第22話
「と、まあそうやって魔技を撃って核を吹き飛ばしたんですよ」
「へぇ~、魔技ですか・・・」
今夜も僕がいるのは「幻霧」の中。話し相手はいつもの通りシルフィさんだ。僕は今日の戦闘のことをシルフィさんに語った。
「魔技まで使えるなんて、デュオさん魔力の扱いが上手いんですね」
「いや、音魔法限定ですけどね。それに、上級魔法はまだ使えないし・・・」
僕みたいな特化型の人にはありがちなのだが、詠唱による魔力コードの改竄がうまく理解できないのだ。使い手は少ないが、上級魔法にはイメージと詠唱の両方が必要とされる。僕が使えるようになるのはまだまだ先だろう。
「でも、それでトロールやジャイアントスライムを倒せるんですから、デュオさんはスゴイですよ。魔装騎士にだってきっとなれます!!」
「ははは、ありがとうございます」
どうしてこんな話になっているのかと言うと、眠りについて「幻霧」に来た直後に、「デュオさん、本当にトロールを倒したんですか!? 今日は、今日は何を倒したんですか!?」と食い気味に聞かれたのだ。
そこで、トロールはもとより、トロールゾンビや今日のジャイアントスライムの話をしていたのである。
「それで、そのあとはどうなったんですか?」
「ああ、僕、ジャイアントスライムと戦ったのは初めてで・・・洞窟が体液まみれになっちゃったんですよ。どうにか薄いところを見つけて核は回収したんですけど・・・ロイさんの言う通りに解毒薬買っとかないとなぁ」
どうせ黙っていてもバレそうなので、オチも隠さずにしゃべったが、最後の方は独り言みたいになってしまった。明日はダンジョンに行くのは止めてロイさんに教えてもらった店でいろいろと準備をしよう。
「ロイさん? 誰ですか、その人?」
と、シルフィさんはそこでなぜかオチの部分ではなく、独り言の方に反応した。
「ジャイアントスライムを倒した後に会った人です。僕と同じように魔装騎士を目指してるみたいで、多分かなり強い人だと思うんですが。今日は帰る前にロイさんといろいろと面白い話をしたんですよ」
「面白い話、ですか?」
なんだ? 少し機嫌が悪くなったような・・・・まるで最近のリーゼロッテみたいだ。
「一体どんな面白い話をしたんですか?」
「え、えっと、ダンジョンの攻略の話とか、いろんな道具を買える店の話とか・・・・」
「道具?」
「はい、スライム用の解毒薬とか、武器とか、ポーションとか・・・・」
「要するに、試験を突破するためのただの情報交換だったってことですか?」
「え、ええ。そうですね・・・」
「失礼します・・・・・・本当みたいですね」
「えっ?」
「なんでもないです・・・ごめんなさい」
ザワリという感覚がして、心を読まれ・・・どうやら機嫌は元に戻ったようだが・・・・なんだったんだ?
ふむ、ご機嫌取りというわけではないが、アレを渡しておこうか。
「えっと、シルフィさん。今日はお土産があるんですが、受け取ってくれますか?」
「え!? お土産!? 私にですか!?」
僕がそう言うと、なにやらものすごく驚いたような反応が返ってきた。そんなに驚かなくてもいいんじゃ・・・・
「とはいっても、大したものじゃないですよ。今日モーレイ鉱山に行ったらスライムをたくさん狩れたので、スライムの核を合成した魔鋼です。家具にくっついてる魔鋼を書き換えるのは不便なんじゃないかなって思って・・・」
「そ、そんな・・・別に気にしていただかなくても・・・・」
「いえいえ、そっちこそ気にしないでください。騎士試験の予行練習のついでで手に入ったものですから」
本当に高価なものではない。スライムの核はタダだし、加工費だって微々たるものだ。
「デュオさん・・・・・・・・・・・ありがとうございます!! 一生大事にします!!」
シルフィさんは気合の入った声でそう答えた。そんな家宝にするなんてノリで言うほどのものじゃないんだけど・・・というか
「いや、本当に大したものじゃないですから・・・それに、僕としてはシルフィさんの魔法の練習に使ってくれた方が嬉しいかな、なんて」
「そ、そうですか・・・・わかりました。私、頑張ります!! 必ず、頂いた魔鋼で最高のモノを作ってみます!!」
「え、えっと? が、頑張ってください?」
所詮はスライムの核だから大した魔法は付与できないと思うけど、やる気になってくれたのなら、僕としても嬉しい。シルフィさんはいいところの娘さんみたいだから、才能があるとわかればそのうち正式にもっといい魔鋼を買ってもらえるだろう。
「とりあえず、結構重いので、僕の足元に置いておきますね」
「はい!!」
元気な返事が返ってきたが、僕は足元に赤い色をした球形の魔鋼が入った紙袋を置く。魔鋼の大きさは拳大くらいで、袋には6個入っている。今日の帰りに買取屋に寄ってジャイアントスライムの核とトロールの骨は換金したのだが、スライムの核は錬金に回したのだ。錬金とは変化魔法の一種で、いろんなものが混じった魔鉱から純度の高い魔鋼を精錬したり、合成する魔法である。買取屋には下級モンスターからとれた魔鉱の精錬のために錬金術が使えるスタッフがどこでも一人はいる。ちなみに、魔鋼の精錬には錬金のほかに通常の金属を加工するように鍛冶屋にやってもらう場合がある。大きな鉱石やジャイアントスライムの核のような一品ものは錬金による合成を使わず、鍛冶屋にやってもらう方がいいものができやすいらしい。
ともかく、僕の回収したスライムの核は30余りあったが、錬金で無駄なものをより分けて得られた魔鋼をさらに合成して塊にしてもらったのだ。日曜魔道具の魔鋼の大きさや純度はピンキリだが、これならば問題ないだろう。
「それにしても、トロールやスライムを倒したときのお話しを聞きましたけど、デュオさんはどうして剣と盾以外の武器を使わないんですか?」
シルフィさんがいきなりそんなことを言い出した。そういや、僕は剣と盾の話しかしてないな。確かに、スライムはリーチのある槍みたいな武器の方がいいし、騎士は普通は得意な武器のほかにサブウェポンとしていろんな武器をとっかえひっかえするものだしなぁ。候補としてはリーチの槍や打撃に特化したメイス、使える魔法次第だが遠距離用の弓矢といったところか。
「うーん、僕の場合資金不足っていうのもあるんですけど、剣と盾の扱いを教えてくれた人がそれだけでいろいろできるように仕込んでくれたってのもありますね」
「仕込んでくれた人? 前に言ってたグランですか?」
「いえいえいえいえ、そんな畏れ多い! 剣の扱いはジョージさんに教えてもらったんです。シークラントに来る前は騎士だったって言っていたので。スライムの核の取り方を教えてくれたのもジョージさんです」
「へ~、それでは盾の方は?」
「盾の方は・・・・グラン殿に畏れ多いって言った手前あれですけど、レオル・バーンライトという方です」
「レオル・バーンライト・・・・・確か、グランと同じ王族近衛で守備隊のトップの方でしたっけ?」
「はい、その方ですね」
本当に畏れ多いことだが、レオルさんが王族近衛になったと聞いたときは僕も驚いたものだ。確かほんの2年前だったか。聞いたときにはグラン殿が僕と会ったときには近衛騎士だったと聞いたときよりも驚いた。なにせ・・
「でも、王族近衛にいるような方がどうして・・・」
「レオルさんとは、レオルさんが近衛騎士になる前、いや、魔装騎士になる前にシークラントに来たときに会ったんですよ」
「そうなんですか!? あの、よかったら・・・・」
「そうですね、明日は買い物しかしないつもりだし、時間は十分あるからお話ししますよ」
そう、僕はレオルさんがただの騎士だったときから知っている。初めて会ったのは僕が10才のころだったか。スケルトンに襲われてからジョージさんに1年くらい剣を教えてもらっていたが、自分が音魔法しか使えないと分かってふて腐れていたころでもあった。
カン、カンと木を打ち付ける音が響く。
シークラント領シレス、その中央の領主の屋敷の、枯れた大木しかない裏庭にて、老人と少年が手に木剣を持って打ち合っていた。
「せいっ!!」
「っと、大ぶり過ぎですな、坊ちゃん」
「わわっ!?」
剣を持って振り回しながら突っ込んだ僕だったが、ジョージさんの剣で弾かれ、足払いをかけられて地面に転がった。・・・・さっきからずっとこんな感じだ。
「やれやれ、どうしたんです? ちょっと前までは中々様になってたのに、今日はずいぶん雑じゃあないですかい。教えたこっちが悲しくなってくる」
「そんな、こと、ない!!」
僕はもう一度突っ込む。今度は振り回さずにしっかり握りしめて、弾かれないようにした。
「そうですかい」
「うっ」
今度は弾かれたのではなく、受け流された。体を引っ張る力に逆らえず、体があらぬ方に流されて・・
「ほっ」
「ぐっ!」
また足払いで転ばされた。うまく加減してくれたのか、体に痛みはない。
「ちくしょう・・・」
けど、心が痛い。ジョージさんが言った通りで、教えてもらったこともろくにできず、僕は今とても失礼なことをしているのだと思う。でも、最近の僕はどうしてもイライラというか、焦りを隠せないのだ。というのも・・・
「坊ちゃん、どんな魔法でもうまく使いこなせなければ持っていても意味はないんですよ?」
「知ってるよ。でもはじめから使えないっていうのよりマシでしょ」
オーシュでは、小さな子供が魔法でケガをしないよう、10才になってから、自分の魔法に関する適正を調べる。僕もつい先日10才になったので魔法の適正を調べてもらったのだが・・・
「音魔法ってのは地味ですが、あれでサポートにはかなり優秀な魔法なんですぜ?」
「そうはいっても、風魔法で代わりになるようなのがいっぱいあるじゃない。それに、僕は敵を倒す魔法が欲しいんだ。あんなうるさいの使えないよ」
「まあそれはそうですが、特化型が使えばいろいろ変わってくると思いますがねぇ。なんたって坊ちゃんはまだ未熟なんだから、使ってきゃ強くなりますよ」
「・・・・・」
僕は何も言わない。自分の欲しかったものが、必要なものが手に入らなくて、代わりにパチモンを渡されたら誰だってこうなるはずだ。
「音魔法・・・」
僕は地面に転がったままつぶやく。
音魔法は風魔法に近い魔法であるが、あまり戦闘で使われる魔法ではない。大体が補助に使われる魔法だ。例として挙げるなら「アンプ」という声などを大きくする魔法や「メッセージ」のように遠くに声を伝える魔法、「ピック」のような音を拾う魔法がある。そして、そうした音を伝えるタイプの補助魔法は精度は劣るが風魔法でほぼ代用できる。一応「インパクト」のような攻撃用の魔法もあるが、普通の人では他の魔法の同程度の難しさの魔法よりも威力が劣る上にうるさいためモンスターを引き寄せやすいというデメリットがある。要するに使う意味があまりない不人気な魔法だ。そして、よりにもよって僕はその不人気魔法しか使えない、いわゆる特化型だと分かってしまったのである。
「まだ坊ちゃんは10才になったばかりでしょうに。何事も練習ですよ。それに、最悪魔法が駄目でも、武器を使えりゃなんとかなるもんです」
「でも、僕が強くなるまでモンスターは待ってくれないじゃないか」
あのスケルトンが現れてからしばらく、オーシュ王国全域でモンスターが発生する兆しが現れたのだ。ついこの間も、このシンクレット領でもゴブリンの群れの掃討に騎士たちが来たばかりである。
「ええ、モンスターは待ってくれやせん。けど、俺たちで足止めするくらいはできるんです。坊ちゃんは俺らが足止めしている間、そうやって寝っ転がってるだけですかい?」
「それは・・・・・」
ずるい。そんな言い方されたら・・・
「・・・・・・わかったよ」
僕は起き上がってもう一度剣を構えた。
「そうです。その意気だ・・・・んじゃ、次は俺から行きますぜ!」
「うわわわっ!?」
結局、この日は20回以上仰向けになって空を見た。
「あら、今日はずいぶん派手にやったのね、洗濯するからさっさと服を寄越しなさい」
「奥様、アタシがやりますから、奥様は夕食の準備の方を・・・それはそうと爺さん、アンタちょっとやりすぎなんじゃないのかい?」
「さてね・・・まあ少しハッスルしちゃったかもしんねぇがな・・・」
「ヘレナさん、僕が頼んでることなんだから大丈夫だよ。ちゃんと僕が痛くないようにしてくれたし」
剣の訓練が終わって、僕とジョージさんは勝手口から家の中に入り、廊下で母さんとヘレナさんに遭遇したのだった。
「どんなことでも、子供が泥だらけになるのはいいことよ。本を読むのも大事だけど、やっぱり外で体をうごかさなきゃ」
「奥様はなんていうか、相変わらずだねぇ・・・・」
「? なんのことかしら? ほら、デュオは早く服を脱いじゃいなさい。そんでお風呂いってきなさい。そのカッコで歩くと、ヘレナさんがせっかく掃除したのに汚れちゃうでしょ」
それもそうか。母さんと違って丁寧な掃除をするヘレナさんがやってくれたのだ。汚すのは忍びない。
「わかった。・・・んしょ、ハイ。よろしくお願いします」
僕はその場でパンツ一丁になると着ていた服をヘレナさんに渡した。
「はい、確かに預かりましたよ。ちゃあんと綺麗にしとくからね」
「うん」
「おい婆さん、俺も脱いだ方が・・・」
「あんたは汚れてないだろ。奥様の前で汚い爺の裸を見せる気かい?」
「なんだとぅ!!」
二人はなにやら言い争いを始めたが、これも我が家ではよく見られる光景だ。なので特に止めない。
「じゃ、デュオ、あんたはお風呂行ってきなさい」
「はぁい」
僕は言い合いをするバーク夫妻を尻目に、風呂場に向かった。
「あれ、なーんかデュオに言い忘れてたことがあったような・・・なんだったかしら?」
母さんがなにやらぶつぶつつぶやいていたが、僕にはよく聞こえなかった。
「はぁ・・・・」
風呂場に向かう途中、思わずため息をつく。
なんだか、母さんやヘレナさんと話していたら、どこか暗い感じだった心が軽くなった気がしたが、それでも訓練で話したことは気にはしている。
「もっと、もっとたくさん練習しなきゃ・・・」
ジョージさんの言う通り、特化型の場合はかなり魔法の威力や効果は強まるらしい。僕だって特化型なのだから、練習すればかなり強くなれるかもしれない・・・
「でもなぁ・・・・」
それでも、あまり使われることのない、戦闘向きじゃない魔法と言われると、悲しい気持ちになるのだ。
「闘いに使えないんじゃ、グランさんみたいにはなれないよな・・」
スケルトンをあっという間に倒して僕を助けてくれたグランさん。あの人は、調べてみたら近衛騎士の一員だったらしい。僕も、グランさんみたいに襲い来るモンスターを倒して民を守るための魔法が欲しかったのに。
「風呂入ろう・・・」
いつの間にか、風呂場の扉の前だった。我が家では魔道洗濯機と魔導式風呂は場所が離れていて、洗濯物を持ったヘレナさんはしばらく来ないだろう。僕は脱衣所に続く扉を開けようとして・・・
「ぶっ!?」
「お?」
いきなり扉が開いて、僕の顔面を強打した。耐えきれず、僕は廊下を転げまわった。
「おお、わりぃわりぃ。いい湯だったもんで外に誰かいるのに気が付かなかったわ。・・・・なんかしけた面したガキだな」
「イタタ・・・・・え、えっと、あなたは?」
首を上げた僕の視界に入ったのは一人の男だった。赤毛で茶色の瞳をした、どこか人懐っこそうな青年だ。年は僕よりも5つは上だろう。
誰だこの人。一応家には魔導警報器が付いているから不法侵入したら警報が鳴るはずなのだが・・
「俺はレオル。レオル・バーンライトだ。職業は騎士だ。お前、この屋敷の子か? しばらく住み込みでモンスター退治やるからよろしくな!」
そう言って、レオルさんはパンツ一丁で廊下にうずくまる僕に手を差し出した。
騎士? そうか、そういえば前に父上がモンスター対策に騎士を呼ぶと言っていた気がする。
「は、はあ・・・えっと、デュアルディオ・フォン・シークラントです・・」
「なんだ、やっぱ長い名前だな。デュオって呼んでいいか? 俺のこともレオルでいいからさ」
「えぇと、えっと・・・・」
突然のことに混乱する僕を見て、レオルさんは顔に笑みを浮かべながら僕を見るのだった。
これが、後に王族近衛4騎士が一人、「灼鋼」と呼ばれる騎士との出会いであった。
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