第四楽章
アンドロイド兵士への訓練が始まってから二ヶ月が過ぎた。訓練は順調に進んでいる。順調過ぎるぐらいだ。ハウエバー氏は戦闘だけでなく指導能力も高いらしい。
ハウエバー氏の指導力とアンドロイドの吸収力、この二つの歯車がまるでカッチリと噛み合っているかのようだった。
「ハウエバーさん、今日のタスクはこれで終了です。お疲れ様でした」
私の部下、ジョエルの声が訓練室のスピーカーから響く。すぐに訓練室内の二つの人影が動きを止めた。アンドロイドとハウエバー氏だ。彼は天井近くにあるカメラに向かって大きく声をかけた。
「ジョエルさん!予定ではまだ12分ほどあるはずですが!」
「そうですが、アンドロイドの機動性が基準値を安定してクリアできるようになっていますので」
再びジョエルの声が室内に響く。ハウエバー氏はまだ何か言いたげではあったが、そのまま手に握っていた大ぶりのナイフを鞘に納めた。
私は訓練室から出てきたハウエバー氏に声をかけた。この二ヶ月で彼と話すことへの抵抗はかなり薄らいできていた。
「お疲れ様です、ハウエバーさん。あなたのおかげでだいぶ良い数値が出ています」
私の言葉を聞いても、ハウエバー氏は厳しい表情を崩さない。
「あ、あの……。何か、怒ってますか?」
おずおずと尋ねる。
「別に怒っているわけではありません。ただ、あなたたちが数値だけでネモの練度を判断しているのが少し、不満なだけです」
ネモとはアンドロイド兵士のことだ。訓練を始める前にジョエルら数人の部下たちから名前をつけてはどうかという提案があり、この名前になった。
「私たちは科学者ですので、そこは仕方ないかと。むしろ感覚的にできてるできてないを判断する方が私には不安です」
それでも、彼は納得していないようだった。
「では、こうしてはどうですか?私たちが基準値をクリアしたと判断した段階で、ハウエバーさんにその訓練を総括するテストを実施していただきます。内容はあなたに一任します。その結果を皆で共有して、次回の方針を決めるようにしては?」
この私の提言に、ハウエバー氏はしぶしぶといった様子で、
「そうですね。その辺りが落としどころだと思います」
と頷いてくれた。
そんなやり取りの後、私たちは合流したジョエルとともにネモのボディの格納庫へ向かった。ボディの損耗率を確認するためだ。格納庫では、技術班の面々が忙しそうに作業をしていた。
「班長は今どこに?」
近くにいた班員にジョエルが尋ねる。
「奥です。ネモの脚部に気になるところがあるって言って、調べてます」
私たちは礼を言ってから言われた通り格納庫の奥へ進んだ。そこには、あごひげをたくわえたひと際身体の大きい男性が床に座り込んでいた。傍らには取り外されたネモの脚部がある。
「班長!ネモの脚に何か問題でも?」
声をかけたのは、今回もジョエルだ。彼は私の人見知りをよく分かっているので率先してこういった他部署との「外交」を引き受けてくれている。
「いや、問題は何もない。なさすぎるくらいだ」
「なら何故ネモの脚を分解しようとしているんですか?」
ジョエルの問いかけに技術班長は目を輝かせながら答えた。
「あんまりにも出来がいいんで、直接中をこの目で確認したくってな」
「またですか……」
「おうよ。このボディはうちの班が持てる技術の全てを惜しげもなく投入して作った、いわば芸術品だからな」
そう言って工具に手を伸ばす班長。
「設計したのはうちなんですけどね」
ジョエルはぼそっとハウエバー氏に耳打ちする。
「設計したのはそっちでも、実際に組み上げたのは俺たちだぜ。だいたいあの設計図が求めるスペックを実現できる俺たちの腕がだな……」
班長の話が長くなりそうだったので、私とハウエバー氏は聞き役としてジョエルを残してネモの様子を見に行くことにした。
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