第36話
モンスターの中には特定の音を激しく嫌う性質を持つモノがいる。例えば変化の能力を持つナイトテイルは弓の弦を鳴らす音が大嫌いらしい。そして、モンスターの種類によって微妙に嫌う音は違っているらしいが、昔はそうした音を利用してモンスターを撃退していたこともあったようで、そこから発達したのが
ただし、大きな効果を出すためにはそれなりの時間その歌を聴かせなければならず、その音を苦手としないモンスターにはまったく効果がないし、聴覚の乏しいアンデッドやスライムのようなモンスターには無意味。別のモンスターをわざわざ呼び寄せてしまうことすらある。人間にとっても騒音であるため、四六時中流すわけにもいかず、今は廃れてしまっているといっていい。だが、それらは確かに記録として残っていた。
「グアアアア!?」
「ゴアアアア!?」
とても不快なモノを耳にしたとでも言うように、2体の鬼人は耳を押さえて後ずさった。
この窪地全体を対象に僕が全身から発している「鬼人ノ嘆き」はゴブリンやオークのような鬼人が共通して嫌う音を取り入れて作った曲で、僕のオリジナルだ。どうやら鬼人は何かが爆ぜる音が嫌いなようで、この曲にはそれに似た音をたくさん取り入れている。シークラントではゴブリンやオークはかなりたくさん相手にしたので練習の機会には困らなかったが、役立ってくれて何よりだ。
「どう? 僕の演奏は気に入った?」
反応を見る限り僕の魔法は成功であるが、逃げていく様子はなく、むしろ「早くこの音をどうにかしやがれこの野郎」と言うような目でこちらを見ている。どうやら効きすぎて敵愾心を煽っているようだ。
「それじゃ、行くよ!! ステップ!!」
呪歌を発動しているとき、あまり大きな音を出す魔法は使えないが、エンチャントや音を出さないステップ、魔技は使用できる。僕はトロールの足元に飛び込むと、震える剣で斬りつけた。
「グアアアアア!!」
さっき付けた傷跡を広げるように斬りつけたが、それが増々怒りに油を注いだのか、反撃の拳が飛んでくる。もっとも、大して早くもないからステップでひょいと避ける。
「ゴアアアアア!!」
そうこうしている内にオーガがすぐ近くまで来ていた。大柄なトロールを回り込んで、わざわざ僕の背後に忍び寄ってから、大地を強く蹴って獣のように飛びかかってくる。
「ステップ」
あんなのに殴られたら痛そうだし、これも回避。今度は身をかがめてトロールの股座を潜り抜けた。潜り抜ける際にトロールの太い足を斬りつけるのも忘れない。これでまた、トロールをオーガに対する壁にして・・・・・
「ゴオオオオオ!!!」
「グアアアアア!?」
僕に飛びかかるはずだったオーガは目標を見失い、代わりにトロールに体当たりをかますこととなった。
あの筋肉の塊から繰り出される突進をもろに受けたトロールが痛みに叫ぶ。
「ハッ!!」
お見合いよろしく向かい合っている熱い2体には申し訳ないが、お次はがら空きのトロールの背中に刃を走らせると、ドバッと血が噴き出した。
「グオオオ!?」
トロールが再び悲鳴を上げる中・・・
「ゴルアアアアアア!!!」
悲鳴を上げるトロールを押しのけてオーガが突っ込んできた。今度は拳を構えていて、パンチでくるみたいだ。
「よっと」
「ゴウウウウウウ!!!」
僕はその場で飛び跳ねて、トロールの肩を軽く蹴って大きく回避する。
攻撃を躱されたオーガは、もう一度トロールをどかして近づこうとしたが・・・・
「グアアアアアア!!!」
「ゴオオ!?」
不快な音を聞かされ続け、散々斬られ殴られの連続でとうとうプッツンしたのか「いい加減にしろ!!」というようにトロールがオーガに殴り掛かった。優れた筋肉で走って加速したエネルギーを破壊力に上乗せするオーガに対し、トロールは自身の重さを拳に乗せて放つ。つまり、密着した状態ではトロールの方が力比べに分があり、パンチを顔面に食らったオーガが背中から倒れた。
「ゴアアアアアア!!」
しかし、この鬼人の森で生きるオーガはトロールとほぼ互角。すぐに起き上がると、今度は離れた場所にいる僕ではなく、先ほどいいパンチをかましてくれた目の前のデカブツに殴り掛かる。
「グオオオオオ!!」
「ゴアアアアア!!」
そして始まる2体の殴り合い。これこそが僕の狙いの一つである。最大3体までというのも、攻撃を避けながらこの状態に持っていけるのが3体で限界という意味だ。
そして、この実力伯仲な2体の殴り合いは長引きそうだと思われるが、それはすぐに鎮静化する。
「グウウウ!?」
「ゴオオオ!?」
「ふぅ、やっと効いてきたか」
終わらない泥仕合になりそうだった2体は、力が抜けたように膝をついた。
ここで、僕の発していた鬼人ノ嘆きの効果が回ってきたようだ。
「どう? 力が出ないでしょ?」
鬼人ノ嘆きの効果、それは聴かせ続けることで鬼人に凄まじい倦怠感を与えるというモノだ。トロールやオーガならば、単体では魔技でさっさとケリをつけた方が早く終わるだろうが、複数相手ならコレがかなり有効だ。
「さて、今の内に・・・・」
「キュアアアアア!!」
ここまでで、鬼人ノ嘆きを発動してから40秒ほどだ。
剣を鞘に納めて、腰につけたポーチの中身を取り出そうとすると、リーゼロッテが警告の声を上げた。
新手が来たのだろう。
「急がなきゃ・・・」
あの声ならば、やってくる敵は1体のみ。そして、まだ猶予があるという合図だ。僕は準備を急ぐ。
窪地の内部では鬼人ノ嘆きはまだ発動したままだが、やってくる新手が人間の姿を見て帰ってくれるかは分からない。
「よし、これだ」
僕はポーチから目的のモノ、トニルさんから買ったトラップを取り出すと、一つを足元の土にねじ込み、もう一つをやっと動き始めた2体に投げつける。
「トラップ発動!!
「「ガアアアアアアアア!?」」
使い手の声と魔力に反応し、宝珠に刻まれた魔法が発動した。青い宝珠はその色が示すように粘りを帯びた水で構成された網となって2体に絡みつき、動きを奪う。
このトラップは本来1体のみが対象だが、まさに一石二鳥。鑑定してもらった通り、値段の割にトラップは期待以上にその役割を果たしてくれた。
「さあ、決めるよ!!」
僕は剣ではなく、縮めていた槍を手に取った。魔力を注いで伸ばすとともに、エンチャントをかける。
中級以上のモンスターはあまりダメージを受けていない状態なら、トラップや
「
「「ガギャアアアアアアアアア!!?」」
僕が渾身の力で突き出した槍は、オーガの喉を貫いて、トロールの胸に突き刺さる。だが、まだだ、まだ殺しきれてない。
「なら、もう一発・・・」
「キュルルルル!!」
「ゴアアアアアア!!!」
槍を引き抜いて今度こそとどめを刺そうとすると、リーゼの声が響くと同時に、窪地の縁から叫び声が聞こえた。見ると、新手のオーガがものすごい勢いでこちらに向かってくるところだった。
「チッ、けど・・・」
僕は槍を持ったままバックステップでさっき仕込みを終えた場所より少し後ろの地点に移動する。
「ほら、こっちだよ!!」
「ゴルオオオオオ!!」
僕の挑発するようなニュアンスがわかったのか、怒り心頭というような声を上げ、土煙を巻き起こしながら走ってくる。
さて、ここで豆知識だが、トラップの発動条件は2つあり、2つの内どちらか片方を満たすだけで発動する。1つはさっきの投網ネットのように登録した使用者の魔力が宝珠の中に流れること。そしてもう一つは・・・
「ゴアアア!?」
地面に埋まったトラップを踏みつけ、一定以上の衝撃を与えてしまったオーガが、雷に打たれたかのように立ち止まった。いや、今あのオーガの体には本当に雷のように電流が流れているのだ。とはいっても、このオーガはまだまだ元気だし、止めて置ける時間はあとわずかだろう。だが、邪魔者が入らないならそのわずかな時間で十分だ。
「
「ガフッ!?」
リーチの長い槍の穂先が飛び込むのは、何が起きたのか分からないと言っているようにあんぐりと開いた口の中だ。オーガは2メートル以上の背丈があるが、棒立ちの状態なら簡単に突っ込むことができた。
「オ・ア・・ガア・・」
口の中に入ってもなお震え続ける槍は、頭蓋骨を突き抜けて何も守るモノのない脳髄を蹂躙した。
同時に、トラップの効果が終了し、息絶えたオーガはドスンと地に伏した。
「本当に便利だな、コレ・・・トニルさんの店はこれからも贔屓にしよう」
ほんの数秒とはいえ、オーガの動きを止めたのは、
しかし、さっきの
「まあとりあえず、これで終わりっと」
さっきの一撃が致命傷になってろくな抵抗ができないのか、まだ
「さて、回収しなきゃ」
1分は過ぎてしまったが、ターゲットをすべて討伐したし、とりあえずひと段落着いた。
識別符と符見箱を取り出し、首を斬りとろうと死体のそばで屈みこんだ、そのときだった。
「!? グオオオオオオウ!!?」
「え、何!?」
リーゼロッテが今まで聞いたこともないくらい焦った声を上げながら降りてくると同時に、少し遠くの方からボキバキ、ドシーンという音が聞こえて・・・・いや、とんでもないスピードで音が近づいてきてる!?
「キュルルル!! キュルルル!!」
「ちょ、ちょっと待って、これを回収してから・・!!」
「早く乗って!!」と言わんばかりにリーゼロッテが鳴いているが、魔装騎士になるためのキーアイテムにして、貴重なトラップを使ってまで倒した獲物を置いていくのではここまで来た意味がない。僕は急いで死体に投げつけるように識別符を貼ると、解体せずに丸ごと符見箱に収納した。容量ギリギリだったが、なんとか収まってくれたようだ。だが、木々がなぎ倒される音はもうすぐそこまで迫っていた。音とともに、この身がひしゃげるんじゃないかと思えるくらいのプレッシャーが近づいてくるのを感じる。
「っ!! これでも喰らえ!!」
プレッシャーをこらえて、せめてもの足止めにと、僕がトラップと一緒に入れておいたあるアイテムを音のする方に投げつけるのと、窪地の境目にあった木が吹っ飛んでいったのは同時だった。何かにぶち当たった球状のソレはパンという音とともに割れて・・・
「ヌオオオオオオ!?」
見るからに汚らしい茶色い煙が噴き出すと、近づいてきていたナニカが驚く声がした。
「リーゼ、飛んで!!」
「キュアアアア!!」
ナニカが驚いて足を止めた瞬間、僕が全身全霊を振り絞ってリーゼロッテの背に飛び込むと、すぐさま我が相棒は風を起こして、黒とオレンジが混ざった空に飛びあがった。リーゼロッテの起こした風で、僕の投げたアイテム、鼻が曲がるほどの悪臭を放つ臭煙幕の煙が吹き飛んでいき・・・・・・
ズドン!!!
「うわああああああ!!?」
「キュルアアアアア!!?」
リーゼロッテの頑張りのおかげか、すでにかなりの高度にいたにも関わらず、揺れた。
煙がなくなった後の窪地から、今度は濛々と砂煙が上がっている。
「おのれぇぇぇぇぇぃぃぃい!!」
しかし、ソレが放つ咆哮でその砂煙も晴れていき、ソレの姿がチラリと見えた。大きさはさっき戦ったオーガよりも一回り大きいくらいだろうか。体色は夜の闇がそこだけ早くやってきたかのような漆黒で、形は遠目からだがオーガに似ているかもしれない。だが、そんな外見のことよりも、距離が離れていても分かるくらい濃密な魔力と闘気でソレが何なのか分かった。
「あれが、鬼人の森の王、オーガロードか・・・・」
「キュルルル・・・」
砂煙が完全に晴れ、さっきよりも二回りは広くなり、スープ皿からすり鉢くらいの深さになった窪地の中央で、仁王立ちしている姿はまさに王者ともいうべき貫禄があった。こちらを見ているようだが、岩でも投げつけられたら堪らないのでリーゼロッテにさらに急がせる。相棒もよく理解しているのか、風魔法まで使って全力で距離を稼いだ結果、すぐにあの森の窪地は見えなくなった。
「はあああああああ~、助かった~!!」
「キュオオオオオ~!!」
肌にビリビリ感じていたプレッシャーもなくなり、気が付いたら鬼人の森の外縁部まで来ていたという辺りになって、ようやく僕とリーゼロッテは安堵のため息をついた。
「まったく、オーガロードが人的被害を起こしたことないとか嘘だろ・・・・とりあえず、今度ロイさんに会ったらお礼を、いや、美味しい料理を奢ろう」
その料理の店の場所は教えてもらうことになりそうだが。とにかく、試験のターゲットにせよ、さっきのオーガロードにせよ、ロイさんから教えてもらった店で買った物がなければどうなっていたか。というか、オーガロードについては一体何だったのか。逃げられるぐらいなら殺すという感じだったのだろうか。
「あんな化け物、魔装があっても勝てる気しないよ。 そりゃ、魔装騎士が見逃されるわけだ」
直に見て初めて分かった。あのモンスターはただのヒトが勝てる生き物じゃない。拳の一発で地形を易々と変えるなんて天災みたいなものではないか。本人は闘いをひたすらに求めているらしいが、果たしてアレを満足させる相手が現れるのだろうか。そして、あの警戒心の高いトロールや土の下に隠れていたオーガはオーガロードから逃げていたのだろう。なんで今日になってアレが暴れていたのかは分からないけど。
「まあ、いいや。 とりあえず、これで試験は半分、いやほとんどクリアか」
試験で挑むダンジョンは鬼人の森とモーレイ鉱山だが、難易度が高いのは明らかに鬼人の森である。モーレイ鉱山は数こそ多いが、中級モンスターはあまり出現せず、僕の音魔法で探索は容易。一方の鬼人の森はトロールやオーガがゴロゴロいる上にアンデッドも多く、極めつけにさっきのアレである。だからこそ、わざわざ数日前から拠点になる場所を見つけて掃除をし、真っ先に攻略したのだ。この評価は間違いなく真っ当なモノだろう。
「買った道具もそこまで使わなかったしな・・」
今日使った道具は、強化ポーション2本に、消臭ポーションと臭煙幕、
「でも、まだ終わってないし、油断はできないか・・」
先日出くわしたジャイアントスライムのように、明日ももしかしたら厄介なモンスターが出てくるかもしれない。
「ん? アレ、王都か・・」
ふと下を見ると、僕らはとっくに森を抜けて王都と鬼人の森の間にある草原の上を飛んでいた。もう辺りは夜の闇に包まれていて、遠くからでも王都の明かりが良く見えた。こんなところからも明るいのが分かる都市など、この国でも王都くらいなものだろう。
「シルフィさん、今日はどうしてるのかな」
僕は下手したら死んでいたかもしれないが、シルフィさんはどうしていたのだろう。今日は王都に寄る予定はないが、また、本を読み漁っていたのかな。
「試験が終わったら挨拶しに・・・」
「グルアアアアアアア!!」
「うおおお!? ちょっ、待っ!?」
突然リーゼロッテが宙返りやら錐もみ降下やら登り昇竜をやり始め、視界がグラグラした。
「ごめんごめん、頼むから止まってって、明日もまだあるんだから」
「グルル・・」
僕が頼み込むと、渋々と言った具合に元のように飛び始めた。
・・・・・確かに、試験の途中で終わった後に誰かに会いに行くとか言うのは死亡フラグかもなあ。
そんな下らない事を考えながら、僕とリーゼロッテは王都を素通りし、夜のモーレイ鉱山に到着したのだった。
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