戦場に響くメロディ

石野二番

序曲

 見渡す限り、荒野が広がっていた。草木の一本も生えていないが、それらの代わりとでも言うように、男の周囲には兵士たちの死体や残骸がそこかしこに転がっていた。

 呆然と立ち尽くす男もまた兵士だった。しかし初めて戦場に立った一兵卒に過ぎない彼にできたのは、飛び交う銃弾に当たらないように逃げ惑うことだけだった。

 これが戦場。昨日の晩、次に帰る頃には二人目の子どもが生まれているはずだと目を細めていたジャックも、今朝の食事中にあの美人上官を絶対モノにしてみせると息巻いていたアンドリューも、二人とも自分のすぐそばで絶命していた。

 周囲に動くものはない。生き残ったのは自分だけらしい。生還の喜びなど微塵もない。あるのは、まるで心にこびりついたように残る恐怖だけだった。

 怖かった。先ほどまでここで何が起きていたのか思い出そうとするが本能が拒絶する。涙が溢れた。嗚咽を漏らしながらその場にしゃがみこむ。その時だった。音が、音色が聞こえたのは。

 反射的に顔を上げる。確かに聞こえる。この荒野に、戦場にはまるで不似合いなあのピアノの音色……。

 装備していたフルフェイスメットのバイザーを下ろし、索敵レーダーを起動させる。北の方角から三つの影がこちらにまっすぐ向かってきていた。距離はそう遠くない。そもそもあのピアノの音色が聞こえる範囲がヤツらの索敵範囲だという噂が本当なら、自分はもう捕捉されているのだろう。どうする。どうすればいい。

 たった一人でも戦い、少しでも敵の戦力を削ぐべきだという軍人としての使命感と、死にたくない。今すぐここから味方の陣営まで逃げるべきだという生物としての本能が男を板挟みにする。

 彼が決断できずにいる間も、レーダーに映る敵影はこちらに近付いてきており、それに伴ってピアノの音色も大きくなってきていた。時間がない。鼓動が速くなり、その音が異常なまでに大きく身体に響いている。

 その時、敵影が突然静止した。ピクリとも動かない。不思議に思いながらも彼が「もしかして、助かるんじゃ……」と考えた次の瞬間、警報が鳴る音と何かが顔にぶつかる衝撃を最後に、彼の意識は闇に落ちた。

 *

『αよりβ、γへ。狙撃の成功を確認。残存敵勢力、なし。これより破壊された友軍機の回収任務を開始する』

『βよりαへ。回収機体の優先順位は如何様に?』

『データのサルベージが可能なコアユニットを最優先。再利用が可能なパーツは回収スペースに余裕があればでいい』

『β了解』

『γ了解』

 やり取りが終わると、三つの影は立ち上がった。そのうちの一つ、『α』は遠距離狙撃用のライフルを携えていた。そして、彼らは肩に装備されたスピーカーからピアノの音色を響かせながら戦場に近付いていった。

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