第38話

 翌朝、僕は喧噪の中で目を覚ました。寝ぼけ眼で周りを見ると、テントを片付ける者、武器を磨く者、食事する者、さまざまな人たちが動いていた。


・・・そういえば、昨日の夜は幻霧の中にいかなかった。1週間ぶりだったが、特になんの夢も見なかったなあ・・・シルフィさん、寂しがってなきゃいいけど。


 寝ぼけた頭で、そんなことをふと思った。




「キュルル~」


「ふわぁぁぁ~・・・リーゼ、おはよう」




 声が聞こえて首を向けると、隣で体を丸めて寝ていた相棒も起きた。やはり眠そうな顔で、僕の方を見て鳴いた。長年の付き合いだから分かるが、これは「おはよう」と言っている鳴き声だ。




「よう、起きたか」


「あ、ロイさん、おはようございます」




 リーゼロッテの反対側を見ると、テントの中からロイさんが出てくるところだった。




「ふぅ、起きたばっかだけど腹減ったな。 せっかくだから屋台になんか食いに行かねぇか?」




 ゴギュルルルルと凄まじい腹の音を鳴らしているが、腹の中に何か別の生き物でも飼っているのだろうか。




「そうだね、僕も行くよ。 でも、ここの片付けはいいの?」


「あ~、そうだな。 飯食ったらここ出るつもりだし、後で戻って来るのも面倒だし、先に片付けちまうか・・・悪いけどちょっと手伝ってくんねぇか?」


「もちろん」




 そうして、僕とロイさんはテントを片付けるとリーゼロッテを伴って屋台のある方に向かうのだった。








「串焼き20本」


「あ、あんた、朝からそんなに食うのかい?」


「あの、僕は2本で・・・」




 そんなやり取りがあった後、僕たちは入り口の近くのスペースで朝食を取っていた。昨日も食べたパンに、オカズは買った串焼き、飲み物はせっかくなので売っていたジュースにした。リーゼロッテは昨日解体したトロールの肉にかじりついている最中だ。




「ロイさん、朝からよく食べるね・・・」


「そうか? まあ、俺はちょいと育ちが悪くてさ。食える時に食いだめしとくタイプなんだよ」




 バケツのような入れ物に、傘立ての傘のように刺さった大量の串焼きを入れてつまみながら僕らは話していた。とはいっても、試験関連のことは昨日の夜にあらかた話したから今は他愛のないことを話していた。




「そういやさ、デュオ、お前は何で騎士試験を受けたんだ?」


「え?」




 他愛のない話だから、話題なんてコロコロ変わる。気が付いたらそんな流れになっていた。


・・・まあ、答えを隠すほどの質問じゃあないな。




「そうだね、僕の故郷はかなり田舎なんだけど、魔装騎士を雇うのはお金がかかるから僕が魔装騎士になって割安で引き受けようかなって思ったからだよ」


「ふーん・・・」




 僕は正直に答えたが、ロイさんは僕の顔をじっと見つめていた。




「・・・何かおかしなところでもあったかな?」




 ロイさんはバカにしている様子ではないが、この話題は僕にとってはデリケートだ。思わず少し低めの声が出た。リーゼロッテがビクリと震えて肉を齧るのを止めていたが・・・




「ああ、悪い、俺も似たような理由だったから少し、な。 何もおかしいとこなんてねぇよ。」


「ロイさんも?」




 さっき、育ちが悪いと言っていたのが関係あるのか?




「俺はさ、スラムの出身なんだよ」


「スラムの?」




 スラムというのは王都の旧商店街付近にあるという貧民街だ。そこは事業などに失敗した人、モンスターに襲われて財産を失った人、はたまた脛に傷を持った怪しい連中が集まる場所だと聞いている。王城でもなんとかしようという動きはあるそうだが、今はモンスター対策で手一杯らしいというのは知識として知っている。




「そ。 魔装騎士ってのはまあ、国中のどんな立場にいるヤツらからも一目置かれる連中だからな。そこにスラム出身の俺が食い込めばあそこもちったあマシになるんじゃねぇのと思ってさ」


「そ、そうだったのか・・・」




 ロイさんにそんな理由があったなんて・・・と、内心驚きかつ感動していると、ロイさんはニヤリと笑った。




「っていうのは表向きの理由な」


「へ?」




 え? じゃあ、さっきのは嘘なのか?




「まあ、嘘ってほどでもないが、そんなにガチでもねぇな。そこそこそれなりにやれるだけのことはやってやるってくらいだ」


「それ、嘘とあんまり変わらないよね?」




 思わずじっとりとした視線を向けてしまうが、ロイさんは欠片も気にしてはいないようだ。




「それじゃあ、本当の理由は何なのさ」


「本当の理由ね・・・」




 僕がそう聞くと、ロイさんは軽薄な笑みを消して真剣な表情になった。




「賭け、だな」


「賭け?」




 サイコロのようなギャンブルのことでも言っているのかと思ったが、それにしてはあまりにも真面目な雰囲気だった。僕もつい生唾を飲み込んだ。




「そう、賭けさ。 俺は昔、俺の力をとある生意気なヤツに賭けるって約束しちまったんだよ。その賭けのための元手を集めてるのさ」


「賭けに元手って・・・・勝ったら何がもらえるの?」




 恐らく、ロイさんの言っていることは嘘ではないのだろうが、あまりにも抽象的だ。




「さあな?」


「はあ?」


「勝っても何がもらえるのか、俺にもわかんねーよ」


「何それ?」




 それじゃあ、結局何のために魔装騎士になるというんだ?


 珍しく少しイラッときた。僕はこの試験に全力で取り組んでいるが、ロイさんの答えは真面目に目標を持って挑戦している人を馬鹿にしているように聞こえる。




「ただ・・・・」


「え?」




 そこで、ロイさんは再び笑った。




「勝ったら・・・賭けに勝ったら、誰にも見たことがないくらい面白いことになるだろうな。 それこそ、この王都、いや、この国・・・違うな、この世界でも、誰も見たことがないくらいにな。 俺は、それが見たいんだ」


「・・・ロイさん」




 その顔に浮かぶ笑みはそれまでのどこか軽薄な笑みとは違って・・・まるでワクワクする子供のように楽し気な、物語の戦士が戦場に赴くときのように勇ましい笑みだった。




「さて、まあこの話題はここまでにしとこうや。 俺はそろそろ行くぜ?」


「あ、はい。 それじゃあ、ロイさんも・・・」




 それまでのどこか真剣な雰囲気をほぐすように、ロイさんは軽薄な笑みを浮かべてあっさりと話を打ち切った。つられて僕も、そろそろ行こうかと思い一言別れを告げようかと思ったのだが・・・




「ん?」


「なんだ?」




 廃坑に続く道が何やら騒がしくなった。


 僕とロイさんが振り向くと、人垣をかきわけて、鎧をまとった魔装騎士がボートを持ち上げるように人が乗った担架を運んでいるところだった。担架に乗せられている人は受験者だろうか。ここからでも分かるくらい血の臭いがした。




「ありゃあ・・・夜の間も休まず潜ってたやつだろうな。ペース配分をミスったか、手に負えねえくらいの群れにでもあたったか」


「そうだね・・・」




 鉄臭い臭いを醸しながら運ばれていく担架を見て、ロイさんがつぶやいた。


 この騎士試験は危険な試験だが、それでもなるべく死者が出ないように魔装騎士や騎士が密かに巡回しているらしい。しかし、それでも対処が間に合わなくなることはあるし、死人が1人も出なかった年は一度もない。




「・・・なあ、デュオ。お前は、俺たちが相当恵まれた立場にいるって自覚はあるか?」


「恵まれてる? ・・・・僕らが?」




 いきなり何を言い出すのか。ロイさんのことはよく知らないが、少なくとも僕は厄介な体質を持ってる上に音魔法以外使えない特化型である。体質のことは大っぴらには言えないけども。・・・いや、リーゼロッテのような賢い飛竜がいるのは確かにこれ以上なく恵まれていると言えるか。それに、格安で手に入れたトラップやらシルフィさんがくれた宝珠もあるし、そのあたりも。




「ああ、飛竜は間違いなくそうだろうが、道具やら装備はちげぇな。少なくとも俺らが持ってる道具なんかはそれなりに労力を割けば手に入れるのは簡単だし、気づかねぇヤツが情弱なだけだ。俺ら以上のモノ持ってるやつらもいるだろうし・・・・そうじゃなくて、もっと大本の部分だよ」


「もっと、大本?」




 なんだ? ロイさんの言わんとすることが分からない。




「・・・お前は昨日、オーガやらトロールをぶっ倒して、オーガロードからも逃げおおせたんだよな?」


「うん、そうだけど・・・」




 あのときは本当に死ぬかと思ったし、出し惜しみはしなかった。




「お前は確かに努力して実力をつけたからそんな風に立ち回れたんだろうが・・・普通のヤツっていうのはもっと弱いんだよ。少なくとも、昨日のお前と同じ状況になったら大抵のヤツはオーガロードが来る前におっちぬだろうな」


「それは・・・」




 確かに昨日のあのときはヤバかったし、中級モンスターが3体も同時にいたらかなりキツイというのは容易に想像できるけど・・・シークラントにいたころはトロールあたりが出てきたら一体につき複数の騎士で囲んで倒し、こちらの数が少ないときは一対一の戦いは挑まず、時間稼ぎに徹していた。2体、3体出たら言うに及ばず。それでも、熟練の騎士ならばなんとか倒してしまうこともあるが、それはしっかりと地道に鍛錬をして経験を積んでいたからだろう。モンスターの大量発生が起き始めたとき、自警団の再編成が行われたが、その中には武器を持つ手が、初めてゴブリンと戦ったときの僕のように震えていた人もいたし、緊張のせいか中級魔法の詠唱もろくにできず、オークどころかゴブリンを相手にするのも一苦労という人だっていた。一方の僕は、剣や盾の技量はジョージさんやレオルさんのようなちゃんとした師匠に教えてもらって年の割にそこそこ使えると言った具合だが、魔力はかなり多い方で実戦経験もそれなりだ。特化型ゆえに使えない魔法はあるが、威力そのものは高いから組み合わせて使えば昨日のように立ち回れる。




「何が言いたいかってぇとな、例えお前と同じように努力をしようが、才能どだいの部分で違ってりゃあどうしても頭打ちになるってこった。 今いる受験者の大半は自警団レベルに毛が生えた程度だろ? 剣の腕はたかが知れてるし、中級魔法だって2、3発撃つのが精いっぱいだろうし、それを当てても強いのは中々倒せねぇ。・・・俺たちみたいに、大した怪我もしねぇで中級モンスター倒して、「魔装騎士」になるなんて話してる時点で、贅沢もいいところなのさ」




 お前には竜がいるし、俺もまあ、いろいろとあるし・・・・と担架が運ばれた方を遠い目で見つめながら付け足した。




「・・・・・・」




 正直、体質のことでいろいろと面倒なことがあったから考えたこともなかったが、そう言われると僕はかなり恵まれているのだろう。レオルさんから「お前なら受かって当然」と言われるくらいに。ただ・・・




「なぜ、今そんな話を?」




 それでも、ロイさんがこんな話をする理由が分からなかった。




「さあな・・・さっき運ばれたヤツを見たらなんとなく言いたくなったんだよ。それで、お前が自分は不幸です、なんてことを言いやがったらこっそり嫌がらせの一つでもしてやろうかと思ったけど・・・」




 そこで、ロイさんは僕の方を見てニンマリと笑った。




「お前がいいやつでよかったぜ」




 ロイさんは目を丸くする僕の肩をたたくと、背を向けて出口の方に歩き出した。




「まあ、せっかく贅沢言える立場なら、人様から恨まれない程度に満喫しようぜ? じゃなきゃそういう巡り合わせにいるってのに、罰が当たるってもんだ・・・・んじゃ、 お互い、頑張ろうや」


「・・・はい!!」




 ロイさんに向かって一礼してから、僕も背を向けて坑道の方に歩き出した。僕が歩き出したのを見て、リーゼロッテも後に続く。




「そうだな・・・」




 ロイさんが言う通り、僕は確かに恵まれている。けど、宝の持ち腐れになるくらいならば、自分の目的のために役立てるべきだろう。・・・・・結局は、今まで通りにやればいいのだ。僕がなすべきことは変わらない。




「行こう、リーゼ」


「ガウ!!」




 僕らは頷きあうと、坑道の中に入っていった。


 騎士試験2日目にして最終日、僕にとっての運命の日が始まった。




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