細長い雲がやってきました。まるで蛇みたいな雲だなと、私は思いました。その雲のほうが流れが速いためか、やがて亀の尻尾の部分に、くっついて見えるように重なりあいました。


 亀に、蛇。これはひょっとして、「玄武」でしょうか。玄武とは、中国の神様で、亀に蛇が巻き付いているような姿をしている、と言われているそうです。こんな場所で神様の姿を拝めるなんて、縁起のいい日だなあ、と私は思いました。


 玄武の雲はそのままゆっくりと漂っていったかと思うと、徐々に形を崩し、まったく別の形になっていました。棒状の雲はすでに楕円の雲から離れ、何とも言い表しがたい、不定形の雲になっていました。足だった小さい雲はいつの間にか大きな楕円形の雲に吸収され、見えなくなっていました。蛇の雲は、新しくやってきた別の楕円形の雲の裏に隠れてしまいました。その楕円形の雲は胴体だったものより少し小さく、まるで亀の甲羅の上に乗っかるような位置にありました。さらにその上には、雫のような形の小さな雲が、ひとつ。遠目から見ると、ひと塊の巨大な雲に見えます。


 巨大な雲を見た私は、その形を見てふと思いました。この形は、とぐろを巻いたうんこです。


 うんこの雲もまた風に流され、やがてどこかへ消えていきました。まるで水洗トイレに流されたように。


 ところで、とぐろを巻いたうんこを考えたのは一体誰なのでしょうか。普通にうんこをしてもあんな形にはならないだけに、気になります。

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