第26話

 突然だが、我が愛竜、リーゼロッテ・フォン・シークラントはとても頼りになる相棒である。年齢は不明。種類も不明。飛竜のような姿と翼を畳んだ地竜のような姿を持つため、変化魔法を先天的に有する純粋な竜種だと思われる。どの姿でも炎のブレスを扱えるが、飛竜形態では風、地竜形態では地属性の魔法も扱えるようになる。ちなみに名前の通り立派な雌だ。


 頭がよく人語を理解し、ジェスチャーで意思疎通も可能で、シークラント家の一員として領民に存在が知られている。母さんが西の村までおつかいを頼んだ時も何の問題もなくこなして見せた。ジョージさんが草むしりをしているときに表面の草だけ綺麗に焼いたこともある。ヘレナさんが重い荷物を持っているときには率先して咥えに行ったこともある。そして、なにより、腐っても貴族な僕の護衛役でもあり、モンスター討伐や剣や魔法の訓練で外に行くときには必ず付いてきてくれた。


 僕がリーゼロッテに助けられたことは数えきれない。ゴブリンゾンビに囲まれたときに群れを丸ごと焼き払ってくれたこともあれば、森でオーガに遭遇したときには急いで僕を口にくわえて飛んでくれた。僕の体質はモンスターに見つかりやすいが、普通の下級モンスターは竜がいるだけで逃げてくれるから、ただそこにいるだけでも僕は相棒に守られているのだ。そんな風に助けられる関係がもう7年になるが、初めて会ったときに助けられたのはリーゼロッテの方であり、僕が初めてこの体質に感謝したときでもある。








「今日はあんまりモンスターがいないな・・・」




 剣と盾を持ち、先日作ってもらったばかりの皮鎧を着た僕は森の中を歩いていた。背中には、ポーションなどが入った鞄も背負っている。




「森の中にまで入ってるんだけどな・・・」




 僕が歩いているのはシークラント中央のシレスと北の村のノストとの間にある森だ。ノストはシンクレットの中でも狩猟が盛んで家畜もたくさんおり、村の名産はもちろん肉だ。周りを森に囲まれていて、シレスとつながる街道も半ばほどから森の中に入る。今僕が歩いているのも街道から少し離れた場所だ。


 レオルさんにいろいろと教わってから早1年、僕が11歳になったり、レオルさんとジョージさんの心優しい指導という名のしごきで魔技や中級魔法が使えるようになっていたが、そんなことよりも大きな変化が起きていた。




「つい最近は町の近くまで群れが来たのに・・」




 そう、モンスターの大量発生である。原因は不明だが、どうやら国全体で霊脈が活性化しているらしく、しばらく前に地震が何度か起きた後からモンスターが湧きだすようになったのだ。モンスターの少ないシークラントでもこれまでにちらほらとゴブリンの群れが現れることはあったが、ここ最近は著しい。この間はゴブリンの群れとオークが何体か町の近くに現れたのだ。そのときは町の男衆を集めた自警団とジョージさんが迎え撃ち、群れを率いていたオークをジョージさんが斬り殺して撃退したのだ。僕も一応討伐に参加したのだが、なぜかモンスターが僕の方に向かってきたのでジョージさんお得意の範囲地属性魔法と、僕が全力で撃ったクライ・インパクトがクリーンヒットし、群れ全体にも大ダメージを与えて大きく混乱させた。しかし、数頭の討ち漏らしも出てしまったのでこうして探しているのだが・・・




「見つからない・・」




 おかしい、いつもはなぜだか分からないけど、外を歩いているとすぐにモンスターが寄ってくるのだが。確かに群れを撃退したことでこのあたりのモンスターの数は減っているはずだが、それでも完全に駆逐できたのならば苦労はしない。いつもならもう出会ってもおかしくないくらいの時間は費やしているが、それでも見つからない。




「参ったな、あんまり遅くなるとバレるかも」




 今の時刻は昼の3時ほど、我が家の門限は夕方6時までだ。当然ながら一人でモンスターを倒しに行くなどと言えるはずもなく、みんなにはその辺に遊びに行くとしか言ってない。もしも父上に知られたらどんなことになるか想像もしたくない。


 そんな風に父上のことを考えていると・・・




「ケケケ・・・」


「クカカカ・・・」


「げ」




 ガサリと繁みをかき分けて現れたのはスケルトンだ。背丈が僕と同じくらいしかないところを見ると元はゴブリンだろう。数は二体。




「探しているのは生きているヤツで、死んでいるのはお呼びじゃないんだけどな」




 ゴブリンは繁殖力が強く、放っておくとすぐに数が増える。だから、数が少ないうちにできるだけ討伐しようと思ったのだが・・・子供を増やすも何もないスケルトンなど相手をするだけ無駄である。




「にしても、こんな街道の近くで出るなんて・・・・インパクト!!」


「クカっ!?」




 とりあえず近い方のスケルトンに魔法を当てると、スケルトンはバラバラになった。僕が外に行くとやたらとスケルトンやらゾンビやらに出くわすのでジョージさんが教えてくれたのだが、スケルトンはメイスのような打撃攻撃に弱く、音魔法は相性がいいそうだ。それから魔法の練習台もかねてスケルトンを狩りまくったのだが、町の近くや街道沿いで出てくるアンデッドは大体討伐してしまった。元々街道の近くにある死骸は疫病予防のために定期的に回収して燃やしているため、こういった場所ではアンデッドはほとんど出ないのだが。




「ケケェー!!」


「んっ!」




 僕が魔法を撃っていると、もう一体のスケルトンが猛ダッシュで突っ込んできた。余計な肉がついていない分、スケルトンは早い。筋肉もなくなっているはずなのにどういう理屈なのだろうか。そのまま食らったら痛そうなので盾で受ける。




「お返しっ!」


「クォ!?」




 盾に伝わってきた衝撃を強化して跳ね返すと、このスケルトンもただの骨の山になった。こうした特別な構えや詠唱などもいらない技は下級魔法を使った魔技の練習のための前段階だが、ただのスケルトン相手なら魔技など使う必要はない。ともかく、これで2体の動く骨は二度と動くことはないだろう。




「こっちにいるのかな」




 スケルトンを倒し終えた僕は、奴らがやってきた方を見た。繁みの先は薄暗い森に続いている。どのみちこれ以上のアテはないのだし、こっちに進んでもいいだろう。




「よし、行くか」




 僕は繁みをかき分けて、森の奥へと足を進めた。












 そんなこんなで森の奥に向かって1時間。




「うわわわわわわ!!!」


「「「「「「キキー!!」」」」」




 僕はゴブリンの群れに追い回されていた。


 残党を狩りに来たのだが、どうやらまだ別の群れがいたらしい。もしくは、前に街に来たのがこいつらの先遣隊だったのか。奥の方に行って、あるところまでは何の気配もしなかったのだが、そのまま進んでいたら突然やけに殺気立ったゴブリンが集団で襲い掛かってきたのだ。最初は魔法で迎え撃とうとしたが、とてもさばききれないと思って背を向けて逃走中だ。ともかく、今はちょっとまずい状況だ。




「ショ、ショックウェーブ!!」


「「「「「ギッ!?」」」」」




 走りながら振り向いて範囲の広い魔法を放つ。追いかけてきたゴブリンが吹き飛んだが、殺しきれていない。恐らく足止めにしかならないだろう。


 衝撃に弱いスケルトンなら倒せる魔法でも、距離があって相手が生身の生き物では威力不足だ。いちいち倒しても倒しきれそうにないし、とりあえず、追ってがまた追いかけてくる前に走る。




「「「キキキ!!!」」」


「今度は前から!?」




 いきなり前方の繁みからゴブリンが飛び出してきた。数は3体だが、マズい、囲まれたらさすがに逃げきれない。




「えいっ!!」


「グガッ!?」




 僕は走る勢いのままに、一番近くにいたやつに剣で斬りかかる。刃はゴブリンの喉を断ち切り、ゴブリンは動かなくなった。




「「キケケェェェ!!」」




 仲間を殺されて怒ったのか、奇声を上げて残りの2体が僕に飛びかかってきた。




「インパクト!!」


「「グォ!?」」




 僕は2体をギリギリまでひきつけると、魔力を込めて魔法を放ち、同時に当てた。至近距離での直撃は流石に堪えたようで、このゴブリンたちも1体目と同じく動かなくなった。




「ハアハアハア・・・」




 少しの間、立ち止まって息を整える。僕の魔力保有量はかなり多いらしいので、魔力にはまだ余裕があるが、精神的に少し疲れた。




「「「「「キキキー!!」」」」」


「クソッ、もう立ち直ったのか・・・」




 僕が逃げてきた方からゴブリンの鬨の声が聞こえてきた。足止めにしかならないと思ったが、もうちょっと持ってくれると思ったのに・・・というか、なんで僕のいる方が分かるんだ。




「でも、どこに逃げれば・・・」




 群れに遭遇してからとにかくめちゃくちゃに走り回ったため、元来た道などとうに分からなくなっていた。辺りは木が立ち並び、下草が生い茂っていて人が入った痕跡などどこにも見当たらない。時刻は夕方にさしかかり、光の届きにくい森の中は足元すら見えにくくなっている。




「とにかく、走るしかないか・・」




 僕はもう一度魔力を体に巡らして身体能力を強化する。


 道が分からないなら追いつかれる前にがむしゃらに走る以外ないだろう。今は僕を追いかけてくるゴブリンをどうにかして撒かなければならない。撒ければ、運が良ければ街道まで出られるだろう、というか出られると信じたい。




「行こう・・・」




 僕は足に力を入れて走り出した。下草がズボンに当たるが気にしない。


 魔力で強化された肉体は疲れにくく、普段よりもはるかに速いスピードで走ることができる。さっきまでは木の間を縫うように走り回っていたから距離を稼げなかったが、ゴブリンも先回りできたように、この辺りはさきほど逃げ回っていた場所よりも木が少なく走りやすい。ゴブリンの叫びがどんどん遠くなっていった。




「よし、後は道をどうにか・・・」




 ゴブリンたちの声はもう聞こえなくなり、もしかしたら門限までに帰れるんじゃないかと考える余裕すら出てきた。おそらくゴブリンはもう完全に撒けただろう。後はどうにかして道を探すだけだ。そのあたりの高い木にでも登って上から見てみようか。


 そう思った僕は手ごろな木を探して上の方を見ながら走り続ける。




「うーん、どれにしようかな・・・」




 このあたりは一本一本の木の幹が太く、枝が広く張り出している。登ったところで枝が邪魔でよく見えないだろう。なんか、ひときわ高い木とかないだろうか。そんなことを考えていた時だった。


 突然、足元の土の感触がなくなった。




「え?」




 ぎょっとして下を見ると、自分の足が急な斜面に踏み出していた。斜面の先は真っ暗で何も見えない。


 何かにつかまろうとする暇もなかった。




「うわぁぁぁっぁぁああああああああ!!???」




 僕の体はそのまま斜面を滑り落ちていった。・・・斜面を落ちる中、一瞬白い霧を見た気がした。










・・・・血の臭いがする。


 僕が一番最初に気づいたのはソレだった。




「うう、ここは?」




 少し気絶していたようだが、体に痛みはない。無意識のうちに体が受ける衝撃を緩和できたのだろう。レオルさんやジョージさんとの訓練の成果を意外なところで認識できた。


 体の様子がわかったところで、僕はあたりを見回した。とはいっても、周りは真っ暗でほとんど何も見えない。




「・・・ソナー」




 僕は周りを探るための音魔法を使う。・・・どうやらここは地面にできた裂け目のような場所みたいだ。昔は川でも流れていたのか、それなりに狭い。だが、この裂け目はどこかにつながっているようで、大きな岩などで塞がっているようなこともなさそうだ。しかし・・・




「なんだ、コレ・・・」




 ソナーには岩とは違う、大きなモノがある反応があった。いや、小刻みに動いているようだから「ある」ではなく「いる」と言うべきか。恐らくこの血の臭いを出しているのはコイツだろう。




「どうしよう・・・」




 ソレがいる位置は本当にすぐ近く、大体10メートルほどだ。臭いではバレていないかもしれないが、物音では気づかれるかもしれない。かなりのダメージを受けているみたいだが、大型モンスターの生命力ならばひん死でも動いて襲い掛かってくるかもしれない。なんでか知らないが、僕はモンスターに見つかりやすいし、ここは物音を消して静かに離れよう、そう思ったときだった。




「・・・・キュルルル」




 小さな声が聞こえた。かすれていて、今にも消えてしまいそうな弱弱しい声だ。




「え?」


「キュル、キュルルル」




 聞き間違いかと思ったが、まだ聞こえる。というか、これって




「僕に話しかけているのか?」




 これでも音魔法特化の僕は、音に敏感だ。音がどこから発せられて、どちらに向かうのかが正確にわかる。その僕からすると、この音は血を出しているモノから僕に向けて発せられているようだ。なんてこった、この暗闇と濃い血の臭いの中で、もうばれてしまっていたのか。




「グォォォ・・・・」




 僕のつぶやきに同意するかのようにソレを鳴いた。どうやら、そこにいる生き物は人語を理解できるくらい頭のいい生き物のようだ。ゴブリンはもちろん、オークやオーガでも人語は理解できないとされている。しかし・・・




「罠だったりしないよな・・・」




 今度は聞かれないように口の中で小さくつぶやいた。頭のいいモンスターならば、体力回復のために僕を食べてしまうということも・・・・




「グァァァァ・・・」




 そんなことを考えていたら、まるでその考えを否定するかのようにか細い声を上げた。ソナーの効果が持続しているので、ソレが首を振っているのも分かった。




「うーん、どうしよう」




 どうやらすぐ近くのモンスターは襲い掛かってくる様子はない。人語を理解していて、何かを僕にしてもらいたいのだろう。多分怪我の治療かなんかだとは思うが。だが、迷子の僕が大型モンスターにかかわる暇があるだろうか。ここは放っておいてすぐに帰ることを優先すべきではないだろうか。




「うーん・・・」


「キュルルル・・・」




 モンスターは哀れっぽく鳴いた。ここで僕が無視したら本当に死んでしまうんじゃないだろうか。怪我もそうだが、このあたりには他のモンスターもいる。僕は悩んだ。悩んで、あることを思い出した。






(デュオ、人は生きている限り体は衰えていくけど、衰えないものがひとつだけあるわ)


(・・・うん?)


(それは第六感、すなわち勘よ!! そういうのはフィーリングでなんとかなるわ!! 相手の目を見て決めるのよ!!)




 つい先日の母さんとの会話だ。結局あのときは役に立たなかったが・・・




「相手の目を見て、か・・・」




 僕はまだ、暗闇の中にいるモンスターの姿を見ていない。


 周囲は真っ暗だが、僕の背負っている鞄の中にはライトの魔法が使える魔道具がある。ついでに言うとポーションもあるから怪我の治療もある程度はできるだろう。




「少しまぶしいかもしれないけど、我慢してね」


「キュル」




 一応事前にそういうと、返事が返ってきた。・・・もしも本当にやばそうなモンスターだったらすぐに逃げよう。




「ライト」




 僕が魔道具に魔力を流すと、周囲の闇が取り払われ、そのモンスターの姿が見えた。




「りゅ、竜!?」


「キュルルル・・・」




 僕の目に映ったのは、赤い鱗だった。体の大きさは牛を二回りは大きくしたくらいか、ところどころ傷だらけで、背中にある翼も変な方向に折れ曲がっている。竜は顔を僕の方に向けてじっと僕の顔を見ていた。




「・・・・・」


「・・・・・」




 僕と竜はしばらく見つめ合った。竜というと、凛々しく勇ましいイメージがあったが、この竜はなんだか円らな青い瞳で愛嬌のある顔をしている。その瞳からは、ゴブリンやオークのような凶暴性や敵意は感じられず、知性ある生き物の理性が感じられた。そして、それからも僕も竜もお互い視線をそらさなかったが・・・・




「キュル、キュホッ・・・」


「だ、大丈夫!?」




 竜が視線をそらしたかと思うと、血の塊を吐き出した。僕は慌てて鞄からポーションの瓶を取り出した。


 この竜を見捨てようという気持ちはもうなかった。僕だって良心はあるし、傷だらけの敵意のない動物を見てしまったら助けよう、くらいは思う。ここで見捨てるのはあまりに後味が悪い。それに僕には、多分、この竜ならば人は襲わないだろうということが直感的に理解できたのだ。母さんの言ったこともたまには役に立つものだ。




「少ししみるかもしれないけど、ごめんね」


「キュル・・・」




 僕は竜の体を見て、傷がひどそうな場所にポーションを少しづつ垂らしていった。




「・・・ひどいな」




 竜の体は傷だらけだったが、特にひどいのは体の左側面にある何か大きなモノで殴りつけたような傷と腹に走る大きな傷だ。腹の傷は大きな刃物で斬られたような一直線に走る傷で、よく見れば、ちぎれそうな右の翼が延長線にある。これではとても飛ぶことなどできないだろう。


 後で知ったっことだが、変化メタモルフォーゼが使えるモンスターは、変化する部位が大きく傷ついていると変化できないらしい。ともかく、僕はまず斬られたような傷にポーションを垂らして・・・




「え?」




 その切り傷に触れた瞬間、あたりに白い霧が満ちた。




「あれ?」




 僕が思わず瞬きし、ポーションの瓶から滴が傷口に垂れると、次の瞬間には元に戻っていた。




「な、何だったんだ?」


「キュルルル?」




 とりあえず治療を続け、その後、左の方の傷にもポーションを塗る。一応貴族ということもあり、僕は4つ中級ポーションの瓶を持っていたが、あっという間になくなってしまった。




「ふぅ~、ポーションなくなっちゃった・・・」


「キュルルル・・・」




 心なしか、竜の声がさっきよりも元気になった気がする。モンスター、特に竜ともなればとても強い生命力を持つ。中級ポーションを使っただけだが、竜にとってはかなりの効果があったようだ。




「あ、そうだ、ちょっと待ってて」


「キュル?」




 僕は辺りをライトの魔道具で照らした。ここはやはりもともと川だったみたいで、雨のときには水が流れるのだろう、ところどころ湿っていて、草が生えていた。僕は草むらの方に向かい、繁みをかき分ける。




「・・・・あった」




 僕は繁みの中からいくつか草を摘んでくると、竜のところに持って行った。




「ちょっと、いや、かなり苦いけど、我慢だよ」


「・・・・・キュル」




 僕は竜の口に摘んできた草を近づけてそう言った。竜は鼻を近づけて何やら臭いを嗅いでいたが、すぐに顔を離した。竜の顔を見ると、目の上あたりの皮にしわが寄っている。竜も顔をしかめることがあるんだと僕は初めて知った。




「別に毒なんかじゃないから。 人間の諺には良薬口に苦しってのがあるんだよ」


「・・・・・」




 しばらく竜は顔をしかめたままだったが、やがて観念したかのように目をつぶると口を開けた。僕は空いた口に草を突っ込んだ。




「・・・・ヴォエ」


「吐いちゃダメ!! 飲み込んで!!」


「・・・ググ」




 竜は草を吐き出しそうになったが、僕はソレを止める。竜はしばらくもぐもぐと咀嚼していたが、なんとか飲み込んだようだ。




「よし、それじゃ、これもね」


「・・・・・」




 僕がさらに草を突き出すと、竜は何かを懇願するかのように瞳を潤ませてこちらを見てきたが、僕が手を引っ込める様子がないのを悟ると、目をつぶって再び草を飲み込んだ。


 僕はそれを見届けると、もう一度繁みに戻って草を摘む。戻ってきた僕の持っているモノを見て、竜の瞳がまた潤んだ。




「そんな顔しないでよ・・・これは食べさせるつもりはないから」


「キュルル」




 僕がそういうと、竜は安心したように鳴いた。僕は傷のところに戻ると、持ってきた草をちぎって、その辺の石ですりつぶしてから張り付ける。すると、草はドロリと溶けて傷口に染み込んでいった。染みるのか、体をビクリと震わせたが、そこは流石竜というべきか、大して堪えてはいないらしい。




「リキド草があってよかったよ」


「キュ・・・」




 ここ、シークラントはポーションの材料の産地でもある。一番ポーション作りが盛んなのは南のサウシュ村だが、原材料そのものはシークラント領ならば結構どこにでもある。そして、シークラントの子供はみんな外で怪我をしたときのために薬草による応急処置のやり方を教わるのだ。切り傷にはスラス草、打ち身にはスマシ草が効き、それらを殺菌効果があり、液状化するリキド草で溶かして傷口に塗ったり飲んだりすると下級ポーションくらいの効き目がある。ただし、モンスターも食べない薬草はどれも非常に苦く、傷口に塗るとかなり染みる。大抵の場合は村に帰って親に治癒魔法をかけてもらうか味をきちんと調整したポーションを使うことになるのだが。


 ともかく、僕は草を摘んだり、すりつぶして張り付けたりと作業を続けるのだった。








「とまあ、こんな感じで会ったんですよ。 今思うと、あの暗闇と血の臭いの中でリーゼが僕に気づいたのは、いや、そもそもあの裂け目に落ちてリーゼに会えたのも、僕の体質があったからかなって」


「へぇ~、なんていうか、デュオさんが体質のことをあまり気にしてないのが分かったような・・・いえ、分かりますよ、その気持ち」




 辺りを覆いつくす白銀の霧、しゃべっている相手の顔ももちろん見えないが、会話がスムーズに進むのは、これでもう6日目だからだろう。ここは幻霧の中、お相手は勿論シルフィさんである。今日も昨日のようにモーレイ鉱山で槍の試し切りのために狩ったスライムの核を献上したのだが、今日は浅いところをウロウロしていただけなので、これまでの話に比べるとインパクトに欠けると感じたのだ。そこで、昨日のレオルさんの話のように、今日も活躍してくれた我が相棒との出会いをしようと思い、シルフィさんもノッてきたので語り始めた次第である。




「でも、納得しました。 そんな出会い方をすれば、竜の方だってなついちゃいますね・・」


「ですかねぇ・・今みたいな関係じゃない僕とリーゼなんて想像できないけど」




 シルフィさんはしみじみとそう言った。霧で見えないけど、気のせいか、僕の方をいつにも増して見つめているような気がする。


 僕は僕で、自分で言ったことを頑張って想像しようとしたが、どうしてもできなかった。7年という月日は僕とリーゼロッテの関係をほとんど固めてしまったのだと思う。もちろんいい意味でだ。ちなみに、竜は生命力は強いのだが、なぜかその寿命は人間とほとんど変わらないらしい。きっと、僕らが死ぬまで変わらないんじゃないだろうか。




「なんだか、羨ましいです・・・」


「うーん、リーゼのパートナーだけは、おいそれと譲るつもりはないですよ」


「そっちじゃないです・・・」




 シルフィさんが何かをぼそりとつぶやいたが、よく聞こえなかった。魔力を遮るこの霧の中では、僕の特性も十全には発揮されないのかもしれない。そんな益体もないことを考えていると、気を取り直したように、シルフィさんは質問を投げかけた。




「あ、そうだ。 そのリーゼって名前はデュオさんがつけたんですか?」


「いいえ、違いますよ。竜っていうのは、ちゃんと自分の名前を持ってるみたいで、僕に教えてくれたんですよ」


「そうなんですか!? それって、結構スゴイ発見なんじゃないですか!?」


「らしいですねぇ。でも、なぜか父上からは言うなって言われてるんです」




 なぜか、父上はそのことは言ってはならないと、いかつい顔をさらに険しくして言ったものだ。




「・・・・ソレ、私に言ってもいいんですか?」


「ええ、シルフィさんなら大丈夫かなって」


「そ、そうですか、あ、ありがとうございます・・・」




 シルフィさんは照れくさそうにそう言った。そう返されると、僕もなんだか恥ずかしいというか、むず痒い。まあ、短い付き合いだが、シルフィさんはあまり人の秘密とかをばらすタイプではないだろうし、心配することはないだろう。




「そ、それで、その後はどうなったんですか? そのリーゼさんはすごい怪我をしていたんですよね?」


「はい、リーゼはかなりひどい怪我だったんですけど、モンスターのいる森の中でしたから。その後もひと悶着ありましたよ」




 お互いに、気恥ずかしい空気を払うように会話を続ける。といっても、メインの語り手は僕だが・・


 まあいい、リーゼロッテとの思い出は山のようにある。明日は騎士試験の前日だし、明日こそ大人しくしているつもりだ。よし、今日はとことん語るとしよう。


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