陳腐な世界の片隅で
天邪鬼
プロローグ
ここは東京。高層ビルが立ち並び、夜をも感じさせないほど眩しく輝く世界。ここは様々な人間が集まって社会を作り出しているが、俺はその中でひっそりと生きる、所謂「普通」のサラリーマンだ。実家はそこそこ裕福で、父親も警察署長だ。俺の双子の弟もとても賢く、東大を卒業したあと刑事として活躍している。だが俺は特に才能もなく、頭も下の上、上の下と言ったところだ。父親の名が通っているお陰…いや、そのせいで大手企業に務めることになったものの、俺の実力では追いつけるはずもなく、今では営業で朝から晩まで駆け回っても殆ど成績をあげられない最悪な下っ端だ。仕事が終われば終電で父親に与えられた高級マンションの最上階に帰り、服も着替えずソファーに倒れ込んで寝る日々。何故父親がここまで俺に尽くしているのか、その理由も「自分の名を汚さないように」という至って「普通」なものだ。もう随分汚してしまっている気がするが、俺は別に「普通」なだけだ。父親も弟も優れていて、俺だけが「普通」だっただけ…この社会の中でも一応「普通」のサラリーマンをやっている。俺は典型的な生き方をしている。ドラマでもよく見る光景、名もないエキストラが主人公の後ろの方で写るか写らないか際どいところで演じているようなシーン、それが俺の生き方なのだ。そんなシーンを見ても、誰もそんなところ見ていない。「普通」過ぎていちいち見ない。だから俺も「普通」にその生活を繰り返すだけだった。誰にも気にされない、憧れもされない、だって俺は「普通」だから。だがそれを、「普通」を壊す一人の青年がいた。先程のドラマの例で言うならば、名もないサラリーマンAが路地裏で名もないチンピラA、B、Cに絡まれて絶体絶命のところを主人公がかっこよく登場する、といった感じだったが、彼はその「普通」のシーンをも破壊した。全身真っ黒の服装に、日本人離れした白い肌、髪、瞳。その青年の両腕から不気味に光を放って現れた名も分からぬ刃物が、俺の前に現れたかと思えば三人のチンピラを一瞬にして倒してしまった。そしてそれがまるで「普通」の事のように青年はニコリと笑い、俺に優しい声で語りかけてきたのだ。
「怪我は、ない?」
「普通」ではないその光景を目の当たりにした俺は、差し出された手も振り払って無我夢中でその場から逃げ出した。無我夢中で家に帰り、これが夢であれと願いながらベッドに潜り込んで夜を明かした。だがこれは俺の中の…いや、この世界の中の「普通」が壊れ始める前兆に過ぎなかった。そもそも、今までの「普通」は本当に「普通」だったのか、「普通」とは一体何なのか、それすらも今の俺には分からなくなった。
これは、「普通」に縛られていた俺、泉和彦と、「普通」に縛られない一人の青年の、「普通」の世界で起きた「普通」ではない物語だ。
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