第八楽章

 キキョウがラボを去ってからも、私たちの交流は続いた。私はラボに泊まり込むこともあるので、毎日は会えなかったが、それでも週に二、三度は夜に食事を共にしていた。ジョエルにはバカンスに行くと言っていた彼だが、実際はラボのある都市に滞在を続けていた。

「へぇ、チズルはピアノも弾けるんだね。僕は音楽は聴く専門だから、素直にすごいと思うよ」

 楽譜の読み方も知らないからね、と彼がビールの入ったジョッキを傾けながら言った。

「上手ではないけどね。うちは音楽家の家系だったから、お父さんは私をピアニストにしたかったの」

 ネモの最終試験から半年以上が経っていた。幸いにも、と言うべきか、私たちの交際は続いていた。

「聞いてみたいな。今度ピアノが置いてある店を探すよ」

「だから、上手じゃないんだって。人前で弾くなんてできないわ」

 そこまで話して、不意に彼が真剣な表情をして、

「ピアノも聞きたいけど、しばらく先になりそうなんだ」

と告げた。私は来る時が来たと思った。

「……行くの?」

「そうだね。最近、紛争が激化している地域があるだろう?そこへ行くことになった」

「どれくらい?」

「はっきりとは言えないが、一年は少なくとも戻ってこれないと思う」

「一年……長いのね」

「そんな悲しそうな顔をしないでくれ。必ず帰ってくるから。僕が傭兵として優秀なのは君がよく知ってるだろ?」

「私、待ってる。ピアノもまた練習する。だから、無事に帰ってきて」

「あぁ、約束するよ」

 そう言って、彼はいつもの笑顔を見せた。

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