第5話 嫌な予感

朝目覚めると、ソファーで寝ているはずのれいがいなかった。畳んでおいた服に着替えて、出ていってしまったみたいだ。元々彼は俺に世話になることに抵抗があったし、長居する予定でもなかったのだろうが、まるで夢だったかのように消えてしまったことに、俺はどことなく寂しい気持ちになった。


「……れい。」


たった二度しか会ったことのない彼に、何故これ程引かれるのかは分からない。出会い方が衝撃的だったから?彼の容姿があまりにも美しかったから?どちらにせよ、彼が俺の元から去ってしまったのなら、もうこれ以上追いかけたらストーカーになってしまう。俺は深くため息をつきながら、ソファーに腰掛けて何気なくテレビを付けた。


『次のニュースです。今朝、東京都内でまたしても『MAVERICK』に関する死亡事件が発生しました。被害者は〇〇組合の組員の男性三人で、全員鋭い刃物で全身切りつけられた状態で路地裏で遺体となって発見されました。』


前言撤回、前言撤回します。というのも、この『MAVERICK』にやられたという被害者三人は、二日前俺が殴られ、れいが助けてくれた時の三人組だ。まさか組の人間だったとは思わなかったけど、今はそういう話じゃない。その三人組が死んだという話だ。しかも刃物で全身切りつけられていた。俺は刑事でもなんでもないけど、これは間違いなく、れいが容疑者になる。どこかの監視カメラにあの日の映像が残っていたら、言い逃れは出来ない。だがあの時、間違いなくれいはあの三人を殺してはいない。血も出ていなかったし、そんな何度も切りつけてはいない。それでも『MAVERICK』ということだけで確実に犯人扱いされる。今すぐれいを見つけなければ…俺はすぐにパジャマの上に上着だけ羽織って家を飛び出そうとした。だがその行為は、秒で止まることになった。


「全く…まともに仕事で成績もあげられず、挙句の果てに犯罪者を父親に貰った家に匿うとは、ほんとにろくでもない兄貴だな、あんたは。」


「信彦……なんでお前がここにいんだよ。」


俺の後ろに、いつの間にか双子の弟、信彦が腕を組んでイスに座っていた。ニュースに集中しすぎていたせいで気が付かなかったのか、それとも気配なく入ってきたのかはわからない。いくられいが出て行った後で鍵が開いていたからとはいえ、勝手に入ってくるのはどうかと思う。


「そんなの、この事件にあんたが関与してるからに決まってるだろ。いちいち説明しなくても心当たりしかないだろうが。」


信彦はそう言いながら、テレビのニュースを指さした。ということは、俺の予想は的中してしまったようだ。


「よくもまぁあんな隠さず殺人を起こしたな。もうちょっとカメラとか意識して逃げるとかなかったのか。」


「うるせぇよ兄貴貶し過ぎだよ馬鹿!あと殺人起こしてねぇよ!襲われたところ助けられて逃げただけだよ馬鹿!」


「殺人の件よりあんたを馬鹿にした事の方が重要らしいな。」


信彦は呆れ顔でそう言うと、イスから立ち上がりキッチンを漁り始めた。


「まぁ、殺人の件に関してはあんたは実行犯ではなく協力者として疑っている。カメラに映っていたのは三人組に襲われて路地に入っていくあんた、そしてすごい勢いで逃げていくあんた、そして遅れてノコノコ出てきた黒い服を着た人間のみ。そして、このマンションの監視カメラには昨日あんたとその黒い服の人間が入っていくところがもろに映っている。しかしその後出て行った映像はなく、この部屋にもいない…と言うのが今分かっていることだ。」


「さっきも言ったけどな、その黒い服の子は俺を助けてくれただけで、あの三人組は殺してない!てか、出ていった映像がないってどういうことだよ!?」


「それがわかったならわざわざこんなところに来るわけないだろう。誰が好きであんたのところになんか……。」


そう言うと、信彦は冷蔵庫を勝手に開けて買い溜めしていたリ〇Dを取り出した。


「そう言いながら俺の愛用ドリンクを盗むんじゃないよ。」


俺は散々貶された挙句勝手に買い溜めしていたリ〇Dを取られて思わずそう突っ込んだ。何でこいつはさも当たり前のように勝手に飲もうとしてるんだ。


「ここに来た労働費。」


「頼んでねぇわ!つーか、鍵開いてたからと言って勝手に入ってくるのは刑事としてどうなんだよ!いくらなんでも不法侵入だろ!」


「一応身内で接近禁止命令も出されてないんだ、あんたが喚こうが兄弟喧嘩で済まされる。まぁ兄弟とも思いたくはないがな。」


「貶し過ぎ!」


「それに、鍵は開いてなんかいなかった。父さんに貰った合鍵でちゃんと開けて入った。」


「……ん?開いてなかった?」


そんなはずはない。れいが出て行ったのは確実のはず。他の部屋にもいなかった。出て行った後わざわざ鍵を閉めることも出来ないはず。なら彼は一体どこから出て行った?


「外にも出ていない上にこの部屋には既にいないなら、一体どこに隠した?それとも別の階の部屋を買って……」


「そんな金どこにあると思ってんだ!いくら命の恩人と言えど部屋丸々買える金なんか払えるか!このマンション一室いくらすると思ってんの!?」


「あんた値段見たことあるのかよ。父さんに貰ったくせに。」


「無いよ!無いけど高いことぐらい分かるわ!」


実際俺はこのマンションの金額は見たことは無く、威張って言えることでもないが、どうしてもこいつの前にいると張り合ってしまう。それを呆れたようにため息をつかれると、兄としての立場がどんどん崩れていくようなきがした。


「とにかく、黒い服の人間はどこだ。隠してるなら今すぐ居場所を吐け。ここまでテレビにも流してない情報を伝えたのはあんたを助けるためじゃないぞ。」


「…あの子は起きた時にはもう居なかったよ。雨に濡れてたから一晩泊めてただけだ。でも、玄関の鍵がかかったままだったなら、一体どうやって…。」


「それは『MAVERICK』ならベランダから飛び降りて逃げることぐらい可能だろう。個体差にもよるがな。」


「んなっ!ここ何階だと思ってるんだ!?いくら『MAVERICK』でも死ぬって!」


「『MAVERICK』の身体能力はどんどん進化している。この前もビルの屋上まで追い詰めた『MAVERICK』が飛び降りて地上に普通に着陸したのを目撃した。そのビルは二十階建てだ。」


俺はそれを聞いて口が思わず開いてしまった。恐る恐るベランダに繋がる窓の方を見てみると、確かに窓の鍵は開いていて、僅かに隙間が開いている。寝る時には確かに閉めたはずだ。


「マジか……。」


「とんだ無駄足だったな。ま、犯人を匿っているという疑いが晴れただけでも良しとするか。」


「おい!だからあの子は犯人じゃないって!」


俺は勝手に満足して帰ろうとする信彦の腕を掴んで引き止めた。信彦はものすごく嫌そうな顔をして直ぐに俺の腕を振り払った。


「どこにそんな証拠がある?あんたは助けられたといいながら路地からは一人で出てきた。しばらくは三人組と黒い服の人間が路地にいたのははっきりしているし、その後そいつが三人組を殺そうがあんたは見ていないわけじゃないか。それにここから飛び降りたということはそいつは『MAVERICK』で間違いはない。今回の犯人も『MAVERICK』で間違いはない。どうせあんたの事だ、助けられてちょっと仲良くなっただけでそいつのこと信頼して「そんなことするような子じゃない」とでも言いたいんだろ。」


「うっ……。」


図星といえば図星だ。確かに俺は逃げたあと三人組がどうなったかは見ていない。俺が逃げたあと殺せば辻褄は合う。だけど、それならどうして俺は殺さなかった?組の人間じゃなかったから?ターゲットが決まっていた?そんなことだってわからないじゃないか。


「だがな、人は短時間の関わり、見た印象だけじゃ犯罪を犯す奴かどうかなんて分からないんだよ。あんなは馬鹿だからすぐに騙される。だからこうやって犯罪に巻き込まれるんだ。いいか?あんたが『MAVERICK』に関する殺人事件に関係しているなんて知られてみろ、父さんの今までの苦労は台無しだ。ただでさえ普通の殺人事件に関係しても被害被るってのに、『MAVERICK』と関わっただなんて知ったら、こっちまで『MAVERICK』の疑いがかかるんだぞ。あんたは何も失わないだろうが、こっちは何もかも失うんだよ!」


結局そういう事だ。人殺しに関わったら父親である警察署長にも多大な影響がある、だから表沙汰にせず、『MAVERICK』であるあの子を犯人にして、こっちは無関係であることにして終わらそうとしているのだ。短時間の関わり、見た印象だけじゃ犯罪を犯す奴かどうかなんて分からない、確かにその通りだ。それなら…


「…『MAVERICK』だからって、あの子が犯人とも限らないじゃないか。」


「あ?」


「言ったよなお前……。短時間の関わりや見た印象だけじゃ犯罪を犯す奴かどうかなんて分からないって。それなら『MAVERICK』だからってあの子があの三人組を殺しただなんてまだわからないじゃないか!確かにあの子は俺を助けてくれたんだ…『MAVERICK』だと思って咄嗟に逃げちゃったけど、普通にいい子だし、殴られてた俺がちゃんと生きてるかどうか心配してくれてたんだ!もしあの子が三人組を殺した犯人なら、なんで俺は殺さなかった?ターゲットが決まっていたにしろ、その現場に居合わせた俺は口封じとして普通殺されるだろ!?じゃあなんで俺は今生きてるんだよ!?」


「…知るか。」


信彦は冷たくそう言い放つと、スマホを取り出し、何か操作しながら淡々と話を続けた。


「『MAVERICK』は医学的に危険な思考や行動をすると証明されている。それはクラスが上がるに連れてより危険なものになるとも。このマンションの高さから降りれる身体能力がある『MAVERICK』は間違いなく『SEVERE』クラス、つまりより危険な人物だ。この事件の犯人であろうがなかろうが、野放しにすることは出来ない。あんたが生きている理由?そんなの、運が良かっただけだ。」


信彦はスマホの操作が終わると、ズボンのポケットにしまってリ〇Dの空き瓶を俺に投げてきた。色々言い返したかった俺は咄嗟にそれをキャッチしたが、その間に信彦はサッサと玄関の方に行ってしまった。


「…文句は言わせない。この事件にあんたは関わっていないものとする。これ以上、その黒い服の人間や『MAVERICK』に関わるな。俺や父さんに迷惑をかけるな。あんたは、普通に生きていればそれでいい。何もするな。」


そう言って、信彦は出ていってしまった。控えめに言って爆発してしまえ。


「……んだよ、それ。」


ここまで言われて黙っている程、俺はいい子ちゃんではない…いや、今まではいい子ちゃんにしてたけど。それでも許せない。何もしていないれいを、命を救ってくれたあの子を黙ってあいつらに渡す訳にはいかない。信彦や親父に泥を塗ろうが知ったこっちゃない!俺は、れいを守る。絶対に警察に捕まらせるものか!


「待ってろ、今助けに行くから!」


そうして俺は、特に助けを求めてないであろうれいをまた保護するために、今度は服を着替えて家を飛び出した。

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陳腐な世界の片隅で 天邪鬼 @amanojaku44

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