第1話 出会い
「泉!!お前はまた成績最下位か!もう入社してから五年経つんだぞ!?一体いつになったら成績を上げられるんだ!?」
俺は泉和彦、今現在会社の上司に月1回の大説教を食らい中だ。月末になるとその月の成績をランキング化されるのだが、俺は毎度最下位。別に人と話すが苦手と言うわけでもなく、いくつか契約を取れたりはしているのだが、大手企業だけあって本来入ってくる社員は皆凄腕の持ち主だった。そのせいで俺は普通の成績にも関わらず最下位になってしまうわけだ。
「このままだと、いつまで経っても親父さんに顔向け出来ないぞ!もっと努力しろ!」
「はぁ…すみません。」
いつもの決まり文句で長時間の説教を終えると、上司は不機嫌そうに会議室を出ていった。やっと解放された俺は、一人会議室の椅子に深く腰掛けてため息をついた。父親が警察署長で色々コネを持っているとはいえ、俺は別にこんな大手に務めたくはなかった。もっとレベルの低い、ある程度給料が貰えるところがベストだった。こんなレベル違いの場所にいたって、努力しても追いつけるはずがない。そう心の中で思いながらも、父親に逆らって勝手に職場を変えるわけにもいかなかった。
「はぁ、今日は早めに帰ろ。毎月のこととはいえ、やっぱ精神的にキツいわ。」
そう言って俺はオヤジのように顔をごしごしと洗うように擦り、気だるげに立ち上がって自分のディスクに戻った。だがその決意も、ディスクに山積みになった書類のお陰ですぐに崩れ落ちた。げんなりしながらディスクに座り、黙々と仕事をやりながら優秀な新人社員の話を盗み聞きする。
「なぁなぁ、昨日また『MAVERICK』が池袋辺りで人を襲ったらしいぜ?」
「マジで?最近ヤケに活発じゃね?この前も三人ぐらい殺されてたじゃん。」
『MAVERICK』…危険な思考と人間離れした力を持つ人間の総称だ。俺もあまり知らないが、彼らは遺伝子の異変により特殊な力を持ち、その力の影響で脳が刺激され、危険な考えを持ったり犯罪的な行動を起こすらしい。よって『MAVERICK』はまるで病気のように扱われている。その度合いは人によって様々な為、政府や警察は大まかにクラスを『MILD』、『NORMAL』、『SEVERE』に分けて、より危険な『SEVERE』を中心に警戒している。『MILD』や『NORMAL』の中には自覚症状が無いような人もいる訳だが、一度『MAVERICK』と判断されると社会では差別されることも少なくない。まぁ殆ど力が無かった『MAVERICK』が突発的に強い力を持つケースもあるため、普通の人々は自然と避けてしまうのだ。
「でも、この前『MAVERICK』が殺されてたらしいわよ。しかも『SEVERE』クラスが五人も。」
「死体の状態からして、『MAVERICK』の犯行だってさ。警察はそーゆーの『共喰い』って呼んでるらしい。」
そう、これはここ最近で起こり始めたことだが、『MAVERICK』が『MAVERICK』に殺されるという事件があちこちで多発している。犯人の手がかりも殆ど無く、何が目的なのかも分からない。『SEVERE』クラスの『MAVERICK』が次々と殺されているという事は、相当やばいやつがこの世界のどこかに潜んでいるということだ。俺は『MAVERICK』の『SEVERE』クラスに遭遇したことは無い。と言うか『MAVERICK』にも会ったことが無い。どんなに症状が軽い『MAVERICK』でも、普通の社会で生きていくのは困難になる。そのせいか大抵は人気がないところでひっそりと生きている。つまりそういった所に行かないと、滅多に会うことは無いのだ。
「俺、すげぇ遠くからだけど、『MAVERICK』見た事あるぜ!」
まじか、馬鹿なのかこいつ。どういう状況で「すげぇ遠くから」『MAVERICK』に遭遇したんだよ。絶対肝試し感覚で探しに行ったろ、若気の至りかこの野郎。
「マジかよ!?ど、どうだった?」
「いやさ、何か騒がしいなぁと思ってそっち行ったら、警察と『MAVERICK』がバトってたんだよ!『MAVERICK』は一応『MILD』クラスだったんだけど、厄介な力でめっちゃ逃げ回ってた!でも警察側もめっちゃ凄かったぜ?テキパキ指示出しながら応戦してんの!確か、そこ仕切ってた警察の人が泉さんに似ていたような…。」
突然話の中に出てきて、盗み聞きをしていた俺はビクッと肩を震わせた。恐る恐る振り返ると、新人社員達がじっとこっちを見つめていた。俺は大体察しがついていたが、あえてこう答えた。
「へ?俺?俺がそんなところにいるわけないじゃんか〜!大体俺みたいな顔、結構いるだろ(笑)」
「そーですよねぇ!泉さん夜なんて大体残業してるか家で寝てるか、最悪病院で点滴打ってますもんね!!」
殺してやろうかてめぇ!!と、思わず過激な言葉が飛び出そうになったのを必死に堪え、俺は笑って誤魔化してディスクの上の書類の山とまた対面した。間違ったことは言われていない。大抵俺は死ぬほど残業してるか、家で死んだように寝てるか、死にかけて病院で点滴を打ってるかだ。先程諦めて努力も何もしていないような感じで話していたが、一応悔しくて努力はしているのだ。それが実らず、体が追いつかなくなってくるのが絶望なのだが。そうこうしているうちに他の社員は帰り、また俺だけが残業している。
「……そろそろ帰らないと、また終電で帰るハメになるな。あれ逃すと一時間以上歩いて帰らなきゃならなくなるし、ちょっと余裕持って出るか。仕事終わってないけど!」
そう独り言を元気よく言いながら俺は帰る支度を済ませてタイムカードを切った。外に出るとまだ街の灯りが眩しく輝いていて、夜にも関わらず明るかった。イチャつくカップルや酔っぱらいをすり抜け、酒屋の勧誘もペコペコと断りながら駅に向かう。いつもならこのまま駅に辿り着くか、終電間に合わずでトコトコと歩きはじめるかだった。だが、今日は不幸にも違った。
「おい、兄ちゃん。」
俺は見ず知らずの人に後ろから肩を掴まれた。その手の力はかなり強く、俺の肩はみしっと嫌な音を立てた。
「い、痛いなぁ…何なんだよあんたら?」
「俺のダチが兄ちゃん鞄当てられたって言うんだよ。謝りもしねぇで帰ろうなんて、いい度胸してんじゃねぇか。」
よく見ると俺の肩を掴む男の後ろに、仲間らしき二人のガタイのいい男がにやにやと笑っていた。典型的なパターンだ。
「い、いや、絶対当ててないし…俺本当に金持ってないから。缶コーヒー代ぐらいしかないから。」
「まぁそう言わずにさ。ちと裏で話しようや。」
そう言って男達は俺を薄暗い路地裏に引きずり込んでいった。いくら助けを呼んでも、この騒がしい街は俺の声など聞いてはくれなかった。
「や、やめろ!離せ!」
「暴れてねぇで、さっさと慰謝料寄こせ!!」
人気のない行き止まりのところまで俺を連れてくると、男達は乱暴に俺を放り投げ、本気で俺の顔を殴ってきた。ジムで鍛えたこともない俺は、一発殴られただけでも死にそうなぐらいダメージを喰らった。
「がっ!!」
俺は汚いゴミだらけの地面に倒れ込み、口の中に広がる慣れない血の味に顔をしかめた。休む暇も与えず、男達は俺の体に蹴りを何発も入れてきた。ここで財布を出せばいい話なのだろうが、さっきの話は本当の話で、なんなら缶コーヒーを買えるかも怪しいところだった。普段寄り道もしないし、終電を逃してもタクシーすら使わず歩く程だ。そんな財布を差し出せば、逆に殺される。どうすればこの状況を打開して生きて帰れるか、揺らぐ意識の中必死に考えている時だった。
「お兄さん方、弱い者いじめは良くないんじゃない?」
音楽をあまり聞かない俺でも、耳が癒されるような感覚を覚えるほど綺麗な青年の声が俺の上から聞こえてきた。当然俺の上には空しか無いことは揺らぐ意識の中でも理解していた。という事は青年は俺と男達を取り囲む建物の屋上から話しかけているということだ。
「んだおめぇ。邪魔すんな!」
「何上から見下ろしてくれてんだよ!舐めてんのかゴラ!」
男達が上に視線を変えた瞬間、俺は咄嗟に男達の足の間をくぐり抜けて逃げ出した。だがすぐに一人の男に捕まり、もう一発顔を殴られた。
「逃がすわけねぇだろ!大人しく寝てろや!」
そう言って男はぐったりしている俺の胸倉を掴んで更に拳を入れようと腕を振り上げた。もう死ぬと本気で思ったその時、俺と男の間に黒いものが落ちてきた。
「……人の話、ちゃんと聞けよ。」
その黒いものは、先程の声の持ち主だった。全身真っ黒な服を見に纏い頭にはフードを被っていた。青年は男が俺にもう一発拳を喰らわせる前に、膝蹴りを男の顔面に喰らわせた。
「ブッ!?」
男は派手に後ろに吹き飛び、先程俺が倒れたところに倒れた。一瞬の出来事に男達は動揺し、後ずさりしながら青年を睨んだ。
「て、てめぇ何してくれてやがる!?」
「い、生きて帰れると思うなよ!この糞ガキが!!」
「やっちまえ!!」
そう言うと男三人がまとめて青年に襲いかかってきた。明らかに体格は向こうの方が大きく、腕も足も細い青年が敵うはずも無かった。そう、青年が『普通』だったなら。
「…『LOCK』、解除。」
青年はそう呟くと、両腕を広げた。すると肘から袖の先まであるチャックがカチャリと音を立てて開き、日本人離れした白い肌に奇抜なタトゥーが入った細い腕が顕になった。
「『BLADE』、解放。」
その言葉に反応したのか、タトゥーは不気味に暗紅色の光を放ちながら蠢き、次第に腕から浮き出てきたと思えばサメのヒレのような形の刃物に変わった。その刃物も不気味な暗紅色の光を帯びていた。
「な、何だ!?どうなってやがる!?」
「て、てめぇまさか……!?」
男達が目を見開いて驚き、身を引こうとしたのも待たずに、青年はその刃物で一瞬にして男三人を倒してしまった。俺も一瞬の事過ぎてよく分からなかったが、血が出ていないところを見ると恐らく男達は切られてはおらず、ただ気絶しているだけのようだった。刃物に切れる刃がついているのか見ようと思えば見れたのだろうが、この時の俺はそれどころではなかった。
「怪我は、ない?…って見るからにあるか。病院か家まで送ろうか?」
そう言って青年は刃物を腕から出したまま手を差し出してきた。俺は助けてもらった礼も言わず、無言の悲鳴を上げながら手を振り払って逃げ出した。そこからどうやって帰ったのかも覚えていないが、気付いたら家のベッドで潜って寝ていた。
「……あ、これ出したまんまだった。」
青年は暫く俺が逃げ出した理由を考えたあと、ふとその事に気付いてクスッと一人で笑っていた。手を差し出された時にフードからちらっと見えた、これまた白いくせっ毛の髪に白く輝いていた瞳、その美しい顔立ちが、恐怖を押し退けて俺の頭から離れなかった。
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