水仙月の公園

アオベエ

 

 水仙月の或る日、妻のお腹に宿る命の光が消えた。

 僕の中の全ての心を配ったどんな言葉にも、妻は笑って僕に心を配った。


 そうして、掻爬手術の前日に妻は自殺した。

 身体に衝撃を与えない手段を選んだのは、お腹の子に心を配ったからだろう。


 その時、妻が自殺した場所である自宅に居たはずの僕は自室で仕事である小説の執筆の最中だった。


***


 水仙月の或る夜、外を眺めるとこの辺りにしては珍しく雪が積もっていた。

 都会に積もる雪は死化粧の様に感じられた。


「今なら、歩けそうだな」


 ここ最近、僕は作品を書き上げる事が出来ないでいた。

 作家という肩書きを背負っていながら、作品を生み出せず世間との断絶を感じていた僕は白々しい夜の街へ散歩に繰り出した。



 チカチカとした街の電燈と、キラキラとした星の光が僕を照らす。

 今の僕にとっては、どちらも大切に思えた。


 高架下を歩いている僕の上を電車が走る。

 その音は、ガタンゴトンといった電車の中で聞く心地の良いものではなかった。


 高架下を抜けて、ふと道路を見ると動かなくなった野良猫と道路脇に停車した一台の車があった。


「違うんです、急に飛び出して来たんです」


 電話口にそう喋っている、車の運転手を横目に通り過ぎる。

 僕は何か、穏やかな気持ちになっていた。


 地面の雪に映る自分の影に気がつき空を見上げると月があった。

 月の光が消滅を窺う僕の影の色を、より濃くする。


――おや、星が動いているぞ


 瞬間でも飛行機の電燈をそう思えた事が僕の心を明るくした。

 気が付くと僕は或る公園に立っていた。


***


 水仙月の公園は、ただ此処に在った。


――子どもの頃は両親と


――学生になると友達と


――親になると嫁や子どもと


 水仙月の公園は移り変わる人々を受け入れて、ただ此処に在った。

 この公園に人の姿は無かったが透明な心が満ちている。


 願いが叶うなら妻や、これから生まれてくる子どもと来たかった。

 売文をしてまで世間と繋がっていようとしたのも全てはそれを想っての事だった。


 しかし、僕の心は空になってしまった。

 ナイトメアに生き、吸い尽くされた僕の心は光を失った。


 新雪に倒れ込み顔を埋める。

 シンシンとした雪の声が聞こえる。

 仰向けになり空を見ると、再び降りだした雪が僕に化粧を施そうとした。


「なぁ、其処に誰か在るのかい」


 僕に施された化粧は、僕自身の体温によって鎔けて透明になった。

 此処は水仙月の公園、僕はただ此処に在った。







 

 















 





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