HAPPY EVER AFTER

「退屈で干からびそうだ」

 マルドゥックシティ――ミッドタウンサウス/洒落た夜景/高層ビルの群れ。

 その一角/ハザウェイのアパート――ジョーイ・クラムのぼんやりとした呟き。

「最近ぱっとしない仕事ばっかりだ。よくわかんねえけど、これもネイルズの奴らをとっつかまえたからなのか?」

 ジョーイ=ダイニングの椅子の背もたれ越しに。食後のデザートを平らげたあとも満足できない様子でスプーンを行儀悪くくわえている。

「まあ、俺がカタツムリスネイルズ野郎を豚箱に叩き込んでやったからな」

 得意満面のハザウェイ・レコード――リビングのソファにどっかり腰かけながら。

「ボイルドの旦那が言うには、今まで変態フリークスどもに金を払ってたのはあいつなんだろ? 次の奴が見つかるまではしばらくおとなしくしてるんじゃねえか?」

「ちぇ、つまんねえの。もっとぶっ飛ばし甲斐のあるやつがいないと張り合いがねえや」

 悪趣味なまでに好戦的な言葉――だが09オー・ナイン全員が心の底では同じ気持ちでいた。

 倉庫街での邂逅以来、海に逃げたはずのカトル・カールの足取りは未だ追えず――都市の外に出たとは考えにくい/次なる動きを目しての不気味な潜行。

 非凡な能力を持った彼らにとってはあまりにも得難い好敵手。みな自らの力を存分に奮える機会を求めていた――自分のすべてをぶつけられる相手を。

 ハザウェイが肩をすくめてみせる。

「ここに着いたばかりの時を思い出すぜ。突撃ファックする相手がいないんじゃどうしようもねえ」

 退屈そうな欠伸――ふと何かを期待する視線を向けられた。

「ところで……楽しいことなら他にもあるよな」意味深な上目遣い。「そうだろ? ジョーイ」

 同時に黙り込む悪童二人――何かとっておきの悪ふざけを思いついたというように。

 久々のオフ。夜を楽しむ時間はたっぷりあった――だがバーでひっかける一杯はなし/ガソリン代をかけてのダーツもなし/連敗が続くナンパのリベンジもなし=わき目もふらず家へ。

 おもむろにソファーへ歩み寄るジョーイ――迎えるように立ち上がるハザウェイ=対峙。

「楽しいことって、例えばどんなだ?」

 顔を窺う/様子見のジャブ/距離を詰める。

「新しいベッドの寝心地を試すってのはどうだ? 今度のはお前が乗っても壊れないか見てみようぜ」

 素知らぬ顔でかわすハザウェイ/こちらの隙を誘うように一歩近づく。

「その楽しいことっていうのは、もしかして服を着ないでできたりするか?」

 さらに一歩近づいた――恐れを知らない踏み込みステップ・イン――決定的な一線を踏み越える。

 見つめ合った――たまらず吹き出した/勢いよく抱きついて頬に盛大なキスをお見舞いした。

「ああくそ面倒くさいことはなしだ! 今すぐいちゃいちゃしようぜハザウェイ!」

「ハッハ、そうこなくっちゃ! 待ってろ五分で済ませてくる!」

 ハザウェイ=歓声/口笛/お返しのキスを食らわせそのままバスルームへ/響き始める水音。

 カトル・カールとの初遭遇からしばらく。

 ケイト・ホロウとの交流/ニコラス・ネイルズの逮捕/その裁判のためのレクチャー――めまぐるしい変転の日々。

 ハザウェイはテーマパークへの外出以来、ますます〝ケイティー〟に夢中になっていた。

 危惧するクリストファーの指令=「しかるべき相手をハザウェイに見つけさせたまえ」

 その実行=夜毎ふたりで街へ繰り出す/マティーニを奢る/呑む・呑む・呑む。

 ニコラスの裁判まで一週間を切ったある日――連敗続きのナンパにも疲れ、ハザウェイのアパートで男二人吞んだくれる。

 いったい俺たちの何が悪いんだと喚きながら次々ボトルを空に――したたか酩酊する。

 変転。

 のちのジョーイの証言。「気づいたら、ハザウェイが裸で俺の胸の刺青にキスしてた」

 ジョーイの証言。「どうしてああなったのか全然覚えてない。死ぬほど酔ってたんだ」

 その翌朝――ボイルド&ウフコックが裁判の模擬訓練に姿を見せないハザウェイを迎えにアパートへ。

 酒臭い部屋――飲み散らかしたボトル/脱ぎ散らかした服――ベッドルームで絡み合ったまま仲良くいびきをかく二人を発見。

 目を覚ましたハザウェイは隣で欠伸をするジョーイに熱烈なキスをして叫んだ。「ちくしょう、何てこった。はっは! これまでの人生が吹っ飛ぶくらい最高の夜だったぜ! はっは!」

 まさしく空から爆弾が降るにも等しい変転――人生のコペルニクス的転回。

 二日酔いで吐瀉物まみれになりながら尚も薔薇色の雰囲気を発散する野郎ども――その日のうちにメンバー全員から冷やかしと祝福の言葉を頂戴する羽目に。

 ガールフレンドを探せと命じていたクリストファーは「なるほど、それは盲点だった」と腹を抱えて笑ったのち、かつてないほど真剣な顔で言った。

「知っての通り、相手のために自分を投げ出すことがパートナーシップの基本指針だ。その点において君たちは実に申し分ないと言える――身をもって実証したように。生きて幸せになることこそが『なぜ生き残ったのか』という絶望への究極の答えだ。運命の犠牲者としてではない、君たち自身の人生を生きたまえ。幸福になれ――そして幸福にしろ」

 歩兵時代から続く長い付き合い――極めつけの悪運によって結びつけられた二人。

 パートナー/友人/兄弟/命の恩人としての関係――新たに付け加えられた一項目。

「なんだ、まだ服なんか着てんのか? 俺一人脱がしといてそりゃないぜ」

 全裸のハザウェイが濡れた髪を拭きながら帰還。そのまま流れるようにシャツを脱がされる/ベルトをがちゃがちゃやる/外気に晒される感覚――あっという間に身ぐるみはがされる。

 お互い下半身丸出しの間抜けな姿にくすくす笑い/足取りも軽くベッドルームへ。

「掘られるくらいなら山羊とファックした方がマシなんじゃなかったっけ?」

 肘でつついて揶揄するジョーイ/うるさそうに払いのけて渋面を浮かべるハザウェイ。

「まあ……俺が女役ってのは気に入らねえが……」

 不服極まりない唸り声――「まだ諦めてません」と言いたげ。

 好奇心旺盛な悪童二人は、この新しく見つけた〝お楽しみ〟にすぐに夢中になった。

 気心知れた仲/かえって女の子と遊ぶより手軽で気楽――だが大いなる問題が発生。

 クリストファーの金言=〝上下関係を巡るトラブルはパートナーシップにつきものだ〟

 ジョーイ&ハザウェイのセルも例外ではなかった――曰く〝男の沽券に関わる〟/〝そんなカマ野郎みたいな真似は死んでもごめんだ〟/〝ケツなんかで気持ち良くなれるわけがない〟――人権団体が聞いたら憤激必至の暴言のオンパレード。

 不毛な戦いはジョーイが突っ込まれた指をうっかり尻で捻じ切るまで続いた。

 以来ハザウェイが逃げ回ること約一週間――リベンジマッチにして実質上の〝初回戦〟。

 双方男とは初めて――知識も経験もまるでなし。

 何もかもが手探り――とりあえずベッドに座らせ、その隣に腰を下ろした。

 ハンサムな横顔――パートナーの見慣れた顔/普段とは雰囲気が違って見える/きっと髪をセットしていないせい――なんとなく直視するのが躊躇われたジョーイは目線を落とし、股間にぶらさがっているものをしげしげと眺める。

「なんか、本当に男なんだな。変な感じだ。それもよりによってお前となんて」

「お前がしこたま酔ってキスしてこなきゃ、俺だって今頃は可愛いブロンドの女の子といちゃついてたはずだったのによ。こんなごつい男じゃなくて」

 ジョーイの短い金髪を指でつまみ、わざとらしくため息をついてみせるハザウェイ。

「何がブロンド美女だよ、俺がなんもしなくたって女ひっかけられた事なんかなかっただろ。それにお前が先にファックしようとしてきたんだぜ! 俺はそこまでする気なかったのに」

くたばっちまえサック・マイ・ディック! 当たり前みたいな顔して俺に突っ込もうとしやがっただろ! てっきり俺が上だと……お前が飲みすぎて勃たねえとかぬかさなきゃあのまま犯られてたぜ!」

しゃぶってくれサック・マイ・ディック? おいおい、今そんなこと言われたら本気にしちまうじゃんか」

 悪戯っぽく笑い、ジョーイがベッドを降りて膝をつく/見上げる=視線で許可を求める。

 苦笑して長い脚を開くハザウェイから「やれるもんならやってみろ」のサインを受け取り、目の前のプライベートな部分におそるおそる手を触れてみる。

「俺と同じのがついてる」神妙な顔をするジョーイ=大いに真剣。

 まだ縮こまってはいるがそれなりに立派なのが窺える造形――抵抗されないのをいいことにまじまじと観察/長い付き合いだがさすがにペニスの見せ合いまではしたことがない――興味津々。髪と同じ赤色の繊毛。やや生白く細長い形状。顔が良い奴ってのはの出来まで良いもんなのか?=ジョーイの所感――少なくとも嫌悪を催す感じではない。

 万が一にも潰さないよう気を付けてやんわり握ってみる。生々しい手触り――自分で言い出したこととはいえ、排泄器官、まして同性のを口に入れることに躊躇いが生じる。

 念のため鼻先を近づけてすんすん嗅いでみる――危険なしオール・クリア

 一瞬考え込む――まあ風呂には入ってたし/やられてばかりじゃ癪だし/ジョーイは一流の思い切りの良さで即断すると、大きく口を開け、ホットドックよろしく頬張った。

 拍子に歯でも引っかかったのか悲鳴が上がった。

「痛えだろ! お前も男ならちょっとは気を遣えよ!」ハザウェイが涙目で怒鳴る。

「うるせえな、野郎とファックするのに慣れててたまるか!」吐き出して負けずに怒鳴り返す。

「何度目だと思ってんだこのくそったれの能無し野郎! これなら一人でマスかいてる方がまだマシだぜ!」

「ふーん、大事なもん握らせてんのにそんな態度でいいのかよ?」

 小生意気な笑顔/ガチンと顎を鳴らす――ギロチンめいた響きに飛び上がるハザウェイ。

「てめえ冗談でもやめろ! 縮み上がっちまう!」

「そういやこれ、もげたらどうなるんだ? また生えてくんのか?」今初めて気づいたという顔のジョーイ――『非常ベルって押したらどうなるんだろう』という風に質問。

「オーケー、ジョーイ、俺が悪かった」〝再来者レブナント〟のホールドアップ。「是非続けてくれ」

「俺ばっかりずるいぜ、自分だって死ぬほど下手なくせにさ」ジョーイはぼやきながら歯が当たったと思しき箇所を撫でてやった。ささやかな謝意。

 再開――とはいえどうすればいいのか見当もつかない――今まで関係を持った女の子には当然こんなものついていなかった。

 ちょっと考えてから、今度は歯が当たらないよう気を付けて再び口腔へ迎え入れた。

 同じ男同士――ならば自分がされて気持ちいい事をしてやろうという無意識の発想。

 舌先で輪郭をなぞる――口内でぴくりと跳ねるのがわかる。反応している証。そのままぎこちなく舐め回し、口全体で感触を確かめていく。

 ぴちゃぴちゃと響く水音。ハザウェイが吐息を漏らす――掌が下りてきて、愛撫するように髪をかき乱された。

「ん……そうだ、やればできるじゃねえか」

 欲望の滲む甘い声――こちらまでそそられる。

 今まで自分がされた時のことを記憶から引っぱり出す――どこをどう触られたら気持ち良いのか思い返し、口内のそれにイメージを重ね合わせる。

 一度口から取り出し、記憶の中の動きをなぞるように裏をべろりと舐め上げてみる――途端に低い呻き声。

 どうやら正解だったらしい――たまらない反応/もっと見たくなる/思いついた事全部を試してみたい気分――股座またぐらに犬みたいに鼻面突っ込んで、好奇心の赴くままあちこちつつき回してみる。

 いつしか硬く熱を帯びた芯――ハザウェイは無言/体内に渦巻く熱に耐えようと、ふいごのように深く鋭い呼吸を繰り返している。掌がむやみと髪をまさぐる。快楽を逃がすための無意識の反応。

 きつく顰めた眉――感じ入ると苦しげな表情をする癖/ぞくぞくするほど色っぽく感じる。萎えていたはずのペニスはすっかり立ち上がり、スリムな流線形の砲身に青白い血管を浮き上がらせている――濃紅色を帯びた先端から透明な粘液が糸を引いて垂れる。

「すげえ」はあっと熱い息を吐く――物欲しげな熱い視線。「なんか美味そう」

「くそっ、咥えたまま喋るんじゃねえ」唸るハザウェイ――精悍な顔に浮かんだ汗。

 惹き寄せられるように再度口を開き、アイスキャンディみたいに口いっぱいに頬張った。柔らかな粘膜で刺激してやるたびに漏れる官能的な呻き――知らず知らず夢中になる。

 やがて口内でひときわ大きくしゃくりあげるのを敏感に感じ取る――射出の前兆。

 限界を察して顔を離そうとしたその刹那、行かないでとでも言いたげな切ない喘ぎとともに両脚がするりと首に回される/引き締まった腿が頭部をがっしり抱え込んでホールド。

 元ランナーのしなやかで強靭な脚――思い切り首を決められ身動きが取れなくなる。

 痙攣/縋るように髪をぐっと握りこまれる/鋭い呻き――つま先がびくんと宙を掻いた。

 おっと、くそ、マジかよこいつ――内心で悲鳴を上げるジョーイ/避けるも退くも不可/ああもうやっちまえ――即応=内腿に顔をうずめたまま口で受けた。

 こくこくと喉を鳴らす――飲み下す――飲み干す。

 水面から顔を上げるように大きく息をついた――口元をぬぐいながら参った顔。

「げえ、最悪だ、ひどいもん飲んじまった。勘弁してくれよ」言いながら舌を突き出してしかめっつら。「すげえ変な味するな、これ。口の中がねちゃねちゃする」

「黙ってろよ」そのまま後ろに倒れ込んだハザウェイが荒い息の間から言葉を吐いた。

 快楽の余韻を示すように、胸から引き締まった腹にかけてが大きく上下している。無造作に投げ出された手足――どこにも無駄や贅肉のないすらりとした肢体。だが華奢という印象はまったく受けない――元軍人の第一級の健康美。汗で張り付いた髪をかき上げる姿がむかつくほど男らしい。あんなに食ってるくせに全然太らないんだなと感心しながら、ジョーイはその横に寝転ぶ。

「ハザウェイ、俺もさわって」甘えるように頬を寄せ、腿に興奮した下肢を擦りつける。

「今ので勃っちまったのか? しょうがねえ野郎だな」

 柔らかな溜息とともに、胸に置かれた掌が腹をたどり、すべるように下へ――昂ぶりに指を絡めてゆるゆるとしごかれる。

 張り詰めた欲望に出口を与えられた安堵に息を漏らし、身を委ねた。

 欲を吐き出したばかりの体はしっとりと熱い――その熱をもっと感じようと、腕を回して引き寄せる。

 男同士で抱き合うと、平たい胸から脚の先までぴったりとくっつくのだということも、ふたりで体を重ねて初めて知った。薄い皮膚越しに体内で息づく肉と骨がそのまま感じ取れる――まるで内臓を晒しているような気分。

 穏やかな呼吸音。自分と反対側で心臓が脈を刻むのが感じられた。慈しむように掌で刺激されるたび、下半身から疼きに似た快感が伝わってきて力が抜ける。急所を掴まれているというのにたまらなく安心した。

 濡れたかすかな摩擦音/指で先端の敏感な部分をくすぐられ、我ながら情けないくらい腰が跳ねる。ハザウェイの小さな笑い声。

「間抜けな面してるな。溜まってたのか?」

 からかうように髪をくしゃくしゃにされる/気まずくなってもぞもぞするジョーイ。

「お前が相手してくれないからだろ」

「そりゃそうか。どうする? また口で抜いてやろうか?」

 労わりに満ちた目――ちょっと心惹かれるが、このままでいたいという気持ちが勝る。

「それはいいや。もっとくっついてもいい?」

「ん、いいぜ、好きにしな」

 苦笑しながら頭を抱き寄せられ、子供を寝かしつけるみたいにぽんぽん叩いてくれる。

 心地よいぬくもり。心まで穏やかに満たされていくのを感じた――それと引き換えに胸の奥深くから浮かび上がる疑問。

 未だにはっきり思い出せない事の顛末――なんだってあの時キスなんかする気になったのか、自分でもさっぱりわからなかった。

 いくら酔ってたって好きでもない奴にそんなことするはずないのに――それとも俺はこいつに惚れてるのか? よくわからない――ジョーイの自問自答。今更自分の感情を確かめるにはあまりにも長いこと近くにいすぎた。

 互いの関係に付け加えられた一項目――未だに何と名付ければ良いのかわからないまま。

 眠気にも似た快さ/うまく思考がまとまらない――ぼんやりとその顔を見つめる。

 視線に気づき、ハンサムな顔がにやりと笑みを浮かべる。

「わかるぜ、俺があんまり格好良いから見惚れてるんだろ」

 澄ました顔でぬかすハザウェイ――その顔面に容赦のない右ストレート。

「これ以上ふざけたこと言いやがったらぶん殴るからな」

 唸るジョーイ――耳まで真っ赤になっている。

「もう殴ってるだろ! なんて野郎だ! その頭蓋骨の中に詰まってるのは筋肉か?」

「うるせえな、お前の血が足りてない脳味噌よりマシだよ!」

 飛びついて黙らせようとするジョーイ/枕を武器に応戦するハザウェイ。

 げらげら笑い/「この野郎」/どったんばったん/「待てよ、目を狙うのは卑怯だぞ!」

 ようやくの思いでとっ捕まえてベッドに引き倒し、得意満面で見下ろした。

「へへ、俺の勝ちだな」

 二人して全力疾走の後のように息を切らしながらくすくす笑い合う/幼子めいた親密さ。

 笑い声が薄れ、やがて沈黙が落ち、無言で見つめ合った。

 耐え難い緊張感――ハザウェイがわざとらしい咳払いをする。

「つまりその、なんだ……本当にやるんだよな?」

 ジョーイは答えない――返事の代わりに頬に触れた。ハザウェイがわずかに息を呑む。

 無言のうちに交わされる共通理解――これ以上はもう遊びでは済まされないという了解。

 ハザウェイが大きく息を吸う/吐く――自分に言い聞かせるように呟く。

「オーケー、俺の方は大丈夫だ。ちゃんと調べたとおりにしてあるぜ。待ってろ」

 ベッドサイドの抽斗からコンドームを探り出す/器用に口の端で開封し、下半身へ。

 薄いゴム越しに形の良い指が触れる――それだけで体温が上がるのが自分でもわかった。

「すげえ熱い」感嘆するようなハザウェイの呟き。「本当に俺で興奮してるんだな」

 何かを確かめるような真摯な手つき――そのままペニスにローションを垂らされ、掌でぐりぐりと塗り広げられる。

 ベッドに膝をつき、汗ばんだ大腿に手をかけた。今すぐ組み敷いてめちゃくちゃに愛し合いたくなる/暴力的なまでの衝動/飢え/それを抑えつけながら片脚をぐっと肩まで持ち上げ、大きく開いた脚の間に身を割り込ませる。

 ぐんと張り出した欲望の形を押し当てられ、ハザウェイが身を震わせる。見開いた目。

 囁くように名前を呼ばれた――その許可と哀願の響きを感じ取る。

 返事をする余裕はなかった。

 腰を抱え一息に押し入った。反射的に肉が収斂し異物を締め出そうとする――かけられた重みに骨が軋む――圧迫される内臓/肺から息が押し出され、ハザウェイが陸に上がった魚のように空気を求めてあえぐ。

 ジョーイは遠い昔釣った魚を捌いたときのことを思い出した。きらめく銀の鱗をした小さな魚。逃れようとのたうつものだから全力で抑えつけねばならなかった。粘膜をこそげるような強引な侵入/ハザウェイが体を仰け反らせてむせぶ。生命力そのもののように跳ねる。濡れた硬い鱗の感触。ジョーイは抵抗しようとたわむ筋肉を掌に感じながらナイフを突き立てて腹を開いていく。シーツを掴む指先。ひくつく喉。押し開く――熱くなめらかな臓腑が触れる。

 ざりりとした感触をさせて茂みが下腹にこすれた――到達。断末魔めいた痙攣。

 ハザウェイはすすり泣くような呼気を漏らしている。口が動き、声にならない声で悪態をつく。

 血の気が引いた頬――殺してしまったのかと不安になるような反応――と、溺れかけた者が息を吹き返すように胸が一、二度大きく上下した。

「腹ん中がくそ熱い」

 まだどこか焦点の合わない瞳/ぼんやりと腹をさする――そこに収まっているものを確かめるように。

「内臓がぐしゃぐしゃになった気分だ……撃たれるよりたちが悪いぜ、くそったれめ。お前じゃなきゃぶっ殺してる」

 いつも通りの減らず口――腕に細かな鳥肌が立っている。

 ジョーイは汗に濡れた赤毛を耳にかけてやり、「苦しいのか?」と訊く。

 ハザウェイはふと表情を緩め、腕を伸ばしてジョーイの手を取った。

「お前のせいで痛い目見るのは慣れてるよ。大したことじゃないピース・オブ・ケーキ

 ジョーイは握られた自分の手を見つめ、それからシーツの上に取り残されたハザウェイのもう片方の手に目をやった――シーツを強く握るあまり白くなった指先。

 その気になれば金属でさえ容易く捻じ切れる手――人間の手を握りつぶすことなど造作もなかった。そのまま力づくで組み敷くことも。ジョーイはそのどちらもすることなく、代わりに冷たい指先に額を押し当て、俯いた。祈るように。

「なあハザウェイ、覚えてるか」ジョーイは言った。「研究所送りになってすぐの時にさ。俺、いじくられたばかりで何を触っても壊しちまって。お前その時も俺の手握って同じこと言ったんだぜ。どうせ治るからって」

 ずっと秘めていた悪夢の告白――本人にすら語ったことのない胸の内。ハザウェイは身じろぎもせずに最後まで聞き届け、真剣な顔で言った。「さっぱり思い出せねえ」

「だろうな」

 思わず声を出して笑った。こうなることをずっと前から知っていたような気がした。

 相手にとってはその程度、本当に大したことではないのだという実感――あまりにも当然のような顔をして差し出されたものの数々。身を投げ出して助けに来てくれたことも、今こうして隣にいてくれることも全部全部――それにどれだけ救われたのか伝えたかった。差し出されたものの大きさが胸がつぶれそうなほど愛おしかった。

「いきなりなんだよ」ハザウェイが急に笑い出した相棒を薄気味悪そうに見る。

 身じろぎとかすかな呻き――最初よりも随分ましになった顔色。

 極めつけの悪運によって得たたった一人のパートナー――その顔を見つめた。きっかけなど問題ではなかった。選べと言うならとっくに選んでいた。

 ぼんやりした声。「つうか、何の話だ? 何か大事な話なのか?」

 ジョーイは差し伸べられた手をしっかりと握り返し、答えた。

「お前がどうしようもない大馬鹿野郎だって話だよ」

 二度目のキス――今度こそ確固たる意志を込めて。






 極めた後も余韻を手放すの惜しさにそのまま抱き合って黙っていた。 

 見つめ合った。どちらからともなく唇を重ねた。

 重ねるだけの軽い口づけ/過熱したあとの心地よいクールダウン。

 ハザウェイが気怠げに身じろぎし、すり寄って肩に額を押し当ててきた。

「がっつきすぎだろ……そんなに良かったか?」

 疲労で掠れた声――先ほどまでの乱痴気騒ぎを示すように。

「ああ、すげえ気持ちよかったよ」正直腰が抜けそうに良かった――「お前は?」

「俺か? ひでえもんだったぜ」しかめつらしい表情を浮かべるハザウェイ。「ケツが痛えばっかりでさっぱり気持ち良くねえし。うっかり潰されるんじゃないかひやひやしたぜ。けどよ――」

 ハザウェイ=ふいに破顔する/吹き出す。

「ハッハ、良かったぜ! 危うく本当に天国送りになるかと思ったけどな。考えてみりゃ、車並みに重い男とファックするなんざ正気の沙汰じゃねえ、よっぽど頭が参ってる奴のやることだ」

 涙まで流して大笑いする相棒の脚をベッドの中で蹴飛ばし、ちょっと拗ねた表情で言い返すジョーイ。

「それを言うなら、お前みたいなスプラッター野郎に突っ込もうとする男だってそうそういねえよ。あんなゾンビみたいな恰好でうろうろされたら、まともな奴なら思い出しただけで萎えちまう」

「ほんとイカレてるぜ……お互いな」

 ハザウェイが照れくさそうに頭をかいた――絡めたままの手をぎゅっと握りしめられた。

「ま……要するに、あんなの耐えられるのは俺くらいってわけだ」

 わかるだろ? とばかりに見つめられ、思わず顔を覆ってマットに倒れ込んだ。

 試合終了のゴングの幻聴。完膚なきまでのノックアウト。敗因は惚れた弱み。

 胸に満ちる幸福感――さりげなく手を握り返し、横目で顔を窺った。

「なあ、それってまだチャンスがあると思っていいのか?」

「はは、もう次の話かよ。そのうちうまくいくさ。時間ならこれからいくらでもあるんだからな」

 掌から伝わってくる温度――このうえなく確かな答え。脳裏に「しかるべき相手」という言葉が浮かび、消えた。正解が何かなど些細なことだ。幸福になる。幸福にする。

「愛してるよ、ハザウェイ」

「ああ。俺も愛してるぜ、ジョーイ」

 めでたしめでたしハッピー・エバー・アフターにはふさわしい幸せなキス――今、ここにいる互いを祝福するように。

 唇が離れ――

「で、次っていつだ?」ジョーイ=期待でいっぱいの悪い笑顔。

「俺たち明日はオフだぜ。いくら夜更かししたって問題ないさ」ハザウェイ=いかにも悪巧みがありそうなにやりとした笑み。

 同時に黙り込む悪童ふたり――何かとっておきの悪ふざけを思いついたというように。

 なんといっても明日はオフだし、楽しいことなら山ほどあるのだから。




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HAPPY EVER AFTER モズメ @novel1037

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