第25話

「もう、デュオさんったら・・ひどいです!!」




 朝、私はご立腹だった。確かにかなり長い時間お話ししていたけど、あんなにいきなり出ていくことはないではないか。


 私が怒るのは自分でいうのもなんだが珍しいと思う。あまり他人と関わってこなかったし、自分の場合、何かあったら自己嫌悪する方が多い。いつもなら、大体自分のチカラだったり世話が原因で不快にさせることばかりで、自分が悪いと責めるのだが・・・




「怒ってはいなかったけど、なんであんなにいきなり出て行ってしまったのでしょう・・・」




 さっきは、直前までチカラを使っていたので、とくに怒らせたり嫌な気持ちにさせてしまったからではないということがはっきりわかっているからだ。もっとも、感情が読める程度で詳しい内容は分からなかったが、なんだか焦っていたようだった。そんなに朝早くにしかやっていないお店でもあるのだろうか・・


 確か昨日、ロイという人にいいお店を教えてもらったと言っていたが・・・




「・・・・・」




思い出すとなんだか心がざわざわする。


いや、ロイという人が男の人だというのは分かっている。もしもくだんの人物が女の人だったら今の比じゃないくらい不安になっていただろう。しかし、それでもざわつきは消えない。




「・・・・・・・むぅ」




 私がこう思うのは、デュオさんが面白い話をしたと嬉しそうに言ったとき、なんだか仲間はずれにされたような気がしたからだ。チカラを使ったら本当にただの情報交換の一環であったのは分かっているけど、デュオさんが楽しいときは私も一緒に楽しみたい。デュオさんが悲しいときは、それを分かち合って励ましてあげたい。デュオさんが感じたことを私も感じたいと思うのだ。まぁ、この部屋から出ない引きこもりが何を言っているんだという話で、それを考えると気が滅入ってくるけども。いけないいけない、変な方向にそれてしまう。私は怒っていたはずだ。こんなときはあの言葉を思い出そう。




「また明日・・・」




 デュオさんが残した言葉をつぶやくと、思わずほおが緩む。陰鬱な気分が吹き飛んでいく。


 いきなり帰っていったことへの怒りはまだ残っているが、その言葉だけでその怒りも薄れていく。まさにこれこそ魔法の言葉だろう。正直ちょっとずるいと思うくらいだ。代り映えのしない日常、変わらない私の心を簡単に変えてしまうのだから。その言葉を思うだけで、今日も頑張れる。今日も、デュオさんとまた会えるのだ。




「まぁ、まぁ、許してあげましょう、うん」




 とりあえず怒りが消えたので、許してあげることにした。こんな簡単に許してあげるんだから感謝してほしいものだ、うん。


 よし、怒りが収まったところで、ここ最近の日課をしよう。




「今日は何のモンスターかな・・昨日話してくれたのかな・・」




 私はデュオさんが座っていた椅子を見て、椅子の上の紙を回収する。思った通り昨日話してくれたモンスターのことが書いてあったが、その紙もきれいに折りたたむと昨日と同じように机の引き出しにしまう。


 こうして、朝起きてデュオさんが残してくれたものを確認すると、心の底から安心できるのだ。ちなみに、床に書かれたモンスターの名前もまだ消してない。


 と、そこで椅子の足元に何かおいてあるのに気付いた。革袋のようだが・・




「あ、そうだ、魔鋼」




 昨日「幻霧」に入ってすぐに置いて行ってくれたという魔鋼だ。


 袋を開けてみると、赤い玉が6個入っていた。




「綺麗・・」




 昨日作ってもらったばかりだからか、家具に嵌っていた魔鋼と違って光沢があってツルツルしている。これがデュオさんがくれたものなんだと思うとずっととっておこうかなと思ってしまう。




「ダメダメ、これで魔道具を作るんだから・・」




 そうだ、この魔鋼はデュオさんが魔法の練習のためにとくれたものなんだ。ちゃんとその通りに使わなくては。




「何を作ろうかしら・・」




 練習といえど、どうせならデュオさんの役に立つものを作りたい。確か、デュオさんは宝珠が欲しいと言っていた。


宝珠とは魔法が込められた魔鋼のことで、適性に関係なくさまざまな魔法が使えるようになる道具だ。ただし、高額な上に一定の威力、射程しか出せず、何より使い捨てだ。




「デュオさんの話を聞くと、強化系の魔法と回復魔法かな・・」




 音魔法しか使えないデュオさんでは、魔力による基本的な身体能力強化はできても汎用的な魔法による強化はできない。また、回復魔法も自力では使えないということでもある。




「防御力強化に筋力強化、速度強化もだし・・・あ、音魔法の属性強化もいいかな」




 私はこれまで読んだ魔法理論の本の内容を頭をフル回転させて思い出すが、次から次へと候補が浮かんできてキリがない。家具にはまっていた魔鋼では戦闘に使えるか不安だし、自由にできる魔鋼は6個しかないのだ。慎重に決めなければならない。




「とりあえず、図書館に行きましょう」




 今日は一日中籠ることになりそうだ。そう思いながら私は部屋を出るのだった。










 王都中央通り、国中から様々なものが集まり、豊富な魔鋼の産地でもある経済の中心地のさらに中心である。きらびやかな外観の大きな商店がこれでもかと立ち並び、スピーカーの魔道具によって宣伝文句が絶え間なく流れている。まさに王都の繁栄ぶりを象徴するような活気の溢れた場所であり、王都の住民も外から来た旅人も皆が立ち寄る大市場である。


 しかし、光あれば影もある。この商店街の近く、少々交通の便が悪かったりする場所からは大きな店の同業者は軒並み姿を消し、今では地域の住民のみを相手にして細々と商売をしている店もある。そんな店が身を寄せ合うようにしているのが、王都旧商店街である。




「じゃぁ、どうもありがとうございました」


「まいどあり~」




 僕は寂れた店が並ぶ通りにある一件のお店から出た。その店も周りの建物と同じく古ぼけていてよく言えば年季がある、悪く言えばボロい見た目だった。




「ロイさんの言った通りだな・・・見た目はあれだけど」




 僕はさっきまでロイさんが教えてくれたトリス薬品店という店で買い物をしていた。店の外観同様に中も少々古臭いというか、店の中似たトリスという童話の魔法使いのようなお婆さんもいて怪しい雰囲気だったが・・・・まあ、いい買い物ができたと思う。ロイさんから紹介してもらったと言ったら「あの悪ガキが教えてくれたのかい? 珍しいこともあるねぇ」と言って、少しサービスもしてくれた。僕の抱えている袋にはポーションの類が入っているが、どれも中々の品質だ。基本的な体力回復ポーションはもちろん、魔力回復ポーションに、身体能力強化、魔力強化、状態異常耐性用、スライム専用の浄化剤、臭煙幕や消臭ポーションも買った。


 シークラント領は農産物のほかに、ポーションの材料の生産地でもある。そのため、僕も小さいころからたくさんのポーションを見てきたし、鞄の中にはシークラントから持ってきたものも入っている。そのシークラントで育った僕の目から見ても、いいものだと思う。まぁ、トリスさんの「騎士試験を受けるのかい? なら解毒薬以外にもいろいろ買っときな。ほらこれなんかどうだい」というセールストークに乗せられて少し買い過ぎてしまったかもしれないけど。なんだかんだで5万は使ってしまった。




「お金はそこそこあるしね」




 そう、鬼人の森のトロールやモーレイ鉱山のスライムとジャイアントスライムの素材でそこそこの臨時報酬が手に入ったのだ。案外あっさり倒せてしまったが、ダンジョンの奥の方にいる中級モンスターの素材は比較的市場に出回りにくく高値がつくものが多い。騎士が討伐したものは、大半が王城で騎士たちの装備強化に費やされるからだ。日用品に使う魔道具ならばスライム程度で十分だし、大きなものが必要な場合は王城に取り寄せの依頼をすることになる。ともかく、ただでさえ希少なのに、僕の場合は衝撃で脳や内臓を破壊し、素材となる骨はほぼ無傷だったためトロールの骨は10万アースで売れた。さらにジャイアントスライムもリーゼロッテが協力してくれたのもあって無傷で核を取り出すことができた。ジャイアントスライムは希少な上にその巨体故核をうまく取り出すのが難しく、大抵は傷だらけになってしまうので無傷の核には相当な値段が付く。




「予算は30万アースか・・・」




 幸運なことに、ジャイアントスライムの核はトロールの5倍、50万アースで売れたのだ。


 60万アース、貧乏貴族の僕としては盗られないかびくびくしてしまうような金額だった。これまでもオーガやトロールを倒して素材を買い取ってもらったことはあるが、町の自警団と一緒だったし、彼らの報酬に分配していたからここまでの大金は手にしたことはなかった。




「とりあえず30万は武器に使ったし・・・防具はそのままでいいかな」




 ここ、王都は魔鋼の生産地であり、付与を生業にする者も数多く暮らしているため高額な魔武器の値段も他の町より安いのだ。もちろんピンキリだろうが、やはりロイさんから教えてもらった店で伸縮自在の術式つきで30万アースの槍を購入した。スライムの核などのほかに、古い魔鋼などを合成するやり方が得意とのことで、手ごろな槍を手に入れることができた。一品ものの魔鋼から作った武具なら術式がなくとも少なくとも倍は持っていかれただろう。ちなみに僕の剣は耐久強化の術式が刻まれたそこそこのグレードで40万アースするらしい。並み程度の貴族やそれなりに裕福な商人や騎士が買うレベルの一品とのことだ。


 防具の方は今から替えると慣れるのに間に合わないし、トロールとの闘いを思い返してもあまり替える必要性を感じない。皮鎧はシークラントの顔見知りの職人さんに作ってもらったものだし、盾はレオルさんがくれたものだ。替える必要がないなら大事に使っていきたい。そして、元々持っていた金と合わせた残りの予算30万はトニル魔道具店という店でトラップ用の魔道具を買うために使うつもりである。




「それにしても、どこにあるんだ?」




 そのトニルという店なのだが、先ほどからロイさんに教わった場所をうろうろしているのに、中々店が見つからない。この辺りは建物が密集していて薄暗い上に、どの建物もよく似ているからややこしい。昼間なのに真っ暗な路地は、いくつも口を開けていて、入ったらすぐにでも迷ってしまいそうで、進むのはためらわれる。




「さっきの薬屋が本当だったんだし、ロイさんが嘘をついたとも思えないんだけどな・・・」




 こうやって道に迷わせることだけに何かメリットがあるとは思えない。人の気配もしないし、待ち伏せして襲い掛かってくるということもなさそうだ。




「看板とかないのかな・・・トニル魔道具店、トニル魔道具店っと・・・ん?」




 店の名前をつぶやきつつ、これまでのようにキョロキョロしていると、いつの間にか視界が明るくなっていた。




「こんなところに道なんかあったっけ?」




 見れば、薄暗い道を照らすように、建物の間にある無数の路地の一つから日の光が差し込んでいた。さっきもここを通ったような気がするのだが、考え事をしていて見落としたのだろうか?それともこの道が初めて来た道なのか? まあいいや、行ったことのない道ならば進んでみよう。




「あ、あった・・・・」




 道を進んでいくと、「トニル」という看板を掲げた店があった。光が差し込んでいたのは、ここだけ周りの建物が低い上に、この店が敷地に対して小さいからだろう。このあたりは店が密集しているのもあるのだろうが、こんな迷路のような場所に店を構えて客が来るのだろうか。このトニル魔道具店も周りと同じく寂れた外装をしていた。




「ごめんくださーい・・・」




 僕はギィィィと軋んだ音を立てるドアを開けて店に入った。




「うわ・・・」




 店の中も外と同じく、というか物がごちゃごちゃしていて散らかっているように見える。それに、なんか変な臭いがするし、埃っぽい。まぁ、初めて会ったときのシルフィさんの部屋よりマシだが。




「・・・・客か」




 物陰から突然そんな声が聞こえた。びっくりしてそっちの方に目を向けると、なんだかよくわからない物が乗ったカウンターから一人の男が出てきた。ボサボサの灰色の髪に眼鏡をかけた青年だ。見たところ20代半ばから後半くらいだろうか。




「・・・・知らない、顔だ・・・・・何の用だ」


「えっと、その、ロイさんに紹介してもらって、罠の魔道具を買いに・・あの・・」


「・・・・この店に来れたのは、アイツが・・・まあ、いい・・・それなら、罠以外には何も買わないのか?・・・」


「え!? いや、役に立ちそうな物なら買ってこうかなって思いますけど・・」


「・・・・」




 じっとこちらを見てくる青年。正直どう接すればいいか分からない。


 なんだ、この人。お客様は神様ですと思えとまでは言わないけど、ちょっと接客態度が悪すぎやしないか。




「・・・・トニル」


「え?」


「・・・・トニル・マクレイン。・・・・僕の名前だ」


「は、はぁ・・・・えっと、僕はデュオ・シンクっていいます」


「・・・・デュオ・・・シンク」




 なんだこの人、いきなり名乗り始めたぞ。一体どうしたらいいんだ・・




「・・・・罠」


「はい?」


「・・・・どんな罠を・・・・買いに来た?」


「えっと、鬼人の森でオーガとかトロールに使えるやつと、モーレイ鉱山みたいな洞窟で使える罠がいいなって・・・」


「・・・・少し、待っていろ」




 トニルさんはそういうと、カウンターの奥へと姿を消した。すると、がたごとと何かを動かすような音が聞こえてきた。


 それから5分ほど経っただろうか、ひょっとして忘れられたのかと思い始めたころになって、トニルさんが何かを抱えて戻ってきた。抱えている物はどうやら木箱のようだ。




「あの、これは?」


「・・・・オーガやトロール用の罠と・・・・岩場でも使えるような魔道具だ」




 木箱の中には宝珠のような魔鋼と説明書と思われる紙がいくつか入っていた。




「えぇと、どれがどれだか分からないんですけど・・」


「・・・・お前は字が読めないのか?・・・・使い方も何もかも、説明書に書いてある」


「そ、そうですか。わかりました・・」




 このトニルって人、なんだか余計なことを聞くなという感じのオーラをガンガン出しているような気がする。気のせいか、眼鏡の奥の瞳が細くなってきているような・・




「えっと、じゃあこれらは全部でいくらなんでしょうか」


「・・・・10万アース」


「え!? こんなにたくさんの魔道具がまとめて!? 1個につきとかじゃなくて!?」


「・・・・欲しいんならまとめて10万で持っていけ」


「いやいやいや、大丈夫なんですかソレ!? ここの経営とかこの魔道具の性能とか!?」




 僕は食い気味に質問した。普通、モンスター対策のトラップは安くても1個につき5万アースである。トニルさんはめんどくさそうな顔をしているが、聞かずにはいられない。いくらロイさんからの紹介とはいえ、パチモンをつかまされたらたまったものじゃない。




「・・・・チッ、ロイのヤツ・・・・少しは説明しておけばいいものを」




 トニルさんが小声でなにかをぼそりとつぶやいた。




「え?」


「・・・・何でもない・・・・ここの営業は、趣味のようなものだ。・・・・利益は別にいらない」


「で、でも、趣味でやっているていうなら、性能の方がすごく気になるんですけど」




 魔道具は基本的に高級品だ。そんなに安値でホイホイ売りに出していいものじゃないし、用意できるものでもない。




「・・・・性能については、保証する。・・・・少なくとも、王都にモンスターが入るようなことが起きてないのならば、その魔道具も十分に使える」


「な、なにを言っているのかよくわからないんですが・・」




 なんだ? 王都に魔物が侵入する? 一体何を言っているんだ、この人。




「・・・・買う前に文句があるなら、よそを当たれ。・・・・買った後の文句なら、王城にでもこの店のことを訴えろ」


「お、王城に!?」


「・・・・お前は耳も悪いのか? ・・・・何か文句があるならさっさと帰れ・・・・買うなら早くしろ。・・・・買った後の不満はよそでぶちまけろ」


「・・・・」




 この国の裁判や司法は王城にある司法局が担当している。王城に訴えろと言うことは、最悪自分が処刑されてもいいということである。


 本当に何なんだこの人。もしかして王都の商人ってみんなこんな感じなのか? いや、さっきのトリス薬品店は普通だったから、この店がおかしいんだろう。落ち着け、僕。こんなときは母さんに言われたことを思い出すんだ。そうだ、あれは町にたまにやってくる行商さんに買い物に行ってと頼まれたときだ。




(いい、デュオ。人間ってのはね、基本的に周りと協力しないと生きていけないの。だから、会う人会う人にはできるだけ優しくなさい)


(うん、わかったよ。でも、誰にでもそうなの? 父上が人を誰彼信用するなっていってたけど・・・)


(え? あ~まあそうね。誰でもってわけじゃないわ。中には他人を食い物にするようなクズもいるわね。 デュオ、そういうクズに会ったら思いっきりぶん殴ってから周りの大人に言いつけちゃいなさい)


(う、うん。やれるだけやってみるよ・・ それで、そういう人たちはどうやって見分けるの?)




 そう、僕は母さんにそう聞いたんだ。そしたら・・・




(デュオ、人は生きている限り体は衰えていくけど、衰えないものがひとつだけあるわ)


(・・・うん?)


(それは第六感、すなわち勘よ!! そういうのはフィーリングでなんとかなるわ!! 相手の目を見て決めるのよ!!)




 そのときはジョージさんが着いてきて事なきを得たのだった。


 特に意味のない回想だった。 






「あ、それじゃあ・・・これで下さい」


「・・・・まいど」




 結局、僕は魔道具を買うことにした。


 ロイさんから教えてもらった店は全部よかったし、罠だってもともと言われなければ買うつもりもなかったし。なにより、10万でこんなに買えるのなら痛手でもなんでもない。買取屋で見てもらって本当に使えないようなら訴えてやろう。ちなみに、トニルさんの眼鏡越しの瞳からはひたすらにめんどくさそうだということ以外読み取れなかった。




「それではこれで・・あの、ありがとうございました」


「・・・・」




 木箱を鞄に入れた僕はそう言って店を出る。


 トニルさんが軽く頷いて、何も言わずに店の奥に去っていくのを見ると、僕は振り返らずに路地を抜けてもと来た道に戻ったのだった。










「・・・・」




 客のいなくなった店の奥で、青年は一人作業をしていた。あちらこちらに積まれている箱から何かの魔道具らしきものを取り出してはしげしげと眺めて箱に戻していく。しかし、奇妙なことに、青年の手が届かない棚の上にある箱も、薄暗い店の中で何かが蠢くと青年のすぐ近くに移動していた。




「・・・・」




 青年はひたすらに箱から出しては眺めて戻し、眺めては戻しを繰り返している。店の中で蠢いている何かは、一定のペースで箱を下ろしては、また元の場所に戻している。もしもこの場を注意深く見ているものがいるのならば、何かは青年を中心に静かに動いているのに気づけたかもしれない。まるで、青年の足元から手が伸びるように店の中を何かがはい回っている。




「・・・・!!」




 突然、部屋の隅から光が溢れた。それと同時に、店の中にいた何かが、いや、影を固めたような真っ黒な腕がフッと消え、光が収まるとそこには周りに積まれているような箱と同じような箱が置かれていた。青年は何事もなかったかのように箱を手に取ると、蓋を開けた。




「・・・・落とし穴の魔道具・・・・ロイ用か?」




 箱の中には瞬時に落とし穴を掘る土属性の魔法が込められた宝珠が入っていた。よく見ると、箱の底の方に折りたたまれた手紙も入っていた。魔道具の方は、今日やってきた茶髪の客に売ったのと同じ、いや、少し性能がいいもののようだ。こんな少し質がいい魔道具は大抵ロイに回すようにと最初のころは言われた。




「・・・・」




 青年は手紙を手に取った。すると、40万アースの束がスルリと出てきた。どうやらわざわざ空間魔法のエンチャントをしていたらしい。この金は前回知らせたあるネタの報酬だろう。


 手紙を見ると、やたらと達筆で思った通りのことが書いてあった。




「・・・・アイツはまだ来てなかったな」




 あの金髪のチンピラのような男を思い出す。確か、もうすぐ騎士試験だといっていろいろと走り回っていたが、この店に来たのはもう1週間以上前だ。補充のために必ずまた来るだろう。そのときに渡せばいい。




「・・・・腕がなまるだかなんだか知らないが、幅を取るから迷惑なんだがな・・・・もっとコンパクトにできないのか」




 だが、あの性悪な女に言っても無駄だろう。きっと、にこやかな笑みとともに自分の嫌がるようなことがセットになって返ってくるに違いない。例えばこぶし大の宝珠一個を身の丈ほどの箱に入れて送ってくるとか。




「・・・・」




 青年は周りにうずたかく積まれている箱の山を見渡した。さきほどのセリフとは裏腹に、その口調はどこか照れ隠しのようだったが。魔道具を見るのが趣味なのだろう。




「・・・・あのネタでも伝えておくか・・・・支払いは30万アース」




 青年は何事かを手紙の裏に書くと、箱が現れた場所に置いた。すると、再び光が溢れ、手紙は消えていた。




「・・・・」




 青年はその光景を一瞥もせずに、箱の中身を見る作業に戻った。それと同時に、青年の影が濃くなると、真っ黒な腕がズルリと這い出てくる。きっと今日も寝るまで同じことを繰り返すのだろう。それが青年のやりたいことなのだから。


 店主が店内で趣味にふける中、店の外、茶髪の若者が通ってきた道は、いつの間にか深い影に覆われていた。










「落としピットに、麻痺棘パラライズ閃光フラッシュ投網ネット土御手アースハンド・・・・これで10万アースは安すぎるよなぁ・・普通これだけ買ったら50万超えるよ」




 王都郊外に続く道すがら、僕は鞄にしまった魔道具のことに思いをはせていた。


 トニル魔道具店から出た僕は、その足で買取屋に行き、買った魔道具を鑑定してもらった。すると、どれも中級魔法が込められた逸品だと分かってしまった。さっきは訴えてやろうなんて考えてごめんなさいトニルさん。




「さて、なんだかんだで今日も来ちゃったな・・」




 少しだけ寄り道してしまったが、目の前には牧場のような柵に囲まれた広場と大きな厩舎のような建物がある。


 時刻は昼を少し過ぎたころ、買い物にもう少し時間がかかると思っていたから時間が浮いてしまい、せっかくだし買った槍を使ってみようと思ったのだ。そこで、モーレイ鉱山に行くために我が愛竜のいる竜舎にやってきたのである。




「やっぱりチラチラ見られてるな」




 僕が歩いていると、これまたいつものように竜舎の中にいる地竜やら飛竜やらがこちらの様子をうかがってくる。普通竜という生き物は自分と関係のない人間には一切興味を示さないのだが。


 竜舎といっても、造りは馬などの厩舎と変わらない。ただ竜のサイズに合わせて一つ一つの部屋の大きさがかなり大きいことくらいか。ここにいる竜たちは魔装騎士が乗るための竜もいるが、大体は豪商や貴族が乗ってきている竜だ。この王立竜舎はそういった者たちが使うための施設だから金がかかっているのだろう。税金で賄ってもいるのだろうけど、僕もここの使用料でそれなりに取られている。




「やっ、今日は休みの予定だったけど、乗せてもらってもいい?」


「ギャウ!!」




 そうこうしているうちにリーゼロッテのいるところまで来た。どうやら僕が来ることを察知していたようですでに出る気満々のようだ。すごい勢いでしっぽを振っている。


 僕は柵の錠前を外してリーゼロッテを外に出した。外に出ると、愛竜は体をぶるりと震わせてから犬のように伸びをした。




「そっか、ありがと・・・そうだ、日ごろのお礼っていったらアレだけど、コレあげるよ」


「キュル?」




 僕は背負っていた鞄を下して中を漁る。リーゼロッテはその様子を不思議そうに見ていたが、僕がソレを手にした瞬間、ちぎれそうなくらいしっぽを振り始めた。・・・臭いで分かったのか?




「えっと、はい、コレ」


「キュルル!!」




 僕が差し出したのは、綺麗にカットされた、リーゼロッテの瞳と同じ色をした青色の魔鋼だ。大きさは僕の人差し指の先くらいで、窓から入ってくる光を受けてキラキラと輝いている。竜というのはなぜだか知らないが、光物を好む習性がある。それも、ただのガラス玉などではなく、魔力を帯びているもの、天然の大粒魔鋼などがお気に入りらしい。




「ただの魔鋼じゃあないよ? ソレ、一応魔道具だからね?」


「キュルオオオオ!!」




 リーゼロッテは魔鋼を見て、瞳を輝かせているが、ちゃんと聞いているようで、コクリと頷いた。


 そう、これは僕が少し寄り道をして買ってきた魔道具だ。騎馬などを扱う店で売っていたお守りで、つけている動物の回復力とスタミナを上げる効果がある。トニルさんのところでお金がかなり浮いたので、最近機嫌が悪いリーゼロッテのご機嫌取り兼試験のために買ってきたのだ。元からかなり強いので気にしていなかったが、リーゼロッテは僕の相棒であり、その強化も必須だと思い、トニルさんのところで使うつもりだった20万アースをはたいて買った、中々のグレードものだ。




「それじゃ、ここにつけるね」


「キュル!!」




 僕はリーゼロッテが着けている首輪に魔道具を括り付けると、リーゼロッテは「ありがとう!!」と言うように嬉しそうに鳴いた。


 早速首にある魔道具を爪でつついている。




「じゃ、行こうか!」


「ガウ!!」




 贈り物も渡せたし、行くとしよう。


 僕たちは元気よく声を出すと、王都の空に飛びあがった。


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