第2話 パンプス
「あの子が心配でたまらないよ」
マスターの深いため息に私は顔をあげた。
「マスターも心配する事ってあるんだ」
マスターは、ふん、と鼻でわらった。
「それが、どういう笑いかは知りませんけど、私は、かわいそうなマスター、なんてしないからね」
私は、新聞を畳んだ。
「成瀬くん、君は、華子さんが雨の日に決まって履いてくる靴のことを知ってるかね?」
「あぁ、あの綺麗なパンプスーー緑と青みたいな色のやつよねーーそれが、どうかしたの?」
「あの靴は、うちの創太が生前、華子さんにプレゼントしたものでな」
「そうなの」
私は、華子の靴にとくべつ興味も沸かなかったから適当に流そうとした。
「あの子は、まだ、独り取り残されているんだろうなぁ」
マスターは、小さく呟くと、脚をくんだ。それを見て、私は、ひざを開いて座る創太をおもいだした。
「あなたと、創太はちっとも似てない」
「創太は、私よりも、真面目そうな顔をしていたかね」
人の良さそうなマスターのことを見ているのがつらくなってきて、私は、お札を机において、席を立った。
「今日は、帰ります」
家に帰ると私は、窓を開けて乾燥した空気を取り込むように、吸った。
「雨の色だって感じたの」
晴れの日に、青みたいな緑みたいな色のパンプスを見下ろして、うっとりとした表情で呟いた華子のことをおもいだした。
私のプレゼントしたネックレスには、そんな顔しなかったくせに。あんな、色がいいだけの、安いパンプスの何がいいんだか、そう思うと、なんだか、胸の隅っこがムカムカしてきて私はベッドにたおれこむようにして飛び込んだ。
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