転校生と魔女の家(9)

「サチ」

“魔女”が、スケッチブックに向かっていたサチを、呼びました。

「うん? 何?」

サチは、植物の絵に色を塗るのに夢中で、上の空です。

「サチ、聞いて欲しいのです。こちらを見て下さい」

“魔女”の声が、かすかに震えていることに気が付きました。

サチははっとして、“魔女”を見上げました。

“魔女”は、色の薄い目を真っ赤にしていました。

「どうしたの?!」

サチはびっくりして、スケッチブックを横に放り投げ、ダイニングの椅子から飛び降りました。

そして“魔女”の両手を、自分の両手でぎゅっと掴みました。

「どうしたの? 泣いてるの?」

こんな悲しそうな“魔女”を、見たことがありません。

サチは、胸がぎゅっと締め付けられるのを、感じました。


“魔女”は、時折にじんでくる涙を拭きながら、静かに話し始めました。

故郷から、手紙が来たこと。

たった一人の妹から、送られてきたこと。

手紙には、年老いた“魔女”の、うんと年老いたお母さんが、亡くなったという知らせが、書かれていたということ。

お葬式には、間に合わなかったということ。

つまり、最後のお別れも出来なかったということ……。


「私はね、サチ」

“魔女”が、一粒涙をこぼしました。

サチは、黙って“魔女”の言葉を待ちました。

“魔女”は、サチが余り見たことのない、眉間のしわをぐっと寄せて、顔をゆがめました。

「私のお母さんに、許してもらえなかったのだと思いました」

またぽろりと、涙がこぼれます。

サチは、色の薄い“魔女”のまつ毛から、涙がにじんでくるのを、じっと見ていました。

「お母さんは、私が日本に来ることに、反対しました。日本人と結婚することも、大反対でした。故郷で、お母さんのそばにいて、お母さんの気に入った人と結婚することを、望んでいたのです」

サチの手を握る“魔女”の手が、震えています。

「私も頑固ですから、お母さんの言うことを、聞きませんでした。結婚したことは間違いありませんでしたし、後悔もしたことはありません。でも……」

“魔女”は、言葉を切りました。

そしてふっと息を吐くと、こう言いました。




「死んでしまうまで、お母さんが私を憎んでくれていた方が、ずっとマシでした」

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