第2話

キョウヤは息を吐いて首を横に振った。

「わかった。どうせ俺は千紗に口でも剣でも勝てないんだ。従うよ」

そう言いながら、キョウヤは浄化措置の準備を始める。右腰――剣の鞘の反対側――のポーチからいくつかの道具と、砂粒の入った容器を取り出して、獣に砂粒をかける。その動きを見ながら、チサは口を尖らせた。

「別にいいけど、その言い方なんかムカつく。不満があるならキッチリ言ってよ。聞くくらいはしてあげるわ」

キョウヤはしゃがみこんで、いぬにポーチから取り出したナイフで文様を刻んでいく。複雑な線と図形の組み合わせだが、慣れている様子で悩む様子も躊躇う様子もない。静かに刻みこみきって、携帯電話を取り出す。

「大したことじゃない。ただ、俺と千紗の二人で妖怪こいつらを根絶やしにしてやろうって誓いは、殺しや妖怪退治を楽しもうって話じゃなかったよなって確認がしたかっただけだよ。それと、まあ、もう一つ」

録音データの再生準備を済ませて、キョウヤは左手の袖をまくる。その左腕は、妖怪と同じ文様が刻まれており、いぬにキョウヤが刻んだものとは違って、赤く煌々と輝いていた。右手で、録音データを再生する。携帯電話から呪文が聞こえてくるのを確認してから、今度は左手でそっといぬに触れると、音もなく火が付き、煙もないまま灰にもならずに、いぬは消滅してしまった。袖を戻し、携帯電話をしまいながら、キョウヤは続ける。

「こうやって弱い妖怪を浄化をするよりは、強い妖怪の体を自分の体に移植つぎはぎして力をつけることの方が、千紗の利益になる。その利益は、確実に俺にとっても利益になる。そういう約束を忘れてヒーローごっこがしたいってんなら、ここでお別れだよなって話になりかねないってことだ」

「……分かってるわよ、そんなこと。言われなくたって、痛いくらいにね」

返事しながら、チサはかすかに自分の左腕をさする。今日退治したいぬよりも何倍も強い妖怪を殺して、その前足を移植した左腕だ。チサの本来の肉体は、ほとんど残っていない。強力な妖怪たちの継ぎ接ぎで成立している。その体の維持のためには、妖怪を殺し続けるしかない。そうしなければ、妖怪の死骸で成立しているチサの肉体が崩壊する。チサも携帯電話をしまって言った。

「……無駄話は終わり。帰って寝て、妖怪退治の報酬もらいましょ」

二人がきちんとした人間に戻るためには、妖怪退治継ぎ接ぎを重ねていって強くならなければいけない。同時に、妖怪退治勧善懲悪を通して生活費を稼ぎ、知名度を得て、強い妖怪に出会う機会を増やしていかなければいけない。チサとキョウヤは、この二つの中で、十五年生きてきた。

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