第3話 あの男。

 星野は、迷っていた。果たして、あのキスは、間違ってはいなかっただろうか。

 愛する女神に、プロポーズするにしては、少し不適切だったかもしれない。彼女は、スキンシップが嫌いだったから。

 スーツの似合う男、星野は、彼女をプラトニックラブこそが崇高なことであると信じている麗しの女神、ととっていたがために、先日してしまったキスについて思いを巡らせていたのであった。


 星野は、ベランダに出て携帯電話を握りしめると、ぐわっと首を上に向けた。目の前に、走るような雲の筋と、さっぱりとした水色の空が現れたことに、満足げに微笑むと、決意したように、携帯電話のロックを解除した。「もしもし、成瀬さんですか?俺は、星野と言います。ーーええ、はいーー華子さんの、恋人です」

星野は、部屋にはいると、後ろ手でベランダの網戸を閉めた。カラカラという安っぽい音が響く。

「華子が、なにか?」

「それが、相談したいことが......その、華子さんが、変なんです」

「......華子が変なのは昔からで、なにも今に始まったことではないでしょう」

冷たい声に、イライラしながら、星野は笑顔の印象を崩さないように努めた。

「俺は、華子さんがすきなんです」 

「おかしい華子が?」

「ええ。おかしい華子さんも、普通の華子さんも」

「両方なんて変よ」

「変なところも、普通なところも、全部含めて華子さんだから」

「そう」

星野は、電話口の氷のような女を殴りたいと思いつつも、気持ちを落ち着けるために、麗しの女神こと華子さんから貰ったヒヤシンスの花にそっと触れた。

 華子さんの、純真なハートを射止めるためにも、この女と連絡をとらなければならない。直感的にそう感じた。

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