第一楽章

 私はラボの応接室に向かっていた。緊張のためだろう、手のひらがじっとりと汗ばんでいる。人見知りが激しい私は外部の人間の応対は基本的にしない。しかし、今回は事情が事情だけに、プロジェクトの責任者であり他の誰よりも詳細を知っている私が出向いて説明するのが理に適っているという周囲の意見に押し切られたのだった。

 応接室のドアの前に立つ。一度大きく深呼吸をしてからドアを開いた。そこには一人の男性がいた。外の景色を眺めていたのか、窓の傍に立っている。

「こんにちは」

 男性はこちらに振り返ってにこやかに挨拶した。

「こ、こんにちは。初めまして。私はプロジェクトの責任者のチズル・ミツルギ、です……」

 私も彼に倣って挨拶をする。

「キキョウ・ハウエバーです。この度は、お招きいただきありがとうございます。それにしても、すごいですね。ここからの景色は」

 そう言いながらハウエバー氏は視線を窓の外に戻す。私もつられてそちらを見た。そこから見える地上には、一面の畑が広がっていた。

「なんと言うか、長閑ですよね。こんな景色は本や映画でしか見たことがない」

「トウモロコシを育てています。人工食糧の生産が確立する以前は各地にあったそうです。今この国に残っている畑はここだけで、目的も食糧の生産ではなくこのラボの研究員のメンタルケアのためです」

 私の説明に彼は頷きながら、

「確かにこの風景は癒されますね。こうやって眺めているだけでリフレッシュできそうな気がします」

 と答えた。

 私は彼のプロフィールを見た時にもっと怖い人を想像していたので、少し驚いていた。こんな風に物腰の柔らかな人が……。

「さて、世間話はこれくらいにして、ビジネスの話に入りましょう。まさか、この畑を見せるために僕を呼んだわけではないでしょう?」

 ハウエバー氏の表情から笑みが消える。

「分かりました。では、今回の依頼の説明をします。そちらの椅子におかけください」

 お互い机を挟んで向かい合う形で席に着いたところで、私は改めて口を開いた。

「ハウエバーさん、今回あなたに依頼したいのはある兵士の育成です」

 私の言葉に彼は驚いた顔をして、

「ここに兵士がいるのですか?ここは兵器の研究開発をする施設だと聞いていたのですが」

 と返した。

「はい、います。それも今後の戦争を変えるであろう重要な兵士が」

「戦争を変えるとは、また随分と大きく出ましたね」

 苦笑する彼に私は表情を変えずに答える。

「これは誇張ではありません。このプロジェクトが上手くいき、その兵士が『完成』すれば、本当に戦争は変わります」

「まだ育成もこれからだと言うのに、その新兵くんはよほどスペシャルなんでしょうね」

 しかし、と彼は言葉を続けた。

「そんなスペシャルソルジャーの育成なんて大任、僕に務まるでしょうか」

「これまでの経歴や技術など、総合的に判断してあなたが適任だと判断しました。世界中の戦場を渡り歩き、その多くにおいて勝利してきた一騎当千の傭兵であるあなたが」

「その言い方こそ誇張でしょう。僕はこういう風にしか生きられない、ただの人でなしですよ」

 そう言って口元を歪めながらも、彼の目は少しも笑ってはいない。

「とにかく、詳しい話を聞かせてください。依頼を受けるかどうかはそれから決めます」

 その言葉を受けて、私は短く告げた。

「あなたに育ててほしいのは、『アンドロイド』です」

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