第39話

 モーレイ鉱山は中級モンスターはあまり出現しないが、下級モンスターの発生率は国内随一と言われる。その理由としては諸説あるが、そこが竜骨霊道の直上にあり、魔鉱という形で魔力が残存するためだというのが最も有力な説だ。ではなぜ中級以上のモンスターが出てこないのかと言えば、その溜まった魔力を人間が掘り出しているからだとされる。古い記録では、ここが鉱山として利用される前はかなり強力なモンスターが多数生息していたらしい。まあ、何が言いたいかと言えば・・・




「昨日、だいぶ狩られたハズなのに、もうこんなにいるのか・・・」




 騎士試験の攻略目標となって1日経ったにも関わらず、ターゲットのモンスターたちが全く減っていないということだ。王都から飛竜でも4時間かかる鬼人の森と、交通網が整備され、移動手段が豊富に用意されているモーレイ鉱山とでは、先にここを攻略したいというのが普通だろう。事実、ロイさんいわく昨日はモンスターよりも人間の方がエンカウントした回数が上だったとのことだ。僕にはリーゼロッテがいたから足には困らなかったし、確保していた狩場もあったから鬼人の森から行ったが、大正解だったようだ。


 そして、今も僕以外の受験者がそこかしこにいるのを感じる。一日経った今日でもコレなのだから、昨日はさぞ獲物の奪い合いがあったに違いないだろうが、それでも今はモンスターの方が人間よりも多い。これも自然の恐ろしい力である。




「まあ、僕には好都合だけど」




 お題のモンスターの内、入り口近くにいたキラーバットはもう討伐してまるごと符見箱に突っ込んである。キラーバットは特殊な音波を出して障害物を避けながら飛ぶが、それ故にその音波を進行方向とは別の方向からぶつけてやると混乱して落っこちてしまうのだ。後はそこを槍でブスリとやれば終わりである。本来は素早く飛び回るコイツは広範囲の風属性魔法でなければ捉えるのは難しいのだが、僕からすればカモである。




「とりあえず、前行った奥まで行ってみるか」


「キュルル」




 さっきからこちらを、というかリーゼロッテをチラチラ見ている視線を多く感じるし、僕らのことを噂する声も聞こえてなんだかやりにくい。奥の方まで行けばモンスター狩りも邪魔されずはかどるだろうし。


 とりあえず今日の予定は奥を目指して進みながらモンスターを探し、奥に着いたらスライムを狩りまくる。そして、ロイさんに教えてもらった場所でゴーレムを倒し、空からリーゼロッテに乗って城門まで行くというコースだ。


 僕らは奥の方を目指して進み始めた。








「よっと」


「・・・・・!!」


「グルル」




 僕が槍を突き出すと、不気味な巨大キノコ、マタンゴは胞子を振りまきながら絶命して動かなくなった。


 胞子がこっちに飛んでくるが、どこか不満そうなリーゼロッテが息をフゥーと吹きだすと明後日の方向に飛び散っていった。




「使ってみると、槍って結構便利だな」




 僕は2メートル以上の長さにまで伸ばしていた槍を元通りの長さに戻す。


 歩いている間、スライムやマタンゴに散発的に襲われたが、スライムは一息にコアを抉り出し、マタンゴはさっきのように胞子がすぐには届かない場所から仕留め、飛んで来たらリーゼロッテに吹き飛ばしてもらう。特に、この槍は伸縮自在の術式がかかっているから中距離からの攻撃も簡単だ。そんなやり方で大した怪我もなく10体ほど倒した。




「・・・やっぱり、奥の方まで来ると人がいないな」




 今僕がいるのは前ジャイアントスライムと戦った広間の近くだ。


 ここまで来る間、途中までは他の人もたくさんいたのだが、その内会う人会う人が複数のモンスターを相手どっている状況になっていた。そのせいか、あまりモンスターと戦ってこなかったが、ここに来てたかられるのは僕の番になったらしい。




「お、また来るね」




 動かなくなったマタンゴに識別符を貼りつけると、丸ごと符見箱に回収する。キラーバットとマタンゴの回収素材はモンスター丸ごと、スライムやゴーレムは核のみだ。そうして素材を仕舞っていたら、ソナーにまた新しい反応があった。ゆっくりと地面を滑っているような感じからしてまたスライムだろう。




「フッ!」




 予想通り這いずってきたゼリー体は3体。とりあえず先頭にいた1体を串刺しにすると、酸の水たまりができた。そしてそこで止まらず仲良く横一列に並んでいる後方の2体に牽制をかける。




「インパクト」


「「・・・・!!」」




 衝撃波が当たったスライムはぶるぶる震えて動かなかくなった。その間に近づき、今度は槍を横なぎに振るうと、赤い核が中から弾き飛ばされて行った。




「! もう1体・・・」




 またまたソナーに反応アリ。小刻みに飛び跳ねるような反応から、これはマタンゴだろう。この場所はジメジメしていてスライムが沸きやすいが、そのスライムの粘液を利用するマタンゴも多く生息している。




「ショット!」




 「ステップ」と同じくすべての属性魔法ごとにある基本攻撃魔法「ショット」。共通するのは発動の速さとある一点に集中するタイプの攻撃魔法であることだ。しかし、音魔法の場合インパクトよりも射程は長いが、本来拡散する衝撃を一点に集める必要があるため若干のタメが必要で、着弾した後衝撃波が及ぶ範囲も狭い。しかし、マタンゴ1体だけならインパクトよりもこの魔法が向いている。・・・そういえば、前ブランク・ショットを撃ったのもこの辺りだったな。




「!!」




 狙ったのはどういう原理で動いているのか分からない軸の部分。目に見えない衝撃波の詰まった弾丸がぶち当たり、パンと乾いた音ともにその中身が解放される。軸の一部だけが虫食いのようになって吹っ飛び、バランスを崩したマタンゴが転倒した。




「えい」




 そこに、僕は魔力を注いで伸ばした槍を突きこむと、マタンゴはさっき倒した個体のように胞子を散らして死んだ。その胞子もリーゼは軽く風を起こして吹き飛ばす。


 マタンゴは攻撃を受けると胞子を散らす習性があるが、傘の部分を攻撃しなければ胞子が飛ぶまでには若干の猶予がある。範囲が少し広いインパクトでは傘の部分も巻き込んでしまい、転ばせて追撃しようにも胞子のせいで視界も悪くなる。まあ、弱点は傘と軸の付け根なのでどのみち胞子は出てくるのだけれども。




「よし、終わり・・・・って、またか」




 マタンゴに識別符を貼ると、また反応アリ。またまたスライムの団体様みたいだ。




「仕方がない、やるか・・・・・リーゼ?」


「グルアアアアア!!」




 リーゼロッテが吠えた。


 坑道に入ってからしばらく。素材が残らないという理由でマタンゴ相手でも得意のブレスを使えず、かといって武器だけで倒せる雑魚相手にリーゼロッテの魔法を使わせるのも勿体ない気がして待機させていたのだが、どうやらストレスが溜まっていたらしい。




「「「!!?」」」




 突如としてスライムの下の岩が揺れると、細い岩の柱が核を弾き飛ばした。今のリーゼロッテは地竜形態だ。そのため使える魔法は火属性と土属性の魔法となる。




「・・・ただ見てるだけってのも退屈だったよね、ごめんね、リーゼ」


「キュ!? キュルルル!!」




 「はっ!? ついやってしまいました!!」と言うように鳴いたが、まあ暇だったんだろうし別段怒るつもりもない。ただ・・・




「後から来る人の邪魔になるかもしれないから盛り上げた部分は元に戻しておいてね。僕は核を探してくるから」


「キュ、キュキュルルル・・」




 土属性の魔法の多くは地形を変えることができるのだが、通路で使う場合は元通りに直すのがモラルである。元からある岩やら土を利用する攻撃は魔力消費は少ないが、二度手間なので面倒くさがる人が多い。


「お手を煩わせてごめんなさい」と言っているようなリーゼロッテを尻目に、僕は吹き飛んだスライムの団体様の核を探すのだった。










 それから、スライムとマタンゴを狩り続けることしばらく、30体なんて余裕で倒した後、これ以上いても時間の無駄と思った僕らはその場を後にした。




「ジャイアントスライムがいたら倒したかったんだけどな」


「グルオゥゥ・・・」




 リーゼロッテも残念そうに唸った。あれからもスライムやマタンゴ相手に石礫を飛ばしたりして仕事をしてくれたのだが、やはり物足りないようだ。まったく、試験の始まる数日前に出くわしてしまったのが悔やまれる。まあ、あの核は高値で売れたからよかったと言えばそうなのだが。




「っと、ここなのかな?」




 地図を広げながら歩いていた僕らは、とうとう目的の場所にたどり着いた。ロイさんがウォーゴーレムと戦ったという場所だ。一見、何の変哲もない坑道の行き止まりなのだが、よくよく見ると壁や床がやけに平らな場所がいくつかある。きっと、ロイさんが戦った跡を直したのだろう。僕は坑道の壁に近づき、壁をコンコンと叩いた。




「うん、この向こうに空洞がある」




 音の伝わり方からして、壁の向こうは岩で埋まっているというわけではなさそうだ。


 10歳から音魔法に目覚めた僕は音に敏感だ。普段はうるさすぎるから意識して抑えているが、こういう場面では役に立つ。




「リーゼ、お願いできる?」


「ガウ!!」




 リーゼは短く吠えると、「任せておけ!!」と言わんばかりに嬉しそうに尻尾を振りながら壁のすぐそばまで来た。




「グルオオオ!!」




 リーゼが壁に向かって吠えると、硬い岩壁が不安定な水面のように波立って、窪みが出来ていった。そして、窪みはどんどん深くなっていき、やがて坑道の中に光が射し込んできた。無事にトンネル開通である。




「さーて、信じてますよ、ロイさん・・・・」




 僕らが奥の方に行ってからさらに人が増えたのか、ここまでくる間にほとんどモンスターには遭遇しなかった。出現する頻度が低いゴーレムなど、もちろん影も形も見えなかったのだ。ここで見つからなかったらかなり面倒なことになるだろう。




「じゃあ、行こうか」


「キュル!!」




 僕とリーゼロッテは身をかがめながら、坑道の外へと足を踏み出した。








(・・・・キコエル)




 ソレは、さっきから「声」を出している者が、ソレの目と鼻の先までやってきたのを直感的に理解した。




(・・・・コイ・・・・モット・・)




 もっとだ、もっと近くに来い。




(・・・・・アト、ホンノ・・・)




 もうすぐだ、もうすぐこの岩の牢獄から出れるようになる。また、かつてのように自由に空を飛ぶのだ。


 ソレは空っぽの体で夢想する。もうおぼろげにしか覚えていないが、かつての自分が謳歌していた確かな自由を。


 だから、早く来い。早くこの身に、もっと多くの力を注げ。そうすれば・・・




(・・・コロシテヤル)




 今まで煽ってくれた分、この身を焦がす闇を深めてくれた分、お前も闇の中に堕としてやる。




(ククク・・・クハハハハハ!!)




 もうすぐ手に入る自由と、忌まわしい者への甘美な復讐。


 ソレは久方ぶりに感じる喜悦に笑うのだった。

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