第十楽章

 Typeネモはその初舞台において華々しい戦果を納めた。それにより、多数の国の軍関係者から問い合わせが来るようになった。私たちはそれらに応え、Typeネモは世界各地の戦場にその姿を現すことになる。人間同士が殺しあう時代は終わりを告げようとしていた。そして二年という年月が経過した。

 私は自分の部屋でピアノを弾いていた。傍らの椅子にはキキョウが座っている。目を閉じて、私のピアノで奏でるメロディをじっと聞いている。私が手を止めると、彼は目を開いた。

「とても綺麗な曲だったよ。また上達したんじゃないか」

「そう、なのかしら。上達したとか、自分ではよく分からなくて。下手になったらすぐに分かるんだけど」

 私は照れながら答えた。

 あれから、キキョウは約束通り帰ってきてくれた。その後何度か戦場に行くことはあったが、その頻度も減ってきていた。

「Typeネモ、大活躍してるそうじゃないか。自分があれの完成に携わったとは、今でも信じられないよ」

「生産ラインも増やしてるわ。まだまだ需要には追い付かないけど」

 今や戦場にいるのはほとんどがアンドロイドだ。人間は後方の司令部に閉じこもって指示を飛ばすだけになっている。

「そういえば、この前気になる噂を聞いたんだ」

 噂?と聞き返す私に彼は続ける。

「ゲリラの一部にTypeネモが使用されているという噂だよ。まさかとは思うが、ラボはそういった連中とも取引してるのかい?」

「いいえ、それはないわ。うちは正規の軍にしか卸してない。単純に資金の問題ね。あの子たちの運用コストはそこらのゲリラには用意できない額なのよ。ただ、確かに私もその噂は気になるから、こっちでも調べてはみる」

「たのむよ。それと……」

 キキョウは少し言いよどんでから告げた。

「またしばらく留守にすることになった」

 私は驚いた。まだ人の傭兵が必要とされているなんて。

「それ、あなたじゃないとダメなの?」

「今君が言っただろう?Typeネモは金がかかるって。そのコストを少しでも節約したいと考える人もいるのさ」

「……今度は、どれくらい?」

「そんなに長くはならない予定だ。半年ほどかな。でも、これで最後だ」

「最後?」

「そう、最後だ。その後は、ずっと君のそばにいるよ」

 そう言って、キキョウは懐から小さな箱を取り出して中を見せた。そこには銀色に輝く指輪が入っていた。

「結婚してくれないか、チズル」

 それは聞き間違えようのないプロポーズだった。そして、私の答えも決まり切っていた。

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