第10話
幾多と弐部、2人の間には銃弾が交差し西部劇の舞台よろしく決闘となっていた。
幾多は左腕で防弾能力のない首を隠し、弐部はわずかに身体を逸らして銃口から逃げることで、それぞれ防御と回避を選んだ形となった。
幾多の放った銃弾はひとつ残らず当たらない代わりに、弐部の銃弾は的確に腕や胸部、頭に命中したものは強固な装甲、硬質なヘルメットにより弾が滑り、どれも運よく貫通することはなかった。
これが自動機関銃なら、痛みをこらえるだけでは済まなかっただろう。
幾多は歯を食いしばり耐えながら、数歩後退した。
「幾多の! こっちだ」
声をかけられ後方の、貯水タンク槽の近くにある遮蔽物に、こちらを手招きする姿を見つけた。
タブチとリデルだ。
幾多は2人を見つけるや否や、弐部との戦いなど放り投げて彼、彼女らの元に駆け出した。
幸い、タブチのショットガンとリデルの自動機関銃での援護があり、弐部もそれ以上追撃することはなかった。
幾多は遮蔽の中に飛び込むと、うまいこと受け身を取った。
「機嫌はどうだ、兄弟」
タブチがやや投げやりにそう告げ、ショットガンのポンプを切り替え空薬莢を排出させた。
「エクゾスレイヴはやってやったぞ。これもハイテクスーツのおかげだ」
「はっはっは。さすが、昔は3人がかりでボロボロになりながらだったってのに。これは俺も張り切らねえとな」
タブチは腰だめにショットガンを構え、銃弾を放つ。弾の種類は散弾らしく、複数の弾痕がプレハブに穴をあけた。
その仕返し、10倍の弾のお返しが戻ってきたため。タブチもリデルも身をかがめた。
「ああ、こりゃダメだ。どうする、幾多」
「逃げの一手しかねえだろ。もちろん、どうチャンスを作るかだが」
逃げる機会は爆発の混乱を起こして、その間に逃げるはずだが、ここまで執拗に銃弾の雨を浴びせられては逃げる背中をハチの巣にされかねない。
今はまさに万事休すだった。
「そこは私に任せてくれないか」
突如、立候補したのはいつのまにか傍にいたミタカだった。
「おい、いつのまに」
「くだらないことを訊くくらいなら、私の作戦を聞いてくれ。のどがカラカラであまり喋りたくないんだな」
ミタカはそう言うと、手に持っていた空のペットボトルを3つ落とした。
これは、なんだ。幾多にはその意味がくみ取れなかった。
「私の黒い水は、元々人よりも多い水分量で身体に排出しているんだな。だけど、それもあまり多くない。だから、こうして水分を補充して必要以上を使うことができる。まず、それが前提だな」
タブチは「なるほど」というと何かに気づいたようだった。
「逆に言えば、十分な水分があれば今まで以上に暴れられる。そう、例えばこのタンクくらいあれば」
そうしてミタカが指をさしていたのは後ろにある貯水タンクだ。何個か銃痕が残っているものの。吹き出す水の量を見ればまだまだかなりの量が残っているようだ。
「私が言いたいのは、暴れていいか首輪のリードを持っているあるじさま。ってとこだな」
ミタカは薄い三日月みたいな笑みを幾多に向けた。その顔はどこか疲れていて、それをひた隠すような笑みだった。
幾多は媒介者の危険性と一抹の不安をぬぐい切れないが、タブチとリデルという仲間の顔を見るとその悩みも馬鹿らしいと思えた。
「お前も強情なのか律儀なのか。苦しいなら、さっさと終わらせちまえ」
「了承した。あるじさま」
ミタカはそう思わせぶりに笑いなおすと、遠慮なく貯水タンクの元へ旅立った。
「吸い込めエンブリオ」
黒い水が、ミタカの細腕を伝って銃痕の穴を通り、水を吸い上げる。その様はハリガネムシが幼虫の中身をかき混ぜてゼリーに変えてしまうように気色の悪い光景で、終いには穴もないのに黒い出血が所々から噴き出した。
「さあ、侵して浸して包み込んでやる」
ミタカは身体の数倍もの黒い水を纏ったまま、羽衣のようにそれを振り回しながら遮蔽物を超えて幾多らと敵のコミューンとの間に舞い降りた。
当然、今度はミタカに向けて銃撃が開始された。
「壁」
ミタカは片腕を差し出すと、纏っていた黒い水の体積が前へ前へと移動した。
風船のように膨れた黒い水は銃弾を喰らうと、喉元まで飲み込み。ミタカに触れることなく水の中でゆらりと銃弾を浮かばせた。
おたまじゃくしの卵のように黒い水に漂う銃弾を、ミタカはうっとりと眺めた。
「でも、いらないな」
ミタカがそう言うと、今度は黒い水からぼとぼとと銃弾が排出される。
次に、ミタカは両手を掲げると何本かの黒い水でできた触手の鞭を猫鞭のように揺らして出現させた。
「隠れても、無駄!」
ミタカはプレハブ越し、コンテナの後ろ、遮蔽物の影どれも関係なく。鞭をふるう。すると、それらすべてに触手は飲み込まれ、たちまち黒い結晶の石膏像を何体も製造する。
どの石膏像も苦悶の表情のまま、あるいは自分が固められていると自覚しながら、皮膚を内臓を肉を骨を別の固い物質に変えられるのを見ているしかなかった。
全身に黒い結晶が広がる奇病に、流石の武装したコミューン達も慄き、戦意をなくして撤退し始めていた。
それは、圧倒的だった。
蜘蛛の子散らして逃げ出したコミューンに、ミタカは最後の締めとでも言わんばかりに両腕を上げた。
「おい、馬鹿。逃げる奴に攻撃するな、止まれミタカ」
幾多が遮蔽物を乗り越えて、制止するために駆け寄るが、もう遅い。
ミタカは残忍にその両腕を振り下ろす。
「波」
ミタカを覆っていた黒い水が彼女の身体から離れ、それは漆黒の濁流となり、逃げるコミューンの背中に取り付いた。
汚泥のような津波が一瞬でテニスコート3つ分くらいに広がり、波はすぐに引いた。
しかし、その被害はすさまじいものだった。
逃げるコミューンの黒い銅像が遠めからでも約20、どれも驚きの顔で全身が壊死していた。
虐殺だ。幾多はそう胸中で叫んだ。
ミタカはそんな幾多の心の中を見透かしているかのように言葉を口ずさんだ。
「これが私の仕事、私の役目。汚染地区にごみを捨てるように、殺戮は媒介者に放り投げておけばいい。私も、これ、好きだしな」
ミタカは恍惚に笑い、ステップを踏み、踊った。
そこには幾多ら3人と逃げ出した者以外、抵抗するもの、仕返しをするもの、何者かも存在はしていなかった。
あの弐部という男も巻き込まれたのだろうか。あのやり手のことを考えると、そうは思えない。
「さあ、帰ろう。幾多」
ミタカは、呆然とする幾多の隙をついてその肩を叩いた。
叩かれた幾多の方はびくりと動揺したものの、肩に黒い水の跡は一滴たりともなく。幾多は胸をなでおろした。
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