第3話

帰るためにキョウヤの車に乗るや否や、チサは「疲れたから寝る」と言って、そのまま助手席で小さな寝息を立て始めてしまった。苦笑いしながら、キョウヤは武器と荷物を後部座席に適当に放り投げ、運転席に座ってエンジンをかける。首都行政区の二人の自宅から、ここまで片道四時間。現在時刻は深夜一時だから、着く頃には朝になる。着いてからまた仮眠をとったチサが妖怪退治の報告へ行き、キョウヤは夜通し起きていた分昼過ぎまで眠る。いつもの流れで、特に気にしていない。一度チサとキョウヤの役割を交換しようとしたことがあったのだが、チサの運転の凄まじさは予想を遥かに上回るものだった。仮眠を取れないし、運転が荒いことを告げると露骨にヘソを曲げて暴れまわった末に不貞寝。嵐をもたらす者ストーム・ブリンガーの二つ名通りのパワーとバイタリティを発揮したその件以来、二人の役割は交代しないことが決まりとなった。移動とサポートはキョウヤの担当で、戦闘と渉外担当はチサ。

(こうして穏やかに寝てる分には綺麗な顔だと思うんだけど、な)

口を開けば高飛車で、眼光は鋭く、慣れていない人間は必ず数歩たじろく。そんな彼女の『』の部分を隠せば今度は筆舌に尽くしがたく、近寄りがたいほどの美人になるのがチサという人間だ。180cm近い痩身も、烏の濡れ羽色の長い髪も、余計に迫力を増す結果になってしまう。華がある、と言えば聞こえは良いが、嵐そのものが人の形をしているようなものだ。それに加えて全身の大半が妖怪のものを移植して成立しているのだから、仕事上の付き合いはあっても、それ以上の付き合いがあった記憶がない。

(俺のことが好きだから手伝ってるんだ、なんて嘯いちゃいるが、実際のところは妖怪あいつらが憎くて憎くてしょうがないんだろうなぁ。年中眉間にしわ寄せて、口を開けば奴らを殺してやるって言って)

二人の故郷は妖怪たちに襲われた。その時の生き残りが、チサとキョウヤだ。他の住民は助からなかった。チサとキョウヤにしても、助かったとは言い難い。チサは人生を台無しにするほどのショックから未だに立ち直れておらず、キョウヤは。

深夜二時。キョウヤは顔をしかめた。この時間になると、決まって全身がひどく疼く。何年も変わらないから慣れてきたが、苦痛であることには変わらない。十五年。長い歳月だ。チサの体が妖怪と変わりないものになってしまうだけの時間がかかった。

それでも、キョウヤがあの時負った、命と引き換えの傷は癒えない。全身全てを妖怪に捧げ、その代わりに妖怪の継ぎ接ぎにされてしまったキョウヤの肉体は、本来の部位を一つも取り返せていないのだ。

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