神様の言う通り

@nekonohige_37

神様の言う通り

 ネコソギがどんな奴かと問われたら、正直なところ僕には彼女という存在を上手く説明する事が出来無い。

 それは、単に彼女との接点が無かったり、彼女を簡潔に説明できるだけの文才が備わっていないとかでは無く、本当に一言で説明するのが難しいからだ。

 とはいえ、言葉ではうまく説明できないとは言っても、僕は彼女を良く知らない訳では無いのだけれど。

 ネコソギは自分の家の直ぐ傍にある神社に住んでおり、小さな頃の自分は良く彼女の元へ足繁く通い、何時もつまらなそうにしていた彼女と共に賽銭箱の裏に隠れ、参拝客がお金を放り込むのを観察するか、もしくは兄弟から借りた漫画本を読みふける、そんな毎日を過ごしていた。

 それからというもの、月日は経ち僕も彼女も高校生になった訳だが、不思議な事にたまたま同じ高校に通う様になり、つい先日僕は卒業式を終えた。

 「これ、一応いるよね?」

 「んー? あーそれかぁ、まぁ無けりゃ無くても良いんだけどね」

 「そんな事言ってると罰が落ちるぞ」

 「罰なんて落とさないよーだ」

 そんなやり取りをしつつ、僕は舌を伸ばしていたずらに挑発をするネコソギへ、昨日『元』担任から預かっていたそれを渡す。

 「卒業おめでとう」

 「それはこっちの台詞だとおもうんだけどなー」

 僕が手渡した黒い筒、その中に入っていた卒業証書を軽く一瞥すると、直ぐに興味が薄れたのか、彼女はベッド脇に設置された棚へと放り込み、いそいそと、何処か猫を思わせる仕草でリモコンへと手を伸ばし、小さなテレビの電源を入れた。

 何故学校の校長先生から直接では無く、唯の幼馴染である僕から卒業証書を手渡されたのか、それは彼女が身に纏った病衣と、彼女が寝転ぶ医療用ベッド、そして今現在僕が吸い込んでいる消毒液臭い空気が説明していた。

 今現在、ネコソギは絶賛入院中なのだ。

 しかも、丁度卒業式のある時間帯、つまらない事に彼女は手術台の上に寝かせられ、これまたつまらない盲腸という病の治療で寝かしつけられていた。

 結果、彼女は卒業式と言う大きなイベントに乗り遅れ、一人こうして古びた病院の一室で過ごしていた訳だが、そんな面白く無い出来事の渦中に飲まれている彼女は、柔らかそうな前髪を揺らし、何か楽しい事が無いかと話題を振る。

 「お仕事は何時から?」

 「4月から、そういやネコソギはこれからどうするの?」

 「私は神社があるから、ずっとこの町で過ごすよ」

 「ネコソギも大変だな」

 「そうかな? でもちょっと嬉しいんだよね、君だってこの町に残ってくれる、この町を好いてくれてるってのはね」

 自分の話題などそっちのけで、僕の目を見てそんな事を口走る彼女を見て僕は思わず言葉を無くす。

 僕はこの町を好いていて、だから県外にはいかずこの町で就職活動してくれたと勘違いしているみたいだけど、正直なところそれは間違いで、単純に僕にはやる事が無かった、これといって将来の夢も無かった。

 だから、僕はあえて冒険に飛び出さず、徐々にシャッターの灰色の比率が増える商店街が売りのこの小さな町に残ったのだ。

 地元が好きな訳ではない、ただ出ていくのが面倒だった。

 そんな僕の意地汚い本性に気がつかず、僕を見て凄いと喜んでいる、そう思うと少しだけ嫌な気持ちがした。

 「町に居るのはネコソギだってそうだろ?」

 「私はこの町から出る事が出来ないだけだから」

 小さく口走ったあと、僕は咄嗟にやってしまったと思った。

 確かに僕がこの町に居るのはただの惰性だ、だけど、彼女はそう思う事すら許されないのだ。

 地元を出る事すら許されない、本当はこんな町出てしまいたい、そう思ってたとしても彼女はここを出る事が出来ないのだ。

 それなのに、好き勝手な人生を送れる筈の僕はこうして将来を無駄にしている。

 胃の奥に氷の塊を落とされた様な、そんな気がした。

 「あ、そういやこの間持ってきた本はどうだった?」

 不意に暗く成りかけた会話の進路を、僕は無理矢理に捻じ曲げる為に話題を振る。

 僕が指さした先、そこには幾つかの漫画本が積まれていた。

 「あー、結構面白いねー。

 私さ、あんまりこういう本は読まないから結構新鮮だったよ」

 入院中と言うのはどうにも心が病みネガティブになりやすい。

 だけど、そんな大げさな心理面での問題よりも、もっと厄介な物がある。

 それが退屈だ、無味無臭の劇薬とも呼べるそんな状況は、時間の経過を遅くし、新しいストレスを湧きたてるのだ。

 だからこそ、比較的最近入院した事のある僕は、彼女が入院すると直ぐに暇つぶしになりそうな物を彼女へ預けたのだ。

 「でしょ? また今度お勧めな奴持ってくるな」

 「ありがとー、にしてもやっぱり経験者は違うね」

 「まぁあの時もなかなか暇だったからね、こういう差し入れが何かと役に立つ事は良く知ってるんだよ」

 そもそも、何故僕が入院した経験があるのかと言うと、説明は少しだけややこしくなる。

 「猫に教えてもらったのかな?」

 「結果的にはね」

 そう、僕が骨折した原因は、木の上から降りられなくなった猫が原因だ。

 とはいっても、木に登り僕が猫を助けようとして木から転げ落ち、利き腕の骨をぽっきりと折った、なんてかっこいい物では無く。

 そんな猫を見ておろおろしている僕に呆れたネコソギが、学校指定のジャージ姿のまま器用に木に登った事が原因だ。

 ネコソギはその気になれば直ぐに猫を助ける事が出来たと言うのに、良く判らない理由を言った彼女は、自ら木に登り猫を抱きかかえるという選択を選んだのだ。

 その結果、彼女は怯えた猫に手を引っ掻かれ、そのまま地面に向けてまっさかさまに落ちたのだ。

 肝心の猫はその事に驚き、ごく一瞬の間の空中浮遊をする彼女を横目に木を掛け下り。

 第三者だった筈の僕は、空から降ってきた彼女を受け止めようとして、彼女の鋭いヒップドロップを食らい利き腕を骨折。

 痛みに苦しみもだえる僕は、自重で友人が骨折をしたという女子としては至極恥ずかしい理由に半無きになる彼女に連れられ、病院へと担ぎ込まれたのだ。

 「でも、どうしてあの時奇跡起こさ無かったんだよ」

 「まぁねぇ、だって下手に奇跡なんて起こしたら不平等になっちゃうでしょ? 神様だって色々と面倒臭いんだから」

 そう、そんな存在なのだネコソギと言うのは。

 自分が持つ神様なんて言う特権を使わず、たった一人の人物として恩を仇で返す様な猫を助け、散々危険な目に会い、結果として無関係な人物を巻き込む。

 それでも一匹の猫が助かって良かった、そんな事を言って特徴的な八重歯を光らせて子供の様に笑う。

 そんな神様なのだ、ネコソギは。

 「だけどさ、正直どうして自分が神様に生まれたのか、そう言う事を考えたりしないのか?」

 「するよ、でも考えるだけやぼなのかなってね。

 だって、神様が悩んでたら皆が不安がるでしょ?」

 ネコソギはまだ手術の跡が痛むのか、少しだけ腰を丸めてからそう告げると、窓の傍に置かれた一輪挿しの花を見て小さく溜息をする。

 確かに彼女はとても若い神様だけど、彼女がこの町の神様である事には違いが無い。

 でも、そんな彼女の元へお見舞いに来たのは僕一人、この一輪挿しの花だって、この間僕が持ってきた物だ。

 「でも、だれもお見舞いに来てくれないのはちょっと考えちゃうけどね」

 「触らぬ神に祟り無し、って事かな?」

 「祟りなんてしないよ……私皆の事が大好きなのに」

 彼女は神様だ。

 神様だからその気になったら祟りの一つや二つ起こせるかも知れない、だけど僕は彼女がそんな事をしない事位良く知ってる。

 だからこそ、小さいころからこうして変わらず彼女と接してこれた。

 だけど、皆がみんなそうとは限らないのだ。

 「判ってるよ、ネコソギの事を悪く言うやついたらとっちめてやる」

 「ありがとう」

 冗談交じりでそんな事をぼやくと、ネコソギは小さく笑い手を伸ばし、不意に僕の額に当てて目を瞑った。

 「ん?」

 「動かないで、祝福してあげる」

 「そんな事していいのか? 神様なりのルールがあるんだろ?」

 「誰かが被害被るわけでも、運命を変える訳でもないし、そんなに大きな事はしないから大丈夫だよ――」

 そういって無理矢理な理由を言うと、病み上がりの神様は小さく深呼吸をしてからぶつぶつと何かを唱えた後、はっきりと聞こえる声を上げた。

 「――君に幸あれ」

 「幸ねぇ……なんか良い事でもあるの?」

 「それは秘密」

 一連の作業が終わったのだろう、ネコソギは小さく溜息をすると、若干ノイズ交じりで聞こえるテレビの音に耳を傾け始めた。

 「にしてもなんか喉渇いたな……ちょっとジュースを買ってくるけど、ネコソギは何か飲む? 驕る……というかお供えするけど」

 「お供えなんていいよ、自分の分だけ買ってきたら?」

 すぅっと目を細めてそんな事を言うネコソギの言葉に反抗できず、僕は小さく頷くと病室を後にして、病院の外にある自動販売機へと足を進める事にした。

 冗談交じりで言った言葉に、僕は少しだけ反省をした。

 彼女は神様だ。

 捕っても若い、そして風変わりな神様。

 何が風変りかって、彼女は神様なのに学校に行き将来の進路に悩み、しょうもない病気で入院して病衣姿のままテレビを見たりするのだ。

 自分の為に神社だってあるのに、決して威張る事もせずだれとも分け隔てなく会話して、それなのに町の人からは少しだけ白い目で見られる。

 ネコソギはそんな神様なのだ。

 何となく、上手くは説明出来ないけれど、僕はそんな曖昧な着地点で納得したら自動販売機に小銭を入れ、一番安い炭酸ジュースのボタンを押す。

 渇いた金属音が響き、受け取り口に吐き出された缶ジュースを手に取った時、不意に電子音が響いていた。

 「ん?……」

 今時の自動販売機にしては珍しく、当たり付きの機種だったのか。

 小さな液晶には7が3つ並んで点滅した後、録音されたこえで『もう一缶どうぞ』の声が響いた。

 確信は無い、だけどなんとなくそれはネコソギのおかげであり、彼女の悪巧みの結果だと思った僕は、小さく鼻を鳴らしてネコソギの分のジュースを選ぶのだった。

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