第9話

 スキンヘッドの男の号令により周囲は色めきだった。


 睡魔と怠惰にまみれていた哨戒部隊も驚きにより規律を戻し、寝静まっていたプレハブの内部も騒がしくなってきた。


 それぞれが自分の武器の状況を確認し、周回地点の安全を確認し、声を掛け合い侵入者を探し始めていた。


 幾多もその騒然とした空気を察し、来た道をゆっくりと引き返そうとした。


「どこに行く気だ。盗賊」


 声をかけられた瞬間、銃声と幾多の肩と腹部にバットで殴られたかのような鈍い衝撃が広がった。


 どうやらスキンヘッドの男に発見されたらしい。何発か外れたものの、不明瞭な動きをしている空間にまだ発砲を続けている。


『被害軽度、防弾繊維により貫通なし、モザイク消失します』


 幾多は痛みに転げる中、アイオスは淡々と被害報告をしてヘッドディスプレイには詳細なデータが表示される。


 だが、当然そんなことを確認している暇はない。


 幾多は駐車されたピックアップトラックの裏に倒れこむようにしてうずくまり歯を食いしばって必死に痛みを堪えようとした。・


 その耳に今度は重い駆動音、高鳴る心臓のようなエンジンのうなりが聞こえた。目に見えないものの分かる。エクゾスレイヴが動き出したのだ。


 もう潜入どころではない。幾多は頼みの綱に縋りつくようにタブチらにつながるネストへと切り替えた。


「こちら幾多、発見された。至急対応策を頼む」


『こちらタブチ、こっちもリデルと共に発見されて応戦中! ああ、クソッ』


 ネストを通してスピーカーからは激しい銃撃の応酬とたまにショットガンらしき大きな金槌で鉄をぶっ叩くような破裂音が聞こえる。


 タブチらは比較的ビルに近い場所を担当していたはずなのに、既に発見されたとなるならば幾多の後方は敵が待ち構えているということになる。


 これは由々しき事態だ。


「こちら、幾多。至急爆薬の発破を提案する。こちらは囲まれてるんだ。爆発に乗じて逃げるしか手はねえぞ」


 鉛玉と火薬の爆ぜる音に負けぬよう。自分の名前を先頭に助けを求め、幾多は声を荒げる。


『こちら、タブチ。それしかないようだ。いつでも爆破に備えられるように仕掛けた場所から距離をとれ。ミタカも分かってるな』


『… …ミタカ、了解』


 スマートフォンを使い慣れないのか。もしくはヘッドフォンを着けるのを忘れていたか。ミタカはやや遅れて返事をした。


 さて、幾多の方は爆薬をセットした場所に近い。すぐ移動をしなければならない。


『カウント開始。5秒前』


 いきなりのカウントダウン。しかし今は事態が切迫しているので贅沢も言っていられない。


 すぐさま幾多はピックアップトラックの遮蔽を飛び出し、スキンヘッドの男の射線に入らぬようプレハブを盾に駆け出した。


『4…3…2』


 プレハブ近くは幾多ではない誰かが爆薬をセットしている可能性もある。幾多はそれを考慮に入れ、取り留めのない資材が置かれている場所の近くで身を伏せた。


『1…発破』


 その途端、しかして爆破は、起こらなかった。


 幾多は伏せた状況のまま周囲を確認する。爆破はここだけではなく、貯水タンクやところどころのプレハブ、各所武器の配置場所や正面の壁、どこにも破壊的状況があった様子はなく。煙もない澄んだ様子だった。


『ダメだ。点火装置が作動しない。撤退だ。すぐに撤退しろ』


 その撤退のための爆破じゃないのか。と幾多は心の中でどうにもならない悪態をつき、仕方なく次の行動を起こそうと立ち上がった。


 その耳に、アスファルトを削り下ろすような異音が入ってきたのはその時だった。


 音の正体はすぐさま判明した。タイプMエクゾスレイヴだ。


 人を思わす二足歩行、一対の腕にはチェーンガンが1つずつセットされ。機体は金属質の光沢を宿す黒で、その肩に刻印されているのは機体名のBT-9と個体識別番号の羅列だ。


 動きはひどく鈍重で、小回りも効かず、今まさにBT-9の左脚部がプレハブに引っかかって耳障りな音を響かせていた。


 BT-9はまだこちらを視認していないようでその動きは緩慢、索敵をしているかのように狭いのぞき窓から周囲を伺うのが見てとれた。


『対エクゾスレイヴ兵器なし。撤退を推奨します。撤退を推奨します』


 アイオスはブザーのような警告音と共に、現状を照らした案内を繰り返した。


 だが、幾多は経験上そうは思わなかった。


「馬鹿言え、今がチャンスに決まっているだろ」


 幾多の核心にはエクゾスレイヴの三位一体の法則があった。


 エクゾスレイヴの三位一体とは、戦車に随伴歩兵がいなければ対戦車兵の奇襲を防げないという戦術と同じく、エクゾスレイヴに多い死角をいかに消すかというドクトリンをもとにしていた。


 基本的にBT-9のような旧型は視野が120度しかない場合がほとんどで、その残り240度の左右をカバーするのに最低でも2人の歩兵が附くのが適切であるという意味だ。


 つまり、BT-9単体では視野が狭く。幾らチェーンガンを備えていても見えないなら運が悪くない限り弾丸は当たりようがないのだ。


 幾多はこのことをかつてタブチと共にブローカー部隊と戦った際に身に染みてこれを知っていた。状況はその時とほとんど同じだ。


 幾多は命の危機とジャイアントキリングのチャンスに興奮し、身体中に脳内麻薬が分泌されて肉と精神が高揚していくのを感じた。


「エクゾスレイヴはここで叩く」



 幾多は少しでもBT-9の射撃を逸らすためにモザイクを発動させつつ、最短距離でBT-9の右側から回り込もうと走り出した。


 右側から近づくにはBT-9の視界に入るため危険だったが、左側からではプレハブにつぶされる危険性があるためやむ得ない行動だった。


 そしてBT-9も幾多のモザイクを見つけたのか、チェーンガンが準備回転を始めた。


「当てられるなら、当ててみやがれ」


 チェーンガンの7.62mmが幾多の後を追うように大雑把に薙ぎ払われる。後ろではアスファルトが砕け黒い破片と白い土煙が混じり合って爆ぜた。


 幾多はそのまま走り、ちょうどよくあった塹壕の中に身体を滑り込ませた。


 そのうえで、チェーンガンの草刈り機のようなうねりと砂場の盛り土程度の土嚢が紙のように食い破られた。


 そしてしばらくして、土煙で目の前を眩まされたのか。チェーンガンの駆動音が止まった。


 近づく絶好の機会だ。


 もうBT-9とは目の鼻の先だ。幾多は躊躇することなく土嚢から身をさらし、無謀にも近いタックルをかました。


 狙い通り、武装の死角に入り込んだ幾多は二度と離れないとばかりにBT-9の腰にしがみついた。


『次はいかがしますか。武装はナイフ、アックス、拳銃、スマートグレネードだけですよ』


「いや、まずはこの装甲を外す!」


 幾多はBT-9が嫌がり上半身を旋回して暴れまわるのも構わず、背中部分に取り付いた。


「エンジン部分は、ここか」


 幾多は右腕を掲げる。その前腕からは外側に割れるように収納されていた副腕が飛び出す。


 そこには山城が言ったとおりに、切断、溶接、中和剤散布と多目的に動く便利なツールが仕舞われていた。


 もちろんここで使うのは切断、溶断だ。


 幾多はエンジンカバーにアーク切断用の棒ををあてがうと、不安定な足場でもあるにも拘らず、作業を開始した。


 アーク切断に伴う2400度の目もくらむ白い光にさらされながら、幾多は丁寧に拳大の穴を見事に描き切り、カバーの一部が遠心力でどこかに飛んで行った。


「あの時のおんぼろをドライバーでこじ開けた時よりは楽なもんだ」


 幾多は腰の収納ボックスから6つしかない小さな手りゅう弾、手の平に収まるほどの大きさのスマートグレネードを握ると、躊躇わず新しくできた穴の中に放り込んだ。


「爆発力は任すぞ、アイオス」


『OK、ボス』


 スマートグレネードは小ささにもかかわらず爆発力を通信によって調整するだけではなく、閃光弾、スモークグレネードに代わることのできる、頭のいい=スマートな手りゅう弾だ。


 これならエンジンだけを破壊することも可能だ。


 幾多はしがみついていた手と足を放し、そのまま遠心力に任せて放り投げられた。


 当然、BT-9は回転を止めて幾多の方へ向き直り、チェーンガンの銃口を向けた。


 チェーンガンが空回転を始めた時、幾多は大声を叫んだ。


「ファックされな! ブリキ野郎!!」


 幾多が中指を立てるとともに、小規模の爆発がBT-9をのけ反らせる。


 逆九の字に折れ曲がった機体は、そのまま起動を停止したように活発なエンジン音を止めて前のめりに倒れた。


 操縦席にいるらしき人物はまだ生きているらしく、何が起きたのか分からず、何やらわめいている声だけが聞こえた。


「そこまでだ」


 だが幾多が立ち上がり、体勢を直した間に後ろを取られていた。


 横目に後ろを向くと、スキンヘッドの男が延髄部分に向けて銃口を向けているのがわかった。


『首には十分な防弾性能なし。拳銃、至近距離からの弾丸は防げません』


 アイオスもその危険性を促すかのように、有り難くない忠告をしてくれていた。


 仕方なしに、幾多はゆっくりと両手を上げて抵抗しない意思を示した。


 そうするとスキンヘッドの男は話し始めた。


「所属、名前を明らかにしろ」


 幾多はここで悩んだ。名前を明かすことは構わないが、所属、つまりE.Aカンパニーの名前を出すことでどのようなデメリットがあるか分からないからだ。


 もし、ナンセンの名前を出した場合ではもしかすると捕虜にされるだけかもしれない。


 そう画策している間に、幾多の周りには他の哨戒部隊の人間も集まり始めていた。


 そのうち、ひとりが報告を始めていた。


「弐部隊長、襲撃してきたのは他2名と媒介者1体で現在交戦中であります。いかがしましょう」


「牽制攻撃を維持しろ。そのうち奴らも撤退する。仕掛けられた爆薬もすぐに回収させろ。どうせ奴らにはもういらん」


 弐部、と呼ばれたスキンヘッドの男は的確に指示を飛ばし、銃を幾多に向ける役を別の人間と変わり。幾多を無視してスタスタと破壊されたBT-9の元に近づいた。


 その顔つきは慰労といった風ではない。


「何か弁明はあるか」


 弐部はBT-9からの脱出に手を貸している人員を遮って、そう冷たく言い放つ。


 操縦していた男は操縦席から助けられたものの、弐部の並々ならない殺気を感じて言葉にならない懇願をして膝をついた。


 けれども、弐部はそんな哀願に耳など向けない。


「なら死ね」


 弐部は操縦していた男の額に拳銃の銃口を合わすと立て続けに3回銃声を響かせ、額、胸を撃ち抜いた。


 それを見ていた幾多は憤りを感じた。


「なんで、なんで仲間をそうあっさりと殺せる」


 弐部は死体など気にせず、幾多に向き直った。


「任務に失敗しただけならまだしも。負けるべくして負ける戦い方を独断で行った。その罪は貴重な戦力を失ったばかりか利敵行為だ。部下の裁決を早く、そして率直に行う必要がある」


 弐部の厳しく理不尽な言葉に意見する部下は誰もいなかった。ここは弐部の恐怖と冷徹なカリスマが渦巻いており、異常を異常だと指摘できない空気を作り出しているかのようだった。


 幾多はその不合理に怒りを覚えた。


「俺は凩幾多、E.Aカンパニー所属の特別先行作業員だ。俺はお前のやり方を許せねえ。人が人の命をそんな簡単に奪って言い通りなんて糞くらえだ」


「そうか。例えそれが事実だとしてもお前は処刑されるのを黙ってみていたわけだ。自分の命欲しさに口を閉ざしていた割に大きな口を叩くものだな」


「なら今からでもその言葉覆してやろうか」


 そんな挑発的な言葉に、幾多に銃を向けていた男は引き金を引くかどうかの構えをとった。


 しかし、その構えは別の銃声によって遮られた。


「―――敵襲!」


 誰かがそう叫び、幾多に銃口を向けた男は凶弾を受けて横向きに倒れた。


 その隙を、幾多は見逃すわけもない。


 幾多、そして弐部はほぼ同時に拳銃を互いの敵に向け、引き金を引く指にためらいなく力を込めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る