第23話

「んじゃ、改めまして。俺、じゃなくて自分は、レオル・バーンライトと言いま・・・申します!! 精一杯モンスター退治頑張りますんで・・・いや、頑張りますから、よろしく頼・・・よろしくお願いします!」


「えっと、レオル君? あんまり畏まらなくていいのよ? なんていうか、分かりにくいし」


「カズミ・・・」


「いや、まああなたの言わんとすることも分かるけど、円滑に会話が進まないっていうのは問題じゃないかしら」


「その問題が起きる前に修正して欲しかったがな・・・まあ、ある程度は目をつぶろう。ある程度はな」


「あ、ありがとうございます。俺、頑張るッス!!」




 僕が地面と廊下を転がった日の晩のことである。母さんいわく「すっかり忘れてた」とのことだが、モンスターの大量発生に備えるのと研修のために、しばらくの間騎士のレオルさんが我が家に住むことになったらしい。シークラントまで来て汗をかいてるみたいだからお風呂でもどうかと言われて、入っていたようだ。




「しかし、またなんでレオルさん一人なんですかい?」


「ある男に言われてな。バーンライトは魔装騎士ではないが、並みの騎士10人分は働いてくれるだろう、とな」


「いやぁ、恐縮ッス!!」


「・・・・その口調を直せば魔装騎士に出世できるのではないか?」


「あ~、頑張っては見てるんスけど、やっぱ素が出ちまって・・・・」




 どうやらレオルさんは口調はアレだが、かなりの腕の持ち主らしい。




「まあまあ、家はそんなに堅いほうじゃないし、そういうやわっこい部分は見習った方がいいかもしれないわよ。というか、ジョージさんと一緒にレオル君にもいろいろ教えてもらったら、デュオ?」


「えっ!? ま、まあありがたいけど・・・」




 母さんがいきなりそんなことを言ってきた。確かに現役の騎士の人にいろいろ教えてもらえるならありがたいが・・・




「ん、なんだ。モンスター退治の方法知りたいのか?」


「坊ちゃんはね、騎士になりたいっていつも言ってるのよ。爺さんが剣を教えてるんだけど、まだモンスターと戦ったことはなくてね」


「へぇ~」




 今度はヘレナさんも加わった。




「領主自らが武器を取る必要はないと思うがな・・・・」


「でも、なにがあるか分かんないし、護身術の一つは知っといて損はないでしょ」


「むぅ・・・」




 そこで、レオルさんが身を乗り出して僕に言った。




「よし、分かった。今度街の近くでゴブリンが出たら連れてってやるよ」


「え!?」


「おぉ~、そりゃいいですな。俺もお供しますわ。でも、坊ちゃんはまだ魔法がうまく使えないから見てるだけですぜ?」


「そうなのか? ならまずは魔法の練習だな。よし、じゃあ明日に早速見てやるよ」


「えぇ~・・・・・・」




ジョージさんも加わって、なんだか僕を置いて話がどんどん進んでいくのだった。










「よし、じゃあ一番得意な魔法を撃ってみろ!! 安心しな、俺は硬さなら自信があるんだ!!」




 翌朝、僕とレオルさんは裏庭にいた。今日は魔法の練習ということで特に武器はもっていない。レオルさんも鎧は身に着けていないが、手に籠手を着けていた。もしかしてあれが魔道具の武器版、魔武器だろうか。どうやら全身に魔力をみなぎらせて身体能力や防御力を上げているようだ。


 少し離れたところでジョージさんが時折こちらを見つつ草むしりをしている。




「えっと、その・・・・」


「なんだよ、不安なのか? しょうがねぇな・・・・クレスト!!」




レオルさんがそう唱えると、レオルさんの籠手が鈍色の光を放ち、レオルさんの体を包んだ。クレストは確か、土属性の付与魔法の一つで、物体を硬化させる魔法だったか。




「さぁ、これでいいぜ!! 来な!!」


「いや、その、使えないんです!!」


「はぁ?」




レオルさんは構えたまま怪訝そうな顔をしている。




「いや、その、僕は特化型で・・・音魔法しか、使えないんです・・」




 僕は恥ずかしく思いながらそう言った。音魔法は戦闘向きじゃないし、戦闘に使えるインパクト系も騒音がすごいからまだほとんど使っていないのだ。




「へ? そうなのか? けど、確か音魔法にも攻撃魔法あったろ?」


「ありますけど、ほとんど使ったこともないから制御もうまくできなくて・・・・」


「なるほどなぁ。特化型か・・・・」




レオルさんはなにやらウンウンと頷いていた。そして、




「まあいいや、とにかく撃ってみろ」


「えぇ~!?」




こともなげにそう言った。




「な、なんで・・・」


「なんでって、撃たなきゃ練習にならねぇだろ。それに、特化型ってのは自分の得意な魔法ならめちゃめちゃ覚えが早いからな。安心しろよ、俺、土魔法が得意だから穴とかあけてもすぐ直せるからさ」




 そう言って、ドンと胸を叩いた。確かに練習しなきゃ上達はしないが・・・・




「というかさ、ここの奥さんや爺ちゃんに聞いたが、お前、魔装騎士になってここの人たちを守りたいんだってな?」


「え? はい・・・・」




 突然レオルさんは真剣な目をしてそう言ってきた。




「お前じゃ無理だね。魔装騎士ってのは腕っぷしと魔法が強くなきゃなれねぇんだ。テメェの魔法を撃つの迷ってるやつには絶対になれねぇし、まして誰かを守るなんてこともできねぇよ」


「な・・・」




 レオルさんは心底つまらなそうな、冷めた口調でそう言った。


 そのセリフは僕の心に突き刺さった。ここの領地を人を守ることは、僕の義務であり僕の夢なのだから。


 そして、腹も立った。ジョージさんたちならともかく、どうして昨日会ったばかりの人にそこまで言われなきゃならないんだ。




「なら、なら、撃ちますよ!? 全力でいきますからね!?」


「おぅいいぜ。撃ってきな!! なんだよ、しけた顔しかできねぇのかと思ったけど、いい面もできるじゃねぇか!!」




 僕はレオルさんに手をかざしつつ魔力を高める。適性を調べてもらった後から自覚できるようになった、魔力の流れ。その流れを加速させ、手のひらに集める。




「・・・・・おお、ちょっとやべぇかも」




 レオルさんが何かつぶやいたが、無視する。


 僕は集めた魔力をすべて変換してぶちまけた。




「インパクト!!」


「・・・重甲ヘヴィ・ガード!!」




 ドォン!!




 凄まじい轟音があたりに響いた。




「クゥゥゥゥゥ!?」




 僕は耳を押さえて地面を転がりまわる。耳が痛い。頭がジンジンする。体もビリビリ痺れてる。




「大丈夫ですかい、坊ちゃん?」


「うぅ・・・ジョージさん?」




 いつの間にか、ジョージさんが僕のそばに立っていた。僕が首を上げたのを見ると、こちらに手を差し出した。僕はその手を取って震えながら立ち上がる。




「いやぁ、派手にやりましたねぇ」


「うん・・・」




 見ると、僕が魔法を撃ったあたりは地面が抉れて、穴が開いていた。振り返って屋敷の方を見ると、窓ガラスが割れて窓が全開になっていた。裏庭にある大木はまだ震えていたが、こちらは特にダメージはないようだ。




「だから、やりたくなかったのに・・・・」


「まあまあ、何事も練習です。 ところで、レオルさんは・・・」


「あ!?」




そうだ、あの魔法をもろに受けたレオルさんはどうなった!? まさか・・・




「レオルさん、大丈夫です・・・」




僕がそう言って、未だに土埃が舞う方を見たときだった。




「はっはははははははははは!! すげぇ!! お前すげぇじゃん、デュオ!!」




 土煙の中からレオルさんが姿を現した。レオルさんの着けていた籠手がいつの間にか大きくなっていて、まるで両腕に盾を装備しているようだった。




「ククク、防御用の魔技使ったのにビリビリ来たぜ・・・うん、これをうまく使えればお前、かなり強くなるぞ!! 使わねぇのは勿体ないって!!」


「わわっ!?」




レオルさんはそう言って笑いながらバシバシと肩を叩いてきた。




「でも、こんなのすごくうるさいし、僕もダメージ受けたし、ガラスも割っちゃったし・・・・」


「あのなぁ、うるさいのは他の魔法も大して変わんねぇよ。ダメージとかの方は・・・うん、練習あるのみ!!」


「でも、ガラス・・・」


「でもでもうるせぇぞ!! ガラスなんて一回割れたら終わりなんだから、なんなら俺が弁償してやるって。むしろ、ガラスが割れてるうちに訓練しようぜ!!」


「えぇ~!?」


「あ、レオルさん、ガラス代くらいなら家で払いますよ。あんたはお客様なんだから」


「マジすか。いやぁ、財布ピンチなんで正直助かりますわ」




 こうして、再び僕を置いていろんなことが決まったのだった。


 ちなみに、お昼に屋敷に戻ったら、父上は渋い顔をして、母さんは笑っていたが、僕ら全員ヘレナさんにこっぴどく叱られた。








「まずは補助魔法の練習からだな」


「補助魔法ですか?」




 午後、叱られながら昼食を食べた僕らはもう一度裏庭に来ていた。裏庭と屋敷の間には、大きな土の壁ができて、なにかあったときに備えてある。この土壁はジョージさんが作ったものだ。




「ああ、あそこまでとは思わなかったからな・・・攻撃魔法は後回しにして、先に補助魔法で制御の仕方を憶えちまえ」




 確かに補助の魔法ならあまり被害は出ないだろうが・・・・というか・・




「っていうか、まだやるんですか?」




 僕としてはこれ以上何か起きるのは避けたい。また魔法が暴走してしまったら大変だ。




「おう! 当たり前だろ。 さっきの魔法の威力は制御できてなかったからかもしんねぇが、並みの中級魔法よりも高かったと思うし、あの力を使わねぇのはもったいねぇって言ったろ。 心配すんな、今度は爺さんに壁も作ってもらえたし、俺も本気で耐えてやる。・・・・・お前だって、魔法のことはどうにかしたいって思ってたんじゃないのか?」


「・・・・・」




 確かに、僕はまともに敵を倒すことができる魔法が欲しいと思っていたし、それが手に入るなら嬉しいとは思うけど・・・




「はぁ~、いいか、魔装騎士になるには強くならなきゃいけない。んで、強くなるには武術と魔法の両方を鍛えなきゃいけねぇ。つまるとこ、お前が本気で魔装騎士になりたきゃこれは絶対に避けて通れないことなんだよ。お前が本気でそう思ってんのならなの話だがな」


「っ!それは・・・・」




 僕は魔装騎士になりたい。そしてこのシークラントを守りたい。それは間違いなく僕の心の底からの願いだ。それだけは誰にも否定されたくない、いや、させない。




「わかりました。・・・やります!」


「おぅ! その意気だぜ」




 レオルさんは面白そうに笑った。








「でも、補助魔法っていっても何を使えば・・・・」


「ん? そうだな・・・こういうときの定番は防御魔法だな。あの手のヤツなら害はねぇし、後始末も最悪ぶっ壊すだけで済む」




 そんなわけで、僕は改めて魔法の練習をすることにした。


 音魔法の防御魔法か・・・確か、本では全魔法に共通する防御呪文「シールド」とかいうのがあったな。使う属性によって性質が違うらしいけど・・・




「じゃ、じゃあいきます・・・シールド!!」




 僕がそういうと、僕の目の前に何やら透明な膜のようなものがぼんやりと現れたが・・・・




「ん?」


「あれっ?」




 その膜はすぐにスゥっと消えてしまった。




「なんで・・・」


「・・・・・・・」




 レオルさんは顎に手を当てて何か考えているようだ。そして、ジョージさんの方に歩いて行った。




「おい爺さん、デュオはどのくらい魔法について知ってんだ?」


「うーん、正直言うと、あんまり知らないと思いますわ。旦那様が10才になるまでその手の本を読ませなかったもんで」


「でも、もう10才過ぎてんだろ。なんで教えなかったんだ?」


「ああ、俺がまだ坊ちゃんが9才のときから剣を教えてたんですが、まずはいっぱしに武器を使えるようにって思いまして・・・二ついっぺんに教えても持て余すでしょうし、魔法がダメなぶん剣のほうに身が入るんじゃねぇかと考えてたんですが・・・・」


「あ~まあ魔法騎士団マージナイツに入るつもりじゃなきゃそうなるか・・・でも、あれを使いこなせないのは勿体ないしあぶねぇだろ」




 なにやらジョージさんと話し合っていたようだが、終わったようだ。




「おいデュオ。魔法を使うときに一番大事なのはな、イメージだ。自分がどんな魔法を使うのか、しっかり頭ン中で想像してみな」


「イメージ・・・」




 確かに、10才になってから僕が少し読んだ本ではイメージの大切さについて書いてあったが・・・




「そうだ。お前は特化型だから、音魔法ならイメージの補正がかなりデカい。正しくイメージできれば絶対にその通りになる。・・・そうだな、さっきの魔法なら、自分の目の前に透明なカーテンがあるって想像してみろ、いや別に透明じゃなくてもいい、お前が普段見ているようなやつをイメージしてみな」


「カーテン・・・」




 僕はカーテンをイメージする。イメージするのは僕の部屋のカーテンだ。




「よし。じゃあやってみな」


「はい・・シールド」




 すると、さっきと同じように僕の目の前に透明な膜が現れた。今度はさっきのようにぼんやりとしたものではなく、一枚の布のようにしっかりしたものだ。




「お、流石特化型。一発で成功か。ちょっと試してみっか・・・」


「え?」




 魔法が成功した喜びと驚きで僕が呆けていると、レオルさんの籠手が光って盾のような形状からグローブのような形になった。レオルさんはボクシングのように構えをとって魔力をみなぎらせ・・・




「オラァ!!」




 膜に向かって思いっきり拳をぶつけたが、膜はふんわりと風に吹かれたように揺れただけで一片たりと破れなかった。




「おお、今のでちっとも破れねぇとはやるじゃんか!!」




 魔力で腕力を強化した上での魔武器の一撃だ。シールドは下級魔法だが、それに耐えられたのは確かにスゴイのかもしれない。




「よし、この意気だ!!ガンガン行くぜ!!」


「は、はい!!」




 僕はなんだか嬉しくなって元気よく返事をした。




「・・・・・こんなことならもっと早く魔法教えとくんだったかねぇ・・・」




 ポツリとジョージさんが寂しそうに何かつぶやいたが、僕には聞き取れなかった。










「エコー!!」


「アンプ!!」


「シールド!!」


「ピック!!」




 それからしばらく、僕は補助魔法を使いまくった。一回防御魔法をイメージ通りに成功させたためか、他の魔法は一度も失敗しなかった。




「うん、やっぱ特化型は嵌ると強いな・・・おいデュオ、補助はもういい。攻撃魔法を撃ってみな」


「攻撃魔法・・・・」


「安心しろ、俺も全力でガードするし、お前が上手くできりゃ問題ない。あと、魔力はなるべく控えめにな。いいか、イメージしろ。イメージは・・・・空気の塊だ。透明な塊が飛んでいくのを想像しろ」


「・・・・・」




 僕は、レオルさんが言うように僕の手のひらの前の空気が飛んでいくのをイメージした。体から引き出す魔力もさっきまで使ってた補助魔法よりも少なくする。




「あと、なるべく空気の塊は小さいのをイメージしな。あんまりデカいとさっきみたくなっちまう」


「・・・・・」




 言われて僕はさらにイメージを修正する。少な目の魔力に小さい塊・・・・


 そして、イメージをまとめ上げて、撃つ。




「インパクト!」


「っと!」




 パァンという乾いた音がしたかと思うと、レオルさんがびくりと震えた。




「おぉう、ビリッと来たぜ。衝撃系の技は硬いのによく効くな・・威力もそこそこに抑えられてるし、自分にも周りにも被害なし・・・デュオ、お前やっぱできるじゃねぇか!! このペースで一番最初に撃ったやつもコントロールできれば、オークだろうが簡単に倒せるぜ!!」


「はい!! ありがとうございます!!」




 僕は嬉しくて大きな声でお礼を言った。撃つと自分の体を痛めるような魔法をまさか一日足らずの練習で操れるようになるとは夢にも思わなかった。威力といいコントロールのしやすさといい、音魔法って案外すごい魔法だったのだろうか。いや、特化型がすごいのだろうか。


 ともかく、あの窓ガラスを割ってしまったあれくらいの威力を自由にコントロールできれば、きっと強い武器になるだろう。そうすれば、他の人を襲うモンスターもきっと倒せる。僕にはそれが嬉しくてたまらなかった。




「んじゃ、魔法の練習はこんなもんでいいだろ。今日はもう夕方だし、モンスターが出たっていう知らせもないし、ここまでだな。明日は・・・そうだな、俺がさっき思いついた音魔法と武術の合わせ技を教えてやるよ」


「え!? それってもしかして魔技ってやつですか!?」


「いーや、流石に魔技はまだ早ぇな。その前段階ぐらいだ。ま、明日を楽しみにしてな」


「はい!!」




 そこで、草むしりを終えたらしいジョージさんが土壁を魔法で崩してからやってきた。




「おーい、お二方、終わったんなら屋敷に入りましょうや。風呂湧いてるって」


「お、そうだな。一緒に風呂入るか?」


「うん!!」


「坊ちゃん嬉しそうですなぁ。よし、俺もお供しますわ」




 そうして、テンションが上がっていた僕らは裏庭でパンツ一丁になって屋敷に戻ったが、廊下を歩いていた父上とヘレナさんにめちゃくちゃ怒られた。




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