第13話 片方の靴下。

 華子は、クローゼットの奥に隠れるようにして、段ボールを整理していた。

「あ」

段ボールのなかに衣服の入った物を見つけそれを開けた。一着一着丁寧に出した衣類のなかに片っ方だけの靴下を見つけた。華子はそれを持ち上げて呟いた。

「創太さん......」

 両親が共働きの華子の家に入り浸っていた創太は、家族のような関係で、家に両親公認の創太専用の引き出しがあった。﹙数枚の服を除いた中身は、ビー玉や、パズルなど、遊ぶものばかりだった﹚

 創太は、片方がなくなった靴下を、捨てられなかった。いつも、そのうちに見つかるから、と笑いながら引き出しに丁寧にしまったものだった。

 突然、電話がなり、華子はびくりと肩を震わせた。あわてて走り受話器を取った。

「はい!もしもし?」

「華子ー!泊めてください」

声の主が、香織であったことに安らぎを覚えた。

「どうしたの?」

「帰りたくないのよー!」

叫ぶように言った声に思わず耳を遠ざけた。

「あなた、どこにいるのよ?」

「デパートのお手洗いよー!」

「そんなところで、叫んじゃダメでしょう?」

ぐずぐずと、しゃくりあげる声が聞こえて華子は思わず不安になった。

「ちょっと、あなたどうしたの?酔ってるの?」

「気持ち悪いのよ!」

香織は、小さな声で言った。

「合コンに誘われて、それで、彼氏いたことないんですか?とか言われて、送りますよとか」

要領を得ない香織の答えに戸惑いながらも大まかな話の流れを察した。

「あなたね、バカね。ほんとに、いつまでたっても子供みたいなあなたがそんなとこ行くべきじゃないのよ。迎えにいくからそこで、待ってなさい」

 デパートの三階の化粧室に香織はいた。

「酷いかっこ──」

目の前にしゃがみこむ香織のマスカラはどろどろで、頬に黒く涙のあとを作っていた。片方の靴はヒールが折れていて、髪の毛はグシャグシャだった。

「よく、その格好で街歩けたわね」

「知らないよ!そんなことは」

香織は、手で目をぬぐいながら言った。 

 帰りのタクシーで香織はぐずぐずとずっと泣いていた。

 華子は、ぐずぐずと泣く香織の声を聞きながら、彼女のことを、つまらないと、なじったことを思い出した。

香織は、あのときどんな風に思ったんだろう。

 鍵を開けて、香織を部屋にいると、部屋の温度が軽く三度は上がったような気がした。

「お湯張ったげるから、先にお風呂入ってきなさいよ」

香織を気遣って言うと香織は、布団は私が敷くと、慌てたように言った。

 ベランダでコーヒーを飲んでいると、がらがらと立て付けの悪い網戸が開く音がして香織が、顔の真っ黒な線をすっかり消し去って私の隣に並んだ。

「おかえりなさい」

「うん。ありがとう」

「ねぇ、華子、私、星野くんが好きかもしれない」

香織は、空に真っ直ぐと目を向けたままポツリと言った。 

「そうなの。いつから?」

反対する気力は浮かばなかった。

「私が、華子と星野くんが別れることを反対したのは、華子と星野くんが別れたら、私と星野くんとの関係がなくなっちゃうから」

寂しい声だと思った。

「アタックすればいいじゃない」 

フッた男に執着する女だと思われるのが嫌で、軽く言うように努めた。

「ダメよ。今の星野くん創太がいなくなったときの華子みたいだもん」

「私は、もう普通よ」

諦めの表情と共に同情するような目を向けた香織を安心させるように笑いかけた。

「もう、創太のことはなんとも思ってないの?」

香織は、ホッとしたようにこちらを向いた。

「ええ。創太さんは、相変わらず大切だけど、その上で恋をしたいと思ってるの」

にこりと微笑んで、まだ若いから、と茶化すように付け足した。

「まだ、若いから」

香織が反芻した。

「お風呂、入ってくるから。眠たかったら、先に寝てて」

 お風呂から上がると、まだ香織は起きていて、私を見上げていた。

「なによ?」

「なんていうか、怒らないの?合コン」

香織は、なんというか、子供なのだと思った。

「星野くんならともかく、私に怒る資格はないわよ」

香織は、ふぅん、と言うと、布団にもぐってしまった。


 香織を起こして、服を出していると、片方が足りない靴下を見つけた。

その他の段も探したが見つからず、捨てようと思ったが手が止まった。

「捨てないの?」

香織が眠そうな目を擦りながら近づいてきた。

手に持った片方の靴下を見つめて、創太のことを考えた。

「まぁ、いいわ。そのうちに見つかるから」

そう言って、片方だけの靴下を丁寧に二つに折って引き出しに仕舞い直した。

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