ツギ・ハ/ギ

留部このつき

第1話

闇夜に、一頭のいぬが吠える。わずかな星明りがあるだけで、視界は暗く、姿は分からない。街灯もないような街はずれの空き地だ。瓦礫を踏みしめながら、獣は正面に向かって、再度吠えた。

「オレハ、イッタイ、ナニモノダ」

獣の正面には、一組の人間の男女。若い、黒ずくめの日本人だ。二人とも、マントをつけており、腰には真っすぐで反りのない細い剣を携えている。男は左腰に、女は右腰に。女の方は獣の咆哮にビクともせず、男の方もわずかに眉をしかめるだけで、屈する様子はない。

「残念だけど、それに答えてくれる人はとっくの昔に死んでしまったわ」

女が、素っ気なく答える。表情は、よく見えない。

「さて、と。何か言い残したことが他にもあるかしら?」

剣を抜き、左手だけで構えて、宣言する。ちらりと覗いた女のマントの中は、縫い目だらけのパッチワークだった。肉体と、黒い服が一体化している。視界がもっとクリアであれば、両足のほつれや腹部や腰部のシミ――獣たちの返り血だ――も見えることだろう。

獣はわずかにあとずさりした。剣を構えた女は、一足で二者間の距離を詰め、そのまま獣の眉間を真っすぐ貫き通すだろう。女の宣言を聞いて、男も両手で剣を構えた。万事休す。

「シニタクナイ」

獣は祈るようにその言葉を口に出そうとするが、遅かった。言い終わる前に女は跳躍し、獣の眉間を貫き、剣を引き抜いて、首を切り落とし、返す刀で心臓部を切り上げた。一撃目で即死だったろうに、自分の攻撃がきちんと思い通りに実行されたことを確認して、女は冷たく言った。

「そんなこと、私だって一緒よ。誰だって『シニタクナイ』に決まっているわ。だから、強くないといけないの。妖怪あんたたち人間私たちも弱かったら死んでしまうのよ」

血を拭って、女は剣を納めた。男も、一部始終を見届けてから剣をしまう。

千紗チサ。わざわざ生まれてまもない妖怪を殺さなくてもよかったんじゃないか?」

女――チサは妖怪の死骸を足で小突きながら答えた。携帯電話を取り出して、フラッシュライトを起動させて。

「こんなのが町中に出たら大変でしょ。空き家を瓦礫にして、自分の暴力に勝手に酔いしれてくれている内にさっさととどめを刺さなきゃ。それとも香也キョウヤは強くなって手の付けようがなくなった妖怪を倒すのが趣味なの?」

チサに殺されたいぬがフラッシュライトに照らされるが、前足は鋸のような骨の突起がついており、後ろ脚には銃口のような円筒形の腫瘍――事実、成長すればここから体内で生成されたが飛び出す――がついている。腰骨も、本来あるべき犬のものからはかけ離れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る