第43話

王都に最も近く、最も整備されていて安全なダンジョン、モーレイ鉱山。下級モンスターがほとんどであり、中級モンスターがごく稀に出る程度。上級モンスターは確認されず、それを超えるモンスターがいたと言おうものなら鼻で笑われるような訓練にもってこいなダンジョンである。


 その奥地にある、つい先ほどまでゴーレムが歩く音しかなかったような静謐な広場は、土煙が漂う瓦礫の山がいくつも出来上がっていた。元々は北と南が積もった土砂で埋まり、東と西が固い岩壁がそびえていたのだが、今は東の岩壁が無残に崩れ、土砂の仲間入りをしていた。




「ォォォォォオオオオオ・・・・・」




 そんな荒れ果てた谷底で瓦礫が崩れ落ちる音をかき消すように、ドスンと地響きを立ててナニカは歩いていた。いや、探していた。




(ドコダ・・・)




 ナニカはその器となったソレと同じように、ほぼ本能だけで動くことしかできない。所詮はカケラにもなれなかった塵の寄せ集めだ。その寄せ集めが、たまたまちょうどカケラの現れる場所にいた骨に寄生しているだけなのだ。




(ドコニイッタ・・・・・・マダチカクニイル・・・・・カケラ・・イキテイル・・・)




 だが、そんな寄せ集めでも、ナニカの秘める力はそんんじょそこらのモンスターなど相手にならないほど深く、大きい。そして、その力が告げているのだ。ここにカケラが二つと自分と同じようなカケラ未満の残滓があると。さらには、その残滓の方は今にも消えそうになっていることと、その代わりとでもいうように、二つのカケラの力が大きくなっているということを。




(コッチ、カ・・・・?)




 大きな反応のする方に、ナニカは一歩踏み出す。ドシンと重い音がして、パラパラと周りの土砂が崩れだしたが、気にせずもう一歩・・・・




「ゴォォオオオオオオ!?」




 踏み出そうとしたところで、鋭い刺激が体の奥から飛び出てきた。


 すでに痛覚などないのにも関わらず、ナニカは苦悶の声をあげる。




(・・・・・カエセ・・・・カラダ・・・・カ・・・セ・・・)




 刺激の正体はソレだ。ソレの体を奪ったナニカに、ソレは凄まじい恨みをぶつけているようだ。




「ガァァァァアアアアアアアアア!!!!」


(・・セ・・ォォ・・カエ・・オオォォォォ・・カ・)




 その声を振り払うように、自らも大きく咆哮を上げる。


 すると、奥底から湧き上がる恨み節もかすれて消えていった。




(・・・・カケラ・・・ハヤク・・・カケラ・・・)




 先ほどから、ソレが体を奪い返そうとしてくる間隔が短くなっている。元より、ソレが目覚めたばかりでろくに体の制御ができていなかったからこうして奪い取れたようなもので、コントロールを握っていられる時間はそんなに長くはない。だが、本来ならばもう少し長くこの体を使えるはずであった。




(アノ・・・カケラ・・・・)




 二つのカケラの内、やたらとうるさい方。あれが少し前に出した「大声」のせいで、寄せ集めにすぎないナニカが散らばって、薄まっているのだ。




(ハヤク・・・・ハヤク・・・)




 薄れいく自らをかき集めるようにナニカは前に進む。


 ナニカには、自分がカケラをどうやって手に入れるのかは分からない。カケラを覆っている肉を剥がせばいいのか、それとも肉ごとこのソレの体で飲み込む真似でもすればいいのか。さらに言えば、手に入れたらどうするのかもわかっていない。




(カケラ・・・カケラ・・・)




 だが、ナニカは決してカケラを集めようとすることをあきらめない。なぜそうするのかが分からなくとも関係ない。それこそが、道理を超えて本能に刻まれたナニカの存在意義なのだから。




(カケラ・・・カケラ・・・・・・・・・・カケラ!!)




 ナニカは思わず足を止めた。


 それまでおぼろげにしか分からなかったカケラの反応が、急に鮮明になったのだ。元々薄かった残滓の方は、もう何も残っていないようだ。




(カケラァァァアアアアア!!!!)


「ゴォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!」




 ナニカは前足を地に着けると、全力でカケラの方に走り出す。ドシンドシンと地面が揺れ、瓦礫が崩れだすが、知ったことではない。




「・・・ステップ!!」


「デュオ様、早く!! もうばれてます!!」




 突然、目の前の地面が盛り上がったと思うと、カケラが二つ飛び出してきた。ソレの体には目という器官がないし、相変わらずカケラは肉の鞘に納まっているようだが、それでもはっきりと分かった。早く、早くあの肉をそぎ落としてやりたい!!




閃光フラッシュ!! 土御手アースハンド!!」


「ガアアアアアアアアアアアアア!!?」




 カケラが目の前に出てきたのも突然であったが、その光もまた突然の出来事であった。今にもナニカが飛びかかろうとしたところで、あのうるさいカケラが何かしたかと思うと、ソレの体を突き刺すような光が広がったのだ。目のないナニカにはどうということはなくとも闇で覆われたソレには効果があったらしい。そして、ピリピリと染みるような刺激に怯んでいると、前足を何かがガッチリと掴んだ。




「今だ!! リーゼ!!」


「キュルァアアアアアアアアアアア!!」




 そんな何を言っているのか分からない雑音とともに風が吹くと、カケラが二つとも上に向かって離れていった。




(・・・・マテ、マテ!! マチヤガレェェェェェェエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!)


「ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




 これまでのすべてがそうだったように、ここでナニカがとった行動も本能からの行動、やってみたらできたというものだった。ナニカが欲しいものは、風だ。この身に吹き付ける風よりももっと大きな、上にいるカケラを叩き落とすための嵐だ。




「オオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオオ!!!!」




 ナニカはソレに生えている、今まで邪魔だとしか思っていなかった翼をはためかす。ナニカの執念を宿すかのようにどす黒い魔力をたぎらせた骨の翼が動くたびに、辺りの魔力が、大気がねじ曲がり・・・・・




「うわぁぁあああああ!?」


「キュアアアアアアアアアアア!?」




 黒い翼が翻り、昏き魔力が鱗粉のように舞い飛ぶ。


 ナニカの願いが通じたように、谷の上から荒れ狂った空気の流れが降りてきて、今にも大空に逃げそうだったカケラが落ちて来た。




「ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




 ナニカが一つ、咆哮を上げれば、体をチクチクと刺すような感覚も、足をつかんでいたモノもすぐさま吹き飛んでいった。




(ニガサナイ・・・・・ニガサナイ・・・・・・ゼッタイニ・・・・ニガスモノカァァアアアア!!!)


「ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」




 荒れ果てた谷底に、おぞましい叫びがこだました。










「クソッ、あと少しだったのに・・・・」




 僕は思わず舌打ちした。


 本当に、あと少しで谷の外に出れたのに、そこでいきなり風の塊がぶつかってきたのだ。過去の報告では、屍竜は街に飛来してきたらしいが、あんな大きな体を飛ばすのに、翼の力だけでなんとかなるハズがない。元が飛竜だったからなのかは分からないが、どうやら風属性も扱えるようだ。まったく、そんなことにも気が付かないなんて・・・・・




「デュオ様、そんなこと言ってる場合じゃないですよ!!」




 隣から、そんなに慣れ親しんでいない相棒の声が聞こえた。風の塊にぶつかって落ちるまでは確かに竜の姿だったのだが。




「リーゼ、今度は大丈夫?」


「はい。デュオ様のエンチャントもありますが・・・・やっぱり変化魔法にはこの姿が一番「耐性」があるみたいです」




 リーゼの方を見るが、あの屍竜の咆哮を聞いても先ほどのような異常は出ていないようだ。よかった、ここでさっきのように行動不能な状態になっていたら、それこそリーゼを置いて逃げなければならなかった。いや・・・・




「もう、逃げることすらできないか・・・・」




 僕らが入ってきた岩壁は、原型も残さず崩れていた。あれではあそこから脱出することはもちろん、ここに入ってくるのも不可能だろう。・・・・・・・つまり、リーゼを置いて逃げるという選択肢は完全になくなったということだ。こんな状況にも関わらず、僕は心のどこかでほっとしていた。




「デュオ様、来ます!!」


「ゴォォオオオオオ!!!」




 いけないいけない、集中しなくては!!


 僕は改めて屍竜の方を向いてから、しっかりと動きに目を凝らす。




「ガアアアアアアアアア!!!」


「はっ!!」




 僕らに向かって振り下ろされた爪を、地を蹴って大きく跳ぶことで回避する。


 僕は思いっきり地面を踏みしめてから右へ。リーゼは足に風を纏って左に動く。




「リーゼ!! プランBだ!!」


「はい!!」


「ガアアアアアァァァアアアアアアア!!?」




 屍竜が首を左右に振って、混乱したような声を上げる。


 それを聞き流し、僕らは走って、屍竜を挟んでお互いが反対側に来るように動き続ける。




「ゴォォオオオオオオオ!!!」


「っ!! 僕か!!」


「デュオ様っ!!」




 どちらを狙うか迷っていたような屍竜は、どうやら僕から始末することに決めたらしい。体ごと僕に向かって突っ込んでくる。




「ステップ!!」


「アース・ショット!!」




 リーゼをかばう必要がない今、むざむざあんな化け物の攻撃を喰らってやる必要はない。僕はもう一度地面を蹴って大きく跳び、ピッタリの間隔で足元に来たリーゼの土魔法も蹴ってさらに距離を稼ぐ!!




「ゴォォォオオオオオオオオ!!!」




 今度は壁の近くではなかったので、屍竜の突撃は地面を削り取るだけにとどまった。僕らの頭に砂やら石ころが飛んでくるが、魔力を溜めつつ気にせず走る。屍竜の尻尾の方にいたリーゼが屍竜の右側の翼に向かって走り、僕は左の翼を目指す。




「ガアアアアアアアア!!!」


「次はあたしか!!」




 お次の狙いは僕ではなく、リーゼだ。アンデッドに狙われやすいというのは密かな僕の取柄だったのだが、コイツは例外なのだろうか。




「ウィンド・ステップ!!」


「ショット!!」




 今度はさっきとは逆に、リーゼが跳んで、僕が援護する。


 僕は、縄跳びのように太い尻尾を跳んで避けたリーゼのすぐ下を狙い、魔法を破裂させる。勢いに乗ったリーゼは長いスカートを押さえつつ、空中で器用に一回転しながら着地。その間に、僕は左翼の方に到着した。人の姿のリーゼと一緒に戦うのは初めてだが、怖いくらい綺麗にタイミングを合わせられた。やっぱり、リーゼは僕の相棒だからだろうな・・・・それにしても、あんなに長いスカートで、動きにくくないのだろうか。




「パンツなら後でいくらでも見せてあげますから、スカート見るのに夢中にならないでくださいね!!」


「そこまでじっくり見てないよ!?」




 屍竜を挟んで、僕らは軽口をたたき合う。その間も、足を止めずに動き回り、魔力を高めておくのも忘れない。




「デュオ様!!」


「わかってる!!」




 屍竜が、僕の方を向いた。後ろ足で立ち上がり、前足を振り上げる。


 ・・・・・・確かに、プランAこと逃走作戦には失敗した。手に負えない化け物を前にして逃げ道はなく、いつ救援が来るのかも分からない絶望的な状況であることは間違いない。




「ゴォォォオオオオオオオオ!!!」


「よっと!!」


「アース・ショット!!」




 僕めがけて横なぎに来た爪をバックステップで避け、またまたピッタリやって来たリーゼの岩も蹴っておく。


・・・・・・だが、僕は、僕らはそれで終わらない。それでも絶望は不思議なほどにない。戦っている内に、絶望よりも恐怖よりも、高揚感がそれらを塗りつぶしていくのを感じる。その理由は・・・




「あたしの目の前で、これ以上デュオ様には手出しさせないよ!!」




 再びどちらを狙うか迷っているような屍竜に、相棒は啖呵を斬る。


・・・・・・どちらかが一方的に守るんじゃない。怪物との負けしか見えない一対一ではない。




「これまでとは違う・・・・今の僕らは、すごくしつこいよ?」




 僕は、相棒と一緒に戦っている。この戦いという名の悪あがきは、僕らと化け物の二対一なのだから。




「ゴォォオオオオオオオオオオ!!!!!」


「「負けるかぁあああああああああ!!!」」




 僕らのことが気に食わない!!とでもいうような屍竜のおぞましい叫びをかき消すように、僕とリーゼも腹の底から声を出した。














「プランBを決めましょう」




 かすかな赤い光と、白っぽく輝く靄が漂う穴の中、我が相棒にして、シークラント家使用人の孫はそう言った。




「プランB?」




 僕は魔力ポーションを飲みながら答える。これは、リーゼに預けていた鞄にあったもので、シークラントから持ってきた虎の子の一品である。




「はい。逃げる作戦をプランAとするのならば、それが失敗した場合にやる作戦です」


「そうか・・・・そうだね」




 時はつい先ほど、逃走経路について話し合った後、腹をくくろうと考えたすぐあとであった。


 リーゼの言うことはもっともだ。覚悟を決めるのは大事だが、きちんとやるべきことを考えておくのはもっと大事であるのは間違いない。かくいう僕も、方針くらいは考えてある。ここできちんと作戦会議をしておこう。




「まあ、逃げの一手だね」


「あたしは結局まだ戦ってませんけど・・・・・・そうなりますよね」




 非常に情けない限りだが、それが現実である。ただし、ここでいう逃げはその場から離脱するという意味ではなく、相手の攻撃をとにかく回避しまくって時間を稼ぐということだが。




「こちらから攻撃するのは魔力の無駄。 防御も・・・・今の状況じゃあ、1発が限界だね」




 アイツには、中級魔法を当ててもまるで効いているようには見えなかった。むしろ、こちらが攻撃のために動きを止めるせいでかえって危険である。


 一方の防御についても疑問だ。残っている宝珠は2個。内一つが回復魔法、もう一個が防御力強化。この二つを合わせればあの岩壁をぶち破る突進にも一発は耐えられるだろうが、そこで終わりだ。それ以上攻撃されたら持たないだろうし、ましてや、あのブレスの前では焼け石に水だろう。したがって、こちらがとれる手段は基本的に回避一択だ。




「リーゼは、避けるのには自信ある?」


「そうですね・・・純粋なスペックは下がりますけど、この姿なら小回りがききますから、なんとかなると思います。飛竜にせよ地竜にせよ、結構大きくなっちゃうので・・・」




 これまでの戦いでは、リーゼは基本的に攻撃される前に飛んで上から一方的に攻撃するか、硬い鱗を持つ地竜の姿でごり押しするかだった。それらに比べれば、上のような大して広くもない谷底の場合、なるべく小さな姿の方がいいだろう。




「それに・・・・この姿なら、あの声にも抵抗できるでしょうし」


「ああ、最初にやられたヤツか・・・・」




 穴から出て来た屍竜が放った、身も凍るような叫び声。あれを聞いた瞬間、リーゼが動けなくなったのだ。リーゼによれば、やはり、音圧による麻痺というよりも、恐怖フィアーのような精神に影響を与える効果を持っていたようだ。状態異常バッドステータスを与える一種の変化魔法なのだろう。僕がかからなかったのは、無意識に抵抗していたからだと考えられる。音を介した攻撃は、僕にはほぼ通用しない。




「この人の姿は、腕力とか属性への適性みたいなのはちょっと弱くなるんですけど、代わりに変化魔法に対してかなり耐性があるんです。竜の姿でも不意打ちでなければ耐えられるとは思いますけど、喰らってみた限り、この姿なら確実に抵抗レジストできます」


「そっか・・・ならそうしよう。一応僕もエンチャントはかけておくけど、さっきみたいになったらヤバイからね」




 もしも、もう一度リーゼが動けなくなったら、今度こそ見捨てるしかない。だが・・・・




「デュオ様、万が一、あたしが動けなくなったら、迷わず置いて行ってください。シークラントのためにもデュオ様は、ここで死んではいけません」




 リーゼが、まるで僕の心を読んだようにそんなことを言ってくる。もしかして、今も心が読めてるんじゃないだろうな? いや、顔に出てるだけか?




「・・・・・・それはリーゼも一緒だよ。お前がいなくなったら、一体誰がシークラントでパトロールするんだよ? 大体、リーゼがいなかったら、空に逃げられないし、坑道に行くルートだって多分残ってないんだ」




 いざとなれば、僕は家族リーゼを見捨てることができるのか?




 そんな疑問を打ち消すように冗談交じりにそう返す。


 こんな風に迷うこと自体、貴族としては失格で、父上が言ったように未熟で甘えているということなのだろう。だが、僕は・・・・・




「二人で一緒に生きて帰るんだ。そのことだけを考えよう・・・・・いいね?」


「・・・・・・・はい、デュオ様」




 僕は、そんなことをうやむやにして考えないようにする。リーゼは何か言いたそうだが、強引に意見を押し付けてやり過ごす。そんなことは、そのときに考えよう。自分の命が本当の本当に惜しくなれば、僕だって、きっと・・・・・




「とにかく!! プランBは僕とリーゼであの屍竜の動きを攪乱して避け続けるってことにしよう。目覚めたばかりだからなのかもしれないけど、アイツはそんなに早くない。あの咆哮に気を付けて、避けることだけ考えれば、時間稼ぎは十分できるはずだ」


「わかりました。なら、一緒に逃げるんじゃなくて、二手に分かれてどっちを攻撃するか迷わせましょう。デュオ様の言う通りなら、アイツはあたしも狙って来たみたいだし、どっちも囮になれると思います。それで、狙われなかった方がもう片方をサポートする感じで・・・・」




 僕のわざとらしいくらいの話題のすり替えについて特にツッコミをいれることなく、リーゼも乗ってきてくれた。・・・・・・本当に、人の姿になってもよくできた相棒だ。




「・・・・・そうなったら、そうして・・・・」


「・・・・なるほど、じゃあ、こうするのは・・・・・」




 それから、僕らは宝珠の靄がわずかに見える程度になるまで作戦会議を続けたのだった。










「今のところは、上手くいってるか・・・・」


「ゴォォォォオアアアアアアアア!!!」




 ところ変わって、荒れ果てた谷底。


 僕とリーゼは屍竜の攻撃を避け続けて、どうにかこうにか、大きなダメージを負わずに済んでいた。僕は生まれつき魔力が多い方だし、さっき魔力ポーションで回復もした。魔竜のリーゼも魔力は多いし、ここに来てから魔力を大量に使うようなことはしてなかったから、まだまだ魔力には余裕がある。魔力による身体強化もあるが、日々の訓練の賜物もあって、スタミナだって十分残っている。このままのペースなら、日が落ちるまで続けられるだろう。




「やっぱり、あんまり頭は良くないみたいですね・・・・っと!!」




 屍竜の噛みつきを横にステップを踏んで避けながらリーゼは言う。あの程度のスピードなら、僕のサポートは必要ない。そして、リーゼの言うように、あの屍竜は知能は低いようだ。さっきから屍竜を挟んで動き回る僕らに対し、特に有効な攻撃をしかけてくる気配はない。しかし・・・・




「・・・・・くそっ、まだ来ないのか!!」




 魔装騎士がやってくる気配もまた、ない。地図に書かれていない場所故か、魔竜のブレスで坑道が破壊されたせいか。この鉱山は魔力によって掘り進むのが難しいため、坑道が崩れた場合、復旧には時間がかかる。このままでは、一体いつまでかかることか・・・・




「・・・・・デュオ様!!」


「っ!? うわっ!?」




 気が付くと、すぐ近くに屍竜の尻尾が迫っていた。考え事に集中していたせいで、周りが見えなくなっていたみたいだ。




「ステップ!!」


「ウィンド・ショット!!」




 ステップで跳ねた僕に、リーゼの放った風魔法がぶち当たるが、その衝撃をあえて弱めず、僕はそのまま吹っ飛ばされる。




「ガァァァアアアアアアアアア!!!」




 屍竜の尻尾は、積み重なった土砂の山を砂煙に変えただけだった。


 これまでに幾度攻撃を外したか知れない屍竜は、苛立ちが限界に達したというような声を出す。




「もう!! ちゃんと集中してください!! 集中!!」


「ご、ごめん!! 助かったよ・・・」




 吹っ飛ばされた先で地面からの衝撃を利用して体勢を立て直すと、耳元にリーゼからお叱りの言葉が飛んできた。主の面目丸つぶれである。




「でも、確かに遅いですね・・・・・これは、もうあたしたちだけで動いた方がいいかもしれません」




 再び、耳元で声が聞こえる。これは、「メッセージ」という音魔法の効果だ。それが小さなつぶやきであれ、魔法がかかった相手の声を拾い、術者の耳元で拡大するというものだ。リーゼにも、僕の声が聞こえるように調整してかけてあり、さっきから僕らはこれで大声を出すことなく離れていても会話ができていた。




「・・・・・っていうと、リーゼ」


「はい、プランCです!!」




 僕は横なぎに振り払われた爪を避け、リーゼは後ろで揺れる尻尾から距離を取りつつ話し合う。


 プランC、それは・・・・




「わかった。 それじゃあ、ヤツをあっちの方に!! 最初は僕が行く!!」


「はい!!」




 プランAに失敗し、プランBでもジリ貧になりそうな場合の、博打である。


 それには、ただ避けるだけでなく、屍竜を誘導しなくてはならない。今僕らがいるのは元広場の真ん中あたりで、比較的瓦礫も少ないエリアだ。そこから二人が交互に囮になりつつ、移動するのだ。


 とりあえず、まずは僕が囮になろうと思い、ヤツの鼻先に出ようとしたのだが・・・・




「ォォォォォォォオオオオオオ・・・」


「っ!? なんだ?」




 僕は一旦そこで距離をとった。




「デュオ様?」


「待った!! なんか様子がおかしい!!」




 さっきまでせわしなく動き回っていた屍竜が、急に動きを止めた。不気味な唸り声だけがあたりに響く。


 ・・・・・・僕らが何かしようとしていることに気づいたのか? いや、ただ単にしびれを切らしただけか? コイツは、いきなり風魔法を使って見せたように、何をしでかすかわからないところがある。警戒するに越したことはない。


 僕はリーゼから少し離れた場所まで走ると、そこで呼吸を整える。




「・・・・・!? デュオ様っ!! あたしの近くへ!!」


「・・・これは」




 何かを感じ取ったリーゼが僕に警告すると同時に、僕もそれに気が付いた。




「風が、集まってる?」




 急ぎ足でリーゼの方に向かうが、リーゼからも近づいてくれたおかげですぐに合流できた。その間も、谷底に立ち込めていた砂煙が屍竜の元に向かっていく。いや、砂の舞う大気そのものがヤツに引き寄せられている。屍竜はいつの間にか、その翼を大きく広げていた。




「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」




 屍竜が再び咆哮を上げると、ゴウッと風が吹き、目も開けられないくらいの砂嵐が吹き荒れるが、すぐに止んだ。目を開けてみてみると・・・・・




「何だ、あれ!?」




 黒い靄が、屍竜を覆いつくしていた。否、あれは靄じゃない。ヤツの放つ闇属性魔力に染まった風の塊だ!!




高速変身クイック・シフト!!」


「ミド・クレスト!! ミド・ショック・エンチャント!! ミド・アブソ・シールド!!」




 リーゼが一瞬にして、人から地竜の姿に変わり、その鱗が硬化魔法で黒く染まっていく。そして、僕をかばうようにドスンと前に出た。僕も対抗するように、シルフィさんの宝珠を使い、防御力を高めてから、付与魔法を自分とリーゼにかける。さらに、リーゼと僕を覆うように衝撃を吸収する防御魔法も使う。




「リーゼ、腹くくって!! 耐えるよ!!」


「キュルル!!」




 これも作戦会議で決めたことだ。二人で攪乱していくといっても、広範囲を巻き込む技を使われては意味がない。だが、そういう技はあのブレスのように、撃つまでに多少の溜めがあるものだ。だから、それが使われそうならば、急いで合流して防御を固める!!




「ゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」




 屍竜の雄たけびと共に、今度こそ正真正銘の破壊の嵐が巻き起こった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マジメ騎士と響く声~~家出貴族、近衛騎士になる @dualhorn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ