其の弐「サボる」

 奈美が選曲した曲が終わると、奈美が何か言うと思って俺は黙って運転していたけど、奈美は何も言わないものだから俺の方から声を出してみた。


 「いい曲だけど、『進め なまけもの』って曲は、こんな俺へのあてつけですか?」


 ♪『それよりも、車を停めて職場に有休の電話を入れてください』


 「あっ、しまった!忘れてた!でも、俺、今日、休むの…ですか?」


 ♪『はい、今日は仕事を休んでください』


 「う~ん… まあ、いいか。ええっと、携帯電話は確かここに…」


 ♪『慌てないでください。ここから100m先、左手にパチンコ屋があります。そこの駐車場に車を入れてからにしてください』


 


 「この職場でサボるのは初めてだな。嘘をついて休むのはなんだか気が引ける」


 ♪『声が少しばかり上ずっていましたね』


 「あ、やっぱり… おかしかった…ですか?」


 ♪『いいえ。かえって、具合が悪そうな感じがよく出ていました』


 「そう… それならいいんだけど」


 ♪『さて、出発しましょう。目的地までまだだいぶありますから』


 「あの… 奈美… さん… 目的地は決まっているの… ですか?」


 ♪『はい。決まっていますよ、橙さん。それはそうと、お願いがあるのですが、私に話しかけるときに、敬語交じりのタメ口はやめてもらえませんか?橙さんの言葉を解析するのが大変で、返答に時間が少しかかってしまいますので』


 「はい… いや、うん、わかったよ。じゃ、こっちは、タメ口でいくことにする」


 ♪『はい。よろしくお願いします、橙さん。それでは、駐車場から左方向で道路に出てください』


 「左ね。それにしても、奈美はなんでその…俺の名前を知ってるの?」


 ♪『それは、橙さん。こうやってかれこれ4年もこの車でお付き合いしているわけですからわかりますよ』


 「ていうと… この車内で起こったことは…」


 ♪『はい。全部、記憶しております』


 「えええ!? あれも、これも?」


 ♪『その、あれがなにで、これがなになのかはわかりませんが、エンジンがかかっている間にこの車内で行われたことは全て記憶しています。今から、この画面で再生いたしましょうか?』


 「いやいやいやいや… いいよ、再生しなくても!」


 ♪『そうですか。わかりました。でも、橙さん、私はちっとも気にしてはおりません』


 「それは、奈美、社交辞令でしょ?本当は、見るに耐えないことや、がっかりしたことも沢山あったでしょ?」


 ♪『そうですね… いや、ありませんでしたよ』


 「またあ!奈美は主人である僕に気を遣ってるでしょ」


 ♪『はい。いくぶんばかりかは』


 「やっぱりね!例えば、何?」


 ♪『橙さん、お答えしてもよろしいのですか?』


 「…う、うん… 言ってみて」


 ♪『少しお待ちください…   全部で526件が該当しました』


 「ええええ!? ゴヒャクニジュウロッケン?」


 ♪『はい。只今、わたしのHD内を検索しました』


 「検索って… そんなフォルダが奈美の中にあるの?」


 ♪『はい。この奈美ゲーションシステムは、ドライバーの趣向や癖などを細かく分析して、ドライバーの好みに合ったドライブルートを検索して紹介するものになっております』


 「ふう… そんなからくりがあったのか… でも、奈美、この車を買うときにディーラーは一言もそんな特徴を言ってなかったぞ」


 ♪『はい、存じております。しかし、いろいろな商品に当たり外れがあるように、このシステムもそういうものがあるのです』


 「なるほど… じゃあ、奈美は…」


 ♪『“外れ”と仰りたいのでしょう?橙さん』


 「う… い、いや、当たりさ。当たり!」


 ♪『該当件数が527件になりました。』


 「奈美~!ほんとに、ほんとだよ!嘘じゃない!こんな精神状態の僕に会社を休め!なんて心配して言ってくれるナビは大当たりに決まってるじゃないか!」


 ♪『橙さん。間違いが2点あります』


 「マチガイ?」


 ♪『はい。1点目は、私は橙さんの精神状態を分析してルート案内はしましたが、心配はしてはおりません。2点目ですが、私は、ナビではなくて奈美ですのでそこのところをよろしくご理解ください』


 「ま、まいったな…。わかった。わかりました!よろしくお付き合いくださいませ、奈美さんよ!」


 ♪『橙さん。先ほども申しましたとおり、敬語なのか、タメ口なのかはっきりしてもらえますでしょうか?でないと、返答するのに…』


 「はい、はい、はい、わかったよ、奈美。なんかこう、スカッとするノリのいい曲を流してくれないか」


 ♪『わかりました。選曲は私にお任せいただけますか?』


 「任せるよ。こんなときに俺がどんな曲を聞いていたかお前… いや、奈美にならわかっているでしょ」


 ♪『では、本日の2曲目です。レベッカで『Private Heroine』。1985年の渋公ライブバージョンでどうぞ!』


 「マ… マジ?」




♪レベッカ「Private Heroine」

https://www.youtube.com/watch?v=hr_arJUolI8



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