第19話
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マコト・ヒロセの名前は、実を言うとキョウヤも知っていた。移植実験の最初の実験者。人造妖怪の製造者。チサの大先輩とも言える偉人。人と妖怪との区別もつかないような論文を発表し、社会から追放された狂人。そういう評価の人物だ。そのマコトが、未だに本部にいると聞いて、キョウヤの本部への不信感はかえって強くなった。勝つためには手段を選らばない姿勢に好感は持てるが、何事にも限度というものがある。彼がいなければ妖怪退治はジリ貧だった。不利なまま妖怪に支配されていた可能性もある。彼のおかげで、移植手術の確立と、その副産物――数多くの対妖怪兵器の開発――によって今の社会は築かれている。
全人類の内およそ一割が妖怪退治に何らかの形で関わっている。百年前までは現代のような事態に至るほどに妖怪たちが繁殖していなかったというのだから、平和だったのだと思う。科学のさらなる発達と、複数の世界大戦によって妖怪たちは増えた。人間たちをも上回るほどに。彼らが真に生物であると言えるのならば、支配者は彼らだ。怨念を食い、憎しみを啜り、生物の死を嗜む彼らは、死が多ければ多いほど増える。
「まぁ、だからヒロセ博士みたいなのが生まれるわけか……」
キョウヤは独り言をつぶやきながら、受付を目指す。この病院は本部に併設された病院で、妖怪退治人のためだけの病院だ。そのせいで、巨大でもある。ドクターの
マコトの論文に初めて触れたときの悪寒は、今になっても忘れ去ることができないでいる。
曰く、人類と妖怪はその起源を同一とする生命体である。彼らが争いを糧に成長するのであれば、有史以前から彼らは存在していなければならない。真実、彼らの王である魔王に会った者は妖怪退治人、幸福にも魔王から逃走することのできた妖怪退治人は皆、口を揃えて言うではないか。『彼の姿は見えずとも、宇宙よりも永い時を生き続けている生命であると感じた。そう表現する他に、あの恐怖を再現する手段を知らぬ』と。一言一句同じ言葉を。生後間もなく妖怪の呪いを受けた者も皆そう表現するのだから、妖怪たちは事実それほどに長い時を繁殖し続けていると考えるのは当然のことである。
「ふん、バカバカしい」
そろそろ受付が見えてくる。目的は、マコト・ヒロセに会うこと。そして、叶うのならば彼に何かしら罵詈雑言を浴びせるか、殴るかすること。キョウヤが信仰している言説――妖怪と人間は同居することができない――と、真っ向から対立することを唱える人間だからだ。容赦してやる道理はない。
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