第5話

自販機の前で夜風を浴びながら、キョウヤは缶コーヒーを飲む。ふと、妙な人影に気が付いた。まっすぐこちらに向かって歩いている。手ぶらで、髪の長い女性のようだ。最初はただの一般人だと思ったが、気配が幾分殺気立っている。ある程度距離が縮まり、服装が見える。どこも真っ黒な、細身のワンピースだ。プリーツがよく整えられている。同業者妖怪退治人かとも思ったが、顔を見て考えを改めた。緋色の目に、長い耳。近づく度にどんどん密度を増す殺気のプレッシャーに知らんぷりをして、飲み切ったコーヒーを啜る素振りをとった。

「私が妖怪だって分かっても、無視するのは妖怪退治人としてどうなのかしら?職務放棄なのではなくて?」

髪の長い女性――妖怪がキョウヤに話しかけてくる。細く、高い、高級な絹を思わせるような声だ。これだけの殺気を浴びながら目を覚まさないチサの度胸に苦笑いを浮かべながらキョウヤは応えた。

「時間外労働に励むほどの熱心さは今日は品切れなのさ。特に誰かに害を与えているわけでも、討伐指令が出ているわけでもない。もっと重要なことに、俺が手を出したところで返り討ちに合わないと断言できるほど腕に自信がないんだ」

非の打ちどころのない美人で、長期間に渡って滞在しているだろう妖怪。間違いなく、チサに移植したい相手である。だが、今の状況で攻めるべきではない。雰囲気や醸し出されている妖気は、今まで挑んだ中でも指折りの実力者であることを示している。このままやり過ごさなければ、今までの人生がパァになる。鈴を鳴らしたように笑いながら、女性はキョウヤに言った。

「いくじなし」

キョウヤは肩をすくめる。

「なんとでも言うがいいさ。俺は堅実に攻めることが大好きなんだ。勝負事なんてものは、車の中そこで熟睡してる最強の人類に任せればいい」

女性は、キョウヤのその言葉を聞いて声を上げて大笑いした。

「いくじなしなだけじゃなくて、相当な嘘つきなのね。……いいわ。一つ面白いことを教えてあげる。私ね、に会いに行くところなの。妖怪私たちの中で一番強くて、気高くて、二人の目的を叶えてくれる世界でたった一人の御方よ」

キョウヤも聞いたことがある。世界最強の妖怪で、彼らの王だと言う。言うことを従わない妖怪はおらず、数万年の時をずっと現世で生き続けているという話だ。チサが一番殺したい相手でもある。さらには、チサとキョウヤの街を焼いた犯人についても知っている可能性が非常に高い。

そして、魔王の真の姿は誰も知らない。ごく少数の、魔王の側近を除いては。

「本当はお土産に、ちょっと面白い人間の首級いのちを二つ持っていくつもりだったんだけど、女の方の余りのアホ面にちょっと興が削がれちゃったから、また後日にするわね」

そう言うと、女の妖怪はかき消すように姿を消してしまった。

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