第3話

 コウノミツキ。それが彼女の名前だ。彼女の家は父の家から車で十五分程度の高台にある。「お茶でも飲んでいきませんか」と彼女は僕を招き入れた。

 家の作りは父の家とよく似た日本家屋で、築年数は五十年を超えていそうだった。平屋で、四つほど部屋がある。客室の大きな窓からは、遠くに海を臨むことができた。

「ひとりで暮らしていらっしゃるんですか」

 不躾かと思いながらも、僕は尋ねた。この家が父の家に似ていると思ったのは、その造りに限ったことではない。広すぎる家を持て余しているような、そんな雰囲気が二つの家に共通していた。そしてその点に関しては、僕のアパートの部屋ともよく似ていた。

 玄関には、彼女のものと見られる靴しかなかったし、台所の食器類も家族で暮らしているとは思えないほどに少なく、部屋もいくつか物置にされているような印象だった。彼女は紅茶のカップを僕の前に置きながら、小さく頷いた。

「そうなんです。広すぎて困ってしまいます。もう慣れましたけど」

 彼女はそれ以上のことは何も言わなかった。僕もそれ以上は追求することなく、カップに手をつける。林檎の香りがするお茶を飲みながら、僕らはとりとめのない話をした。彼女はずっとこの町に住んでいること。僕はこの町で生まれて、今は市外で生活をしていること。

「それでは、普段はこちらにはいらっしゃらないんですね」

 彼女はカップを持ち上げる。取っ手に触れる爪先が、微かに桜色をしていることに気づく。濡れた紅色の唇が艶やかに光っていた。

「よく帰ってこられるんですか?」

 首を傾げて問う彼女に、僕は曖昧に首を振った。

「いえ、ほとんど……でも、これからは、たびたび帰ってこようと思っています」

 僕の答えに、彼女は少し首を傾げた。彼女の背後でレースのカーテンが揺れる。網戸越しに海と、町の景色が広がっていた。見知った風景だ。でももう、僕の帰りを待つ人はひとりもいない。僕は目を伏せ、父が先日亡くなったことと、遺品整理のために頻繁に実家を訪れるつもりであることを彼女に話した。彼女は目を伏せたまま僕の話を聞き、時折頷いた。

「ひとり残されるのは寂しいですね」

 彼女は消え入るような声で言う。僕は顔を上げ、彼女の顔を見た。そこにあったのは穏やかな微笑だった。けれどその目の深い黒色は、どうしようもない寂寥を湛えているように見えた。ミツキは一度ゆっくりとまばたきをしてから、改めて僕の顔を見た。

「もし、千歳さんさえ良ければいつでも遊びにいらしてください。わたしは概ね、家にいますから」

 彼女の申し出に、僕は大きく目を見開く。それから顔を伏せて少し笑い、

「それは、とても嬉しいです」

 と、応えた。

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