第4話 孤独の零斗(零斗視点)

チンピラに絡まれていた男性をたまたま見つけたから助けた。ただそれだけの事だった。俺の変わった力、腕の刺青が刃物に変わるのを見て逃げなかった人はいない。その力を見なくたって、見た目のせいで大抵人は離れていく。家族は皆死んだ。記憶は所々あやふやではあるが、死んだことはハッキリしている。警察には追われまくる。味方なんていなかった。それなのに、力を見て怖いはずなのに、かずは俺に傘を差し出して、慣れない嘘をついて、俺の手を掴んで警察から助けてくれた。それどころか家にまで上げてくれて、お風呂にも入れてくれた。俺は純粋に嬉しかった。ここまで手を差し伸べてくれた人は一人たりともいなかった。きっとかずは怖がりだけど、とても優しい人なんだろう。捨てられた犬や猫を見つけたら拾わずにはいられないタイプ…いや、拾わなくてもずっと後悔し続け、結局里親が見つかるまでお世話をするタイプかな?多分俺もそう、保護した感じだと思う。


「着替え、カゴに入れとくな。ダサいのしかないけど…。」


「ありがと。」


何故かホッと安心できる声を聞き、俺は心地よく湯船に口まで浸かった。こんな気持ちは本当に久し振りだ。


「…かずは、俺をれいって呼ぶのが嫌だったのかな?女の子っぽいから嫌…何でそう思うんだろう。」


俺には分からないことが多い。色々あって学校も小学校ぐらいしかまともに行っていないことも原因なんだろうけど、自分のことも分からないことも多々ある。いつからこの力が使えたのか、お母さんとお父さんはどうして死んだのか、そして『普通』とは何なのか…よく人から『普通』じゃない、『常識的』に考えておかしいと言われる。確かにこの力は他の人とは違って、危険で、『普通』ではないかもしれない。でも俺にとってはこれが当たり前、つまり『普通』だった。産まれた時からある力だったなら、それは俺の意思で持ったものではないし、抗えるものでもない。それを『普通』じゃないからと差別され、怖がられ、警察に追われるのは納得出来ない。この力を利用して人を殺したとか、街を破壊したとかでそうされるのは俺が悪いし、当然の報いだと思う。でも、そうじゃないから、辛かった。「何も悪いことをしていないのに。」「ただ生きているだけなのに。」といつも思っていた。それをかずは『普通』ではないと思っていても受け入れてくれた。それだけでいい、一人でも俺を受け入れてくれる人がいたなら、他の人の言葉など聞かない。否定されても、差別されても、例え警察に殺されても…俺は理解してくれる人がいたという安心感に包まれて死ねる。そう思いながら、俺は綺麗になった体で湯船から上がり、ふかふかのタオルで水滴を拭き取り、かずが用意してくれた服を着た。


「…あれ、背丈は俺の方が高いのにぶかぶかだ。」


かずは見た感じ体付きはしっかりしていたから、服は大きめなのだろうけど、全体的にぶかぶかすぎる気もする。かずに笑われないかな?


「…お風呂、ありがとう。汚れたから、流しといたよ。」


「あ、悪いね。そのままでも良かったのに…って、何かぶかぶか!?」


やっぱり。でも人の物借りてるんだし、笑われても「似合わないでしょ?」って笑い返せばいい。


「背丈もれいの方がでかいのに…やっぱりちゃんと食べてないんだろ!いくら強くても健康保たなきゃ駄目だって!今育ち盛りなんだろ!?」


思ってたのと違った。


「え、あ、いや……食べてる…。」


「いーや!れいは細すぎる!綺麗だから誤魔化されてるけど、痩せすぎだ!!大体食べてるって言っても、コンビニで済ます程度だろ!?その歳でそんなことしてたらあと2、3年で体壊すぞ!?」


「……ママ。」


「誰がママだっ!!俺は真剣にだな!!」


それから何故かかずの説教が始まり、ガミガミと食生活を改めるように怒られた。本当のお母さんにもそんなこと言われた記憶はない。これは捨てられた犬や猫を見つけたら拾って、病院にも連れて行って完全に健康の状態まで徹底的に世話するタイプだ。


「とにかく、カロリーの高いもの食べる!野菜も食べる!そして筋肉をつける!分かったか!?」


「んー。」


もはや完全にママだ、お母さんと言うよりママだ。まぁ実際コンビニでいつもおにぎりで済ませたりして、たまに貧血気味になったりするから反省はしてるけども。バイトも全体的に色素が薄くて気味悪がられて見つからないし、この先何があるか分からないから基本口座にある金を使いたくない。となるとおにぎりで済ましてしまう。


「くそぉ、こんなことなら肉でも買っとくんだった…。炒飯とかコンビニの握り飯と変わんないっての……。」


何故そこまで俺を気にかけてくれるのかはよく分からないけど、とにかく俺はかずのママっぷりが少しツボって必死に笑いを堪えていた。


「しょうがない。取り敢えず炒飯と卵スープ、冷めないうちに食べな。」


かずはそう言って俺を椅子に座らせ、目の前に温かそうな炒飯と卵スープを出してくれた。俺は久し振りに出来たての香りを嗅いだ気がした。


「…美味しそう。」


「自炊は一応してるから、味は不味くないと思うけど…ちょっと濃いかも。」


自信なさそうに頬を人差し指で掻きながら、かずは苦笑いした。こんないい匂いなのに、不味いわけがない。味が濃いのは特に問題ないし、俺にはそれぐらいじゃないと駄目なのかもしれない。俺は手を合わせて「いただきます。」と言ってから、スプーンで炒飯を一口食べた。


「……グフッ!」


塩辛かった。我慢しようとしたけど、無理だった。俺は思わず口を抑えて中にある炒飯を吹き出さないようにした。かずは慌てた様子でコップに水を入れてきてくれた。


「うわっ!?ごごご、ごめん!!大丈夫か!?」


「うぅ……辛い…。」


俺は口の中の塩辛さを洗い流すように水を一気に飲み干した。かずは少ししょんぼりとしながら俺の使ったスプーンを手に取って炒飯をすくった。


「うーん、俺の舌、疲れで馬鹿になってんのかなぁ…?それともれいが食べ慣れてないからか……?」


そう言って俺の使ったスプーンで炒飯をぱくりと食べた。見た感じ、平気そうだ。それよりも、俺が気になったのはそこじゃなかった。


「……間接キッス。」


「ブフォッ!?」


俺がそう呟くと、かずは盛大に吹き出した。ついでに気管に入ったのか、しばらく涙目になりながら咳き込んだ。


「な、何で小さい「つ」入れんの!?てか別にそんなつもりで……!!」


「かず、顔真っ赤〜。可愛い。」


俺はテーブルに肘をつきながら意地悪っぽく笑ってみせた。かずはますます顔を真っ赤にし、必死に言い訳をした。別に同じスプーンを使うのは平気だけど、かずがそれを忘れて無意識に使っていたのなら申し訳ないなぁと思って言ったつもりだった。だけどかずは予想以上に動揺した。それが何故かすごく可愛いと思えた。こんなに可愛い年上がいるのか。結局、炒飯は卵スープがとてつもなく味が薄かったから、それに浸しながら食べたらちょうど良かった。久し振りに胃が温まる感触と、満腹になった満足感で俺はいつの間にかかずが入れてくれたココアを飲んでる途中でソファーで寝てしまっていた。「ベッド使えよ。」と、かずが言った気がするけど、俺はソファーで十分幸せだった。とても肌触りが良くて、ふかふかで、置いてあるクッションは何だかモチモチしていた。一つは枕にして、大きめの方はぎゅっと抱き締めて眠った。ずっとこうしていたいなんて思ったけど、そういう訳にはいかないのは分かっていた。いくらかずがいいと言っても、俺がよくない。たかが一度助けただけ、それの恩返しと言うなら一泊だけでいい。十分だ。それ以上はかずの優しさに漬け込んでいるだけだ。だから俺は夜が明け始めた頃に目覚め、洗って畳まれた俺の服に着替えて、置き手紙を書いてテーブルに伏せて眠っているかずの頬を少しだけ撫でてから、そっとベランダから飛び下りたんだ。

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